9.ポータルを使ってみよう
宿に戻ってからの記憶は余りない。
とりあえず明日は朝早いから、早めに寝ようという事を話したのは覚えている。
様々な事が頭を駆け巡った。
何かしなければ。
しかし、ポータルの修理が終わらなければマーシュへ向かう事すら出来ない。
トーノへ行く前に、やはりユリンちゃんにキスしておいた方が良かっただろうか。
だがアレはポートの助言があったからだ。
今になって後悔してないと言えば嘘になる。
そして少しでもポートのせいにしようとしている自分に嫌気が差す。
頭の中がぐるぐると回る。
せめて何かをしようと、荷物を整理して明日起きてすぐに出発できるようにしておく。
基本的に宿の料金は前払い制だが、いつ出発するか分からない場合の連泊は最後にまとめて払う場合もある。
今日のうちにその支払いを終え、事情も話してチェックアウトの手続きを省かせて貰う事にした。
鍵は受付の脇の机の中に入れておいてくれればいいそうだ。
女性陣から何か言って貰ったような気がするが、何を言ってくれたのか全く記憶にない。
余りに落ち着かないので、マイが睡眠薬をくれたのだけは覚えている。
しかしそれは結局使わなかったっけ。
ベッドに入ってしばらくしたら眠っていた。
多分魔力を吸われていたのが影響したのだろう。
翌朝、寝起きの悪いナナを叩き起こしてすぐ出発の用意を済ませた。
昨日までとは違い、俺はやけに頭が冷えていた。
だが焦りもあった。俺の前日の様子からか、女性陣も言葉数が少なかった。
ナナがマイにユリンちゃんについて聞いていたっけ。
まぁ俺たちもあまりよく知らない子なんだけどな。
そう、俺はよく知らない子だ。
だから最悪死んでも蘇生出来る。
大丈夫、焦る事はない。
……この考えはダメだな。
やっぱり今の俺は何かダメだ。
ポータルのある広間の周辺には、十数人の人が立っていた。
そのうち3人が同じ制服を着ている。
恐らくポータルの管理関連の人だろう。
誰かに声をかけて優先して貰おうと思ったが、割り込みを使ってまでポータルを使おうとする人は大体追い詰められた目をしているので無理と判断。
大人しく順番を待つ事にした。
券に書かれていた時間よりはかなり早い時間に来た訳だし。
「はい、ユーハさま」
「ん?」
何か小さくて円柱型のフワフワした何かを4つ渡された。
お菓子……ではなさそうだ。
「何だこれ」
「ふぇ!?」
「ん?」
「昨日あれほど説明したじゃないですか! ポータル移動に使う耳栓と鼻栓ですよ!」
えっ、そんな大事な説明してたっけ。
いかん全然思い出せない。
「まぁ、ユーちゃん……じゃなくてユーハさんも昨日は放心状態でしたし」
「むー、しょうがないです。もう一度説明しますから、よく聞いてくださいね?」
「はいっ!」
ポータルの使い方。
入る際は、両手を交差するように胸に当て、身を屈める。
その場にしゃがみ込み、目をしっかりと閉じ、でんぐり返しをするようにゆっくりと入って行くそうだ。
どこかで見た事あるな。
あ、アレだ。宇宙空間で生身のままどこかへ飛び込む時シーンだ。
アニメで2回ぐらい見た。
……って、ポータル移動って結構危険なんじゃ……。
「そんな心配そうな顔をしなくても大丈夫です。私がお手本見せますし」
「おー」
「って、このやり取りも昨日やったんですけどね」
ぐっ……申し訳ない。
俺たちが広場に到着した時、ポータルにはしばらく誰も潜らなかった。
しかし、係員の指示の後にどんどんと利用者が入って行った。
これは行き先の変更に時間がかかるかららしい。
俺らの一個前のポータルの行き先はトレイサーだったらしい。
余談だが、王都行きの人が1人だけいたらしい。
しかしその人が遅刻した為、後回しにされた。
10分程度だがこの人が遅刻してくれたお陰で早くマーシュの番が回って来た。
俺の目の前でぐにゃぐにゃした壁がある。
これが瞬間移動の為に使われる異空間か。
大きめの扉の中に、緑と紫と橙が混ざったような空間が広がっている。
「じゃあ、行きますよ」
「おう」
「頑張ってくださーい」
マイが異空間へと飛び出して行った。
一応見本なのだが、他の人のも見ているので大体やり方は大丈夫だ。
空間内では呼吸も一応出来るらしい。
しかし移動自体はピート曰く20秒ぐらいなので、息を止めていても問題はなさそうだ。
というか、この空間内で呼吸とか怖すぎる。
そんな事を考えている内に俺の番になってしまった。
……ちょっと怖いな。
ええい、ままよっ!
