8.はじめての死亡フラグ
俺達はライトベルの屋敷から帰りながら、ただ首を捻っていた。
当然、あの謎の性能のせいだ。
(あの女、俺よりちゃんとチートやってるよな……?)
《ほんと不思議ですね。ワタクシの声が聞こえるとかどういう原理なんでしょう》
(ともかく、あいつは重要人物として覚えておこう。そしてハーレムに加えるのは諦めよう)
《そうですね。ワタクシもサポートしづらくなりますし、常に近くにいると厄介な存在な気がします》
ポートが積極的にやめておけという女子か。
それはそれで貴重な存在な気もするな。
しかし、本当にあの呪術師は一体なんなんだったんだろう。
幸いあいつは引きこもりだから簡単に外には出てこないはずだ。
何となく気が落ちた。
こういう時はアレに限るな。
帰ったら部屋の中にリアがいた。
俺が入って良いって言ったからな。
とりあえずベッドに座らせて膝枕してもらった。
すげー癒される。
「あ、あのー」
「だめか?」
「いえ、構わないんですが……」
リアが戸惑うのも無理はない。
前回と違って顔を下にしてるからな。
働き終わってすぐにこの部屋に来たので、汗の匂いがする。
《いい趣味してますなぁ、旦那》
(せっかくのハーレムチートだ。これぐらいはいいだろう)
《リアちゃん顔真っ赤ですぜ?》
(この体制だと、じっくり顔が見れないのが残念だな)
《じゃあワタクシが舐め回すようにみておきます。ぐへ、ぐへへ》
この体制はすごい安心する。
何が安心するって、料理する暇ないからな。この体制だと。
後で二人でご飯食べに行こう。
ちなみに今日行った店は卵料理が美味しいお店だった。
オムレツを突っつきながらリアの今日の仕事の話を聞く。
ついでに俺のゴブリン退治の話しもする。
穏やかな時間が流れる。
(何だかんだで、この世界まだ平和なんだよなぁ)
《そうですねー》
(多分今後どんどん平和じゃなくなるんだろ? こういう時間も貴重になりそうだな)
《まぁ、そんなにすぐに大魔王のふっかーつってほど急ピッチで進みもしませんよ。尺の問題もありますし》
(あー)
俺が貰ったのはハーレムのチートだ。
何故こんなチートを貰ったのか。それはこの人生そのものが余興だからだ。
本当に転生神が魔王を倒させるのを目的とするなら、無限の魔力と全ての魔法を使える魔法使いになれるチートを与えてくれればいい。
こんなまどろっこしいチートを与える必要はないんだ。
つまりは俺が冒険し、ハーレムを作り、悩み、成長する姿を見たいのだろう。
見世物や余興と言ってもいい。
まぁ、それ自体は前世も似たようなものなのでどうでもいい。
この人生が余興だとすると、それは余りに酷いものにはならないと予想できる。
それこそ、この町を旅立ったらすぐラスボスとか。もしくはこの星が滅ぶとか。
こういったイベントが起こるのは、俺が物凄い力を付けた後だろう。
ポートが言う尺の問題というのは、恐らくそういう問題だろう。
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翌朝もいつものように飯を食ったり、妖精さんのザワザワ聞きながら水浴びしたり。
ただし女将さんに朝に借金を返したし、今日から宿代と洗濯代もちゃんと払うようにした。
さらに先払いで5日分ぐらい払っておいた。
これでしばらくは安心だが、懐が寒い。
よーしクエストで稼ぐか。
今日はもっと強い相手と戦おう。
「ということで、今日はちょっと難しいクエスト行きたいですぜ」
「そうか、ユーハがそう言うならそうしよう」
ロントが非常に話が早くて助かる。
というか俺の話を無条件に受け入れてる感じがあるな。
1つの信頼の形ともいえるか。
で、どれにしよう
と思ったら、ロントが1枚のクエストの紙に手を伸ばした。
「これはどうだろう」
「テイミングトカゲ?」
「かなり大型のモンスターで手ごわいが、素材の需要が高く報酬が割と良い」
「へぇ」
なるほど、じゃあこれにしようかな?
ポート、これはどうだ?
