梅雨のひとこま
ビルの建ち並ぶ灰色の町に雨が降り注ぐ
町の喧噪に雨の音はかき消され
人々は降り続く雨に諦めを含んだ顔で傘をさしている
その光景を見下ろすがごとくビルの屋上に2人の男性がいた
「はぁ、最近の雨はまずくていけねぇや。」
そう言ったのは、銀色の髪を短く刈り上げ金の双眸を苦々しく細めた、黒の着ながしを着崩している一昔前の任侠映画に出てきそうな美丈夫だった。
その美丈夫は手元のおちょこに雨を溜めて味を確かめている。
「このご時世ですから仕方ないでしょうね。」
美丈夫の声に答えた男もまた美しい男だった。
金色の髪をきっちりと撫で付け、眼鏡の奥は銀色の双眸が冷たい色をたたえている。黒の燕尾服を着ている姿と物腰は、良家の執事を思わせるのだ。
「ふん、恨み辛みの味は苦くて仕方ないな。
『あいつが……』『あの人が……』ってばかりで辛気くさくならぁ。」
「ルシファ、それはそれで使い用があるのですよ。愚痴をこぼさずに集めてください。」
執事服の男は、ルシファに鈍色のガラス瓶を渡す。
ルシファと呼ばれた男は、そこに雨を集めて行く。
「ミカ、マイロードにお渡し出来そうな雨はありそうか?」
ミカと呼ばれた男はワイングラスをどこからか取り出し金色の目を細め、確かめるかのように雨を選びグラスへ集める。
そして、まるでワインをテイスティングするかのように、香りを確かめ、色を見、味を確かめる。
そして、満足そうにうなずいた。
「えぇ、いいのがありましたよ。新しい命の誕生と母の愛とかどうですかね。」
「ありきたりすぎねぇか?」
「そうですね、これは毎年のコレクションとして保存しておきましょう。寝かせると人生のように深い味わいになるでしょう。」
そういってミカは、綺麗な水色の瓶に雨を集めていく。
「おっ、これなんていいんじゃねぇか?『助けていただきありがとうございました。』か、病気か事故かわからねぇが命が助かった喜びだな。パンチのきいた味だぞ。」
ルシファはおちょこをミカへと見せる、ミカは先ほどの様に香りと味を確かめる。
「ルシファの語彙は貧しすぎますね。そうですね、これは冬から春へ向かう喜びの香りに桜の味ですか。なかなか趣がありますね。」
ミカはルシファに桜色の瓶を渡して、溜める様に促す。
そして、再びワイングラスに雨を選んで掬う。香りと味を確かめ、ほの暗い笑顔を浮かべる。
「いつの時代も恋の執念はすごいものを感じます。『やっとあの人を私の物に……』ですか、狂気を感じさせますね。これも喜びの涙ですが、毒にも薬にもなるってものでしょうかねぇ。」
「ミカ、趣味わりいぞ。んったく何に使うんだか。」
ルシファは、気味の悪い物を見るかの様にミカを見つめた。
「人聞きの悪い事を言いますね。ーーーーそれにして、人はいつのまに雨を楽しむ事が出来なくなったのでしょうかね。」
眼下をせわしなく歩く人々を見つめて、哀れみを浮かべるのだった。
「すべてがすべてじゃないさ、見えているのは一部分なんだからよ。先は長い、のんびり見守りゃいいのさ。」
ルシファは、まるで護るべき子供を見つめる様に慈愛を浮かべている。
「さて、マイロードのもとへ戻りますか。今年の梅雨もまだまだ続きそうですねぇ。」
「そうだな、これがあるからこその夏だろうよ。水着のネェちゃんが楽しみだねぇ。」
「お仕置きが必要そうですね……。」
「なっ、お前だってそう思うだろうがよ。むっつりがっ!」
「思っていても、声に出さないのが紳士なんですよ。品位が問われますね。」
2人は軽口をたたきながら、白い羽と黒い羽を背中に出し雨空へと消えていくのだった。
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