俺は例のポーズを取りながら、異空間内に飛び込んだ。
~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~
ぐるぐるー
ぐにゃあー
ふるふるー
脳がー
揺れるー
~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~
柔らかい感触が全身を覆った。
マットのようなものに受け止められたらしい。
周囲に3人と1羽の姿を確認。
後続の邪魔にならないようさっさと立ち上がる。
周囲を確認すると、マーシュの例の酒場のすぐ近くだった。
なんだかとても懐かしい気分だ。
ポータルのすぐ前に、十人以上の強面が並んでいるのが面白い。
恐らく、警察のようなものがここに追って来た際、追い返す為に立っているのだろう。
ここは治安が悪い事こそが法。
どこぞの警官や軍の者が入ってくる方が問題だ。
俺達はもはや顔パスだけどな。
強面たちがペコリとお辞儀をしていた。
「う……」
「大丈夫か? トロープ」
「ちょっと……酔ったみたい」
トロープが気分悪そうにしていた。
どうやら異空間酔いしたらしい。
確かにぐにゃぐにゃな空間だったしな。
「ユーハさま、トロープさんは私たちに任せて先に行っちゃってください」
「いいのか?」
「はい!」
「悪いな」
まぁこの街がいかに治安が悪かろうと、カー君がいれば大丈夫だろう。
自分に足が速くなる精霊魔法を全力でかけ、地面を蹴った。
それから1分も経たないうちに、俺はエレフトラ邸に到着し、玄関を叩いた。
すぐにリアが出て来た。待ち構えてたのだろうか。
ライトベルの予言だろうな。導き出される結論は。
「ユーハさん!」
「悪かったな、迷惑かけて」
「いえっ! ユーハさんが無事ならそれで……!」
リアが俺の懐へ飛び込んできた。
ずっと不安だったのだろう。マイからは連絡できないし、ライトベルの予言らしきものしか頼りが無いのだから。
しかし、喜んでいる場合じゃない。
「他のメンバーは後から来る。それより、ユリンちゃんが大変って聞いたけど」
「はい、昨日の朝から短時間で何度も発作を起こしているようで……その周期もどんどん短くなっていってるようです」
「なるほど、分かった」
一応俺はリアの前では医学に知識がある事になっている。
まぁ医学なんて分からないが、なんとかする力はある。
チートと言う名のな。
懸命に治療を行うエレフトラの元へ向かおう。
と思ったら、別の人物がヌッと現れた。
ライトベルだった。
「……ユハ」
「おぉ、なんだかお久しぶりだな」
「……うん、それよりちょっと話がある」
「どうした? ユリンちゃんの様子を見て来たいんだが」
「……その事で気になる事がある」
ライトベルの言う気になる事というのは大体馬鹿に出来ない。
一度ライトベルの部屋に入る事に。
ちなみに、あの助手2人は既に帰った後のようだ。
「で、何だ? 話って」
「……ユハ、あの子の病気について、ポートから何か聞いた?」
「ポートから?」
えーっと確か……。
「彼女の病気は、しばらくは安定するって言ってた」
「……そう、やっぱり」
「やっぱり?」
「……ユハ、多分今回のユリンちゃんの発作には、何かが絡んでる」
「何か?」
「……多分あの子の免疫を落とす何かが施されたとしか」
「何か……ね」
魔法かもしれない。
だが、俺達の持つチートに近い能力かもしれない。
「……ユハ、あの子にキスして治すのは良い。ただ……」
「ただ?」
「……多分この案件、キスすれば解決って訳じゃない気がする」
「それは、何か根拠が?」
「……いや、勘」
勘。
そう、ただの勘だ。
俺の前世まで見通せるレベルの実力者の勘。
無視していい訳……ないよなぁ……。