《うーん、ちょっと2人では不安ですね》
(そうなのか。じゃあ他に冒険者がいたら誘った方がいいか)
《ワタクシはそうオススメします。まぁ、お二人の実力なら現時点でも十分戦えるとは思いますけどね》
念の為と言ったところか。
報酬金額を見ると、4人ぐらいでも十分稼げるだけの金額だ。
あと2人いないかな。
ふと、マッチョな2人組が目に入る。
「なぁ、あそこの2人組って誰だ?」
「見た事ない顔だな。旅の者だろうか」
「ちょっと声をかけてくるよ」
旅の者だったらロントを警戒しないとも思うしな。
見た目から強そうだし。
結果として、その2人と合流した。
どうやら北の方からやってきたようで、少し旅費が足りなくなったのでクエストを受けようと思ったらしい。
同じ村の出身で、槍使いと弓使いのようだ。
うん、強さは問題ない。
強さは。
「ユーハとやら、このロケットに入った写真を見てくれないか?」
「これは?」
「俺の嫁と娘だ。故郷で俺を待っている」
「はぁ、可愛い娘さんですね」
「いつかは娘の晴れ姿も見たいと思っている。それまで、俺は死ぬわけにはいかないんだ」
「……はぁ」
「ユーハ殿、あのお嬢さんはユーハ殿の恋人ですかな?」
「いえ、違いますよ。まだね」
「ハッハッハ。実は自分にも婚約者がいましてな。来月結婚するんですわ」
「はぁ」
「結婚したら落ち着いて店でも開こうかと思っとるんですわ。2人で」
「そ、そうですか」
「だからこそ、何としても故郷に帰ってこの町で物を仕入れて持ち帰らないといけないんですわ」
「た、大変そうですね」
「まぁトカゲ風情大した事ないでしょう。2人で倒しちゃりますよ! ハッハッハ!」
2人とも強さは問題なかった。
ただ、息を吐くように死亡フラグを言うのが怖い。
まぁそれでもいいんだけどね。
立ち過ぎた死亡フラグは生存フラグって言うし。
ただし一緒に長期で旅をするのは勘弁だな。
(そういえば、テイミングトカゲってどういうことだ?)
《テイミングトカゲの肉は、モンスターの調教に使うんですよ》
(調教?)
《背中に毒袋が入ってて、その毒がモンスターに強い誘惑の効果をもたらします》
(へぇ)
例えばその毒を餌として混ぜると、そのモンスターを家畜として飼ったりできるようになるらしい。
町中に馬車に近い『客車』と呼ばれているものが走っているが、それもモンスターが引いてたりする時もある。
だから飼い馴らす、テイミングか。
《ちなみに、お肉が美味しいらしいですよ! 背中の肉を除いて》
(へぇ、なんで背中の肉はダメなんだ?)
《毒袋から出た毒が、たっぷり染みついてるからです! 毒袋並にヤバい毒素を持ってます!》
(なるほど)
《ちなみに食べると、解除されるまで目の前にいる人に絶対服従になります。まるで狂ったように。運が悪ければ、テンションが上がりすぎて死にます》
(おおぅ……何て恐ろしい)
《しかし、脂身が乗ってて美味しいらしいですよ》
最悪死ぬとか、流石に食べたい気はしない。
一生食べる事はないだろう。美味いんだろうけどな。
《いや、ユーハさん食べてますよ?》
(へ? テイミングトカゲの肉?)
《はい》
(背中の肉?)
《おいしそうに食べてましたよ》
(いや、そんな機会は……あっ)
リアか! リアのシチューの肉はこれだったんだな!
やっぱり最悪死ぬんじゃねぇか! いや、そんな気はしてたけど!
《大丈夫です! ちゃんと魔法使ってれば8割方発症しないです!》
(2割発症するんじゃねぇか!)
《いやぁ、運がいいなぁと感心してましたよ》
(そこまで酷い毒だったら教えてくれてもいいのに……)
《リアちゃんにずっと服従なのも、それはそれでいいかなと》
どうしよう、これからあのシチュー飲む勇気が出ない。
ええい今考えても仕方ない。とりあえず目の前に見えてきたあの大トカゲをぶちのめす!
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テイミングトカゲを倒すにあたって、1つ決めておいた事がある。
それは、気配を消す魔法についてだ。
あの魔法は非常に強力なのが分かったので、最低でもハーレム要員だけの秘密にしたい。
まぁ精霊魔法を使う人間にはメジャーな魔法らしいが、そもそも精霊魔法自体がマイナーだからね。
ということで、あの魔法を使う対象は俺とロントだけにする。
今回は前衛がちゃんと2人いるので、俺と弓使いが後衛で補佐をする。
4人に一通り強化魔法を使う。
そしてロントに気配を消す魔法を。
「おお! これが精霊魔法か! 力が漲るようだ!」
「こんな軽い気持ちで戦うのは初めてだ……」
「ああ! もう何も怖くないな!」
お前ら逆にすげぇよ……。
人類が99%死滅しても、お前らは生き残ってる確信があるわ。
「よし、行くぞ!」
一斉にトカゲに攻撃を開始した。
その先陣を切ったのは、弓使いの狙い澄ました矢だった。
矢は的確にトカゲの眉間に刺さるが、浅く刺さったのか致命傷には至らない。
今回のトカゲは背中に毒袋がある。
これが報酬の大半な為、背中だけは傷つけてはいけない。
よって俺と弓使いが顔を狙って攻撃、槍使いはわき腹を突く。
本命のロントが何とか一番の凶器である尻尾を切り落とす。
それからダメージを蓄積させつつ槍使いが心臓等を貫いて倒す作戦だ。
弓使いの腕も確かなようだし、トドメは槍が最適だろう。
2人だと辛かったかもしれない。
トカゲはこちらに気づくと猛スピードで迫ってくる。
足にナイフを投げてスピードを遅らせつつ回避し、槍使いがわき腹に一突き。
完全にトカゲの気が俺達に向かった。
というかこいつでけーな。全長3メートルはあるんじゃないか?
トカゲは器用にしっぽを振り回す。
気づかれないようにトカゲに接近し、尻尾を回避するロント。
やがて俺のナイフがトカゲの目に命中。
動きが鈍ったところで、ロントが尻尾を切り落とした。
それからは一方的な狩りとなった。
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それからトカゲを解体するのが一苦労だった。
俺のナイフを2人組にも渡し、皆で解体作業を行う。
トカゲを丸ごと持って帰る訳にはいかないからな。
台車の1つでも持って行けばよかった。
結果毒袋をロント、背中の肉を俺。
脂身があって食べられそうな、毒のない部分を2人組が持って帰還した。
毒袋と背中の肉はギルドに納入。
残りは山分けにした。
報酬が結構おいしかった。
2人組は明日にも帰るそうだ。
またいつか会えるといいな。
ただし、名前を覚えられなかったのが残念だ。
死亡フラグコンビでいいか。
宿に帰るとリアにお肉を渡す。
ステーキにするとおいしいだろうなぁ。
ついでに一言言っておいた。
「リア、今度からあいつの背中の肉は使うんじゃないぞ?」
「へ? 何の事でしょう?」
にっこりと笑顔を返すリア。
こいつ、懲りてねぇ!
これはお仕置きが必要かもしれないな。
《おしおきですか! 美少女におしおき、いい響きですねぇ》
(まだ何も考えてないんだけどな)
《大丈夫です! 多分感想欄とかで誰かがいいおしおきを考えてくれますよ!》
(感想?)
《いいえ、こちらの話です》
ステーキということで、サクッと宿屋の一階で焼いてきてくれた。
女将さんにもお肉を分けたら、パンを一斤くれた。
今日はこれで食べよう。
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それは、ステーキを食べ終わって片づけをしている時に起こった。
二階の廊下で、何かがバタッ! と倒れる音がしたのだ。
「何だ?」
「誰かが倒れる音ですかね?」
「ちょっと見てくる」
ドアを開けると、そこにはライトベルが倒れていた。
息が荒く、とても苦しそうだ。
「おい、大丈夫か!」
「はぁ……はぁ……、水を……」
「リア、水を!」
「はい!」
一階から急いで水を汲んで来るリア。
俺はその間に、ライトベルを俺のベッドに寝かせた。
一体どうしたんだろう、こんな息を上げて。
きっと、屋敷からここまで走ってきたのだろう。
この際、俺の宿を何故知ってるかは置いておこう。
「んく……んく……」
「落ち着いたか? 大丈夫か?」
「うん……平気」
「どうしたんだよ、いきなり訪れて」
「……暇だったから来た」
は?
「え? 急ぎの用事があったから、屋敷からここまで走って来たんじゃないのか?」
「違う……そもそも屋敷からここまで客車使ってきた……」
「じゃあ何でここまで息切れてるんだよ」
「……2階までの、階段で……」
俺はそっとライトベルを抱きかかえると、一階まで連れて行った。
そして二階の部屋に戻り、戸を閉めた。
「あのー、良かったんですか?」
「気にしなくていい。俺が保障する」
「そうですか。そうだ、食後にぴったりなものを持ってきたんですよ!」
一階から「ひどいよー」というか細い声が聞こえるが知った事ではない。
リアの持ってきたお菓子を食べながら、談笑を再開させた。