14.男の約束のような何か
「酒場もでかいなぁ」
「ここは小さい頃からあったとこさ。荒くれものの集まりだ」
「何か中から怒号が聞こえてるけど大丈夫かな……」
「いつも大体そんな感じさ。ホラ行くよ」
「……うん」
俺はともかく、ライトベルまでついてくる事は無かった気もするが。
というかそもそも、何でこいつらが大侵攻の時に働くのを俺達が説得しなきゃいけないんだろうか。
まぁ、流れに身を任せて中に入るか。
中には凄い分かりやすい荒くれと飲んだくれが入り浸っていた。
どいつもこいつも体格が良く、俺達が入るといやらしい目で2人を見ている。
流石に俺もそういう目で見られてないと思いたい。
男たちを掻き分け、カウンターへと向かう。
あれ? エレフトラじゃね? みたいな表情を浮かべている男もたまにいるところを見ると、やはり彼らもエレフトラの事を知ってる人がいるのだろう。
カウンターにはこれまた初老の男性がいた。
バーテンのような恰好に、白髪交じりの髭。
多分こいつマスターだ。涙忘れるカクテル作ってやってくれ。
「おや? 珍しいお客様が来たもんだ」
「久しぶりマスター。マイク借りれるかい?」
「はいよ、今日の客は頑固だぞ?」
マイク? と思ったらただのメガホンだった。
まぁ、うん分かるよ。
メガホンってけっこー遠くまで良く聞こえるからね、うん。
<あーあー。聞こえるかい?>
「へっ、よーく聞こえてるよー」
「どーしたー嬢ちゃーん。へっへっへ」
席からヤジが飛んでくる。
あれ? 思ったより反応がいいぞ。
てっきり全員聞かないフリしてるとか、因縁つけられるとかそんなのかと思ってた。
《ここの酒場、ギルドみたいに依頼を受注出来たりするんですよ》
(へー?)
《ほら、そこの壁に大量の依頼が》
(ほんとだ、でもほとんど古いのばっかりだな)
《まぁ報酬が払われる保障は無いですし、そもそもやってくれる人がこういう方ばかりですし》
例えば、泥棒が入ったから助けてくれ! とか
いきなり殴られた! 犯人を捜し出してやり返してくれ! と言ったレベルの依頼では話しにならない。
妻が殺された。報酬はいくらでも出すから、敵を取ってくれ。
というレベルになってようやく希望者が名乗り出る可能性がある程度だそうだ。
もちろん成立するかは気分次第、報酬次第。
任務が成功すれば多額の報酬をせびられる可能性が高い。
失敗しても怪我の治療費を要求される場合がある。死んでいれば別だが。
そして仮に要求通りの額を払ったとする。
金持ちの可能性が高いということで、あらゆる奴らに名前を憶えられるという訳だ。
依頼が成立する可能性ですら、2割を大きく切っているそうだ。
頑張れと言われる理由も分かる。
注目されている理由だって、恐らくエレフトラの顔見知りがいたか、場にそぐわない美少女だからだろう。
《ほんと、美少女なんですよねぇ……外見は》
(エレフトラに関してはお前の推薦だろ! まぁ外見は美人なのを認めるけど)
入念にカンペを読み直していたエレフトラが、キリッとマイクを手に持った。
マイクじゃなくてメガホンだけどな。
<今日は重大な話しがあってここに来た。話しに耳を傾けて欲しいさ>
「へっ、あの日がこねーのか?」
「うっせー美少女の話を阻害するんじゃねぇ」
ヤジが飛んだり止められたりする。
だが、エレフトラの次の言葉で場の空気が一変する。
<大侵攻が発生した。早ければ午後にもモンスターの集団がここに押し寄せるかもしれないさ>
前から二番目の席の男が、ついグラスを手から離した。
ウィスキーのような液体が入ったグラスは地面に衝突し、床にその液体をまき散らす。
しかし、「街を守るのに協力して欲しい」というエレフトラの発した声は、男たちの怒号によって掻き消された。
「冗談じゃねぇ、逃げるぞ!」
「金持ちたちをゆすれ! 金儲けのチャンスだ!」
「ボスに連絡を! 急げ、お前行って来い!」
酒場は大パニックに陥った。
もはやエレフトラの声に耳を傾けるものはいない。
俺が奴らの立場だったら、間違いなく情報聞いてから行動するんだけどな。
しかし、エレフトラはこの事態を収拾できるだろう。
なんせこいつは頭が回って……。
あれ? 顔面蒼白じゃね?
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エレフトラはメガホンを置くと、すぐ前の男の手を掴んだ。
強面の男だった。彼は仲間に逃走の指示を出していた。
「なぁ、街を守ってくれないのかい?」
「あ? 報酬が出ればそうするけどよ。命を張った代金を払ってくれる奴はいるのかよ?」
「そ、それは……」
まぁ、現金主義なこいつらだったらそうだろうなぁ。
この事態を、エレフトラは……考えてなかったのか?
《彼女はこの街で生まれ育ってますが、大半の人はこの街をただの逃げ場としか考えてないですからね》
(まぁ、エレフトラにも純粋な気持ちってのがあるんだろうなー)
しかし、このままではマズい。
うーんどうしたもんか。
……あ、そうだ。前々世の時に読んだエロ小説の、あの作戦はどうだろう。
となると必要なのは……。
「マスター、紙あるか?」
「紙かい? コーヒー用のフィルターならあるが」
「大量にだ。買い取ってもいい」
「そう言われてもねぇ」
とりあえずある事は確認した。
次はライトベルだ。
「なぁ、ちょっと耳貸せ」
「……何」
「今から、ちょっとの間だけ精霊使いのフリな」
「……ん?」
俺はメガホンを手に取ると、目の前の机に置いてあった瓶を手に取った。
そして、思いっきり椅子に叩き付けた。
ガラスが割れる音が店内に響き渡る。
流石に皆、こちらを見たようだ。
ポートまでビックリしてる声が聞こえて面白かった。
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<あーテステス。お前ら、そんなに金が欲しいのか?>
店内が静まり返る。
エレフトラも、こちらをポカーンとした顔で見ている。
珍しい顔だ。
<だったら俺がなんとかしてやるよ。この場に、いや街の防衛に参加した奴全員の報酬をよ>
店内がザワつく。
「本当かよ?」とか「ガキはすっこんでろ」とかそういうヤジも聞こえてくる。
面倒なので、瓶をもう一本叩き付ける。
<ここにいるエレフトラは、それはそれは王都で実力のある聖職者だ。もちろん処女、キスの1つもしたことはない>
何でそんな話しをするんだ? という顔が並んでいる。
俺も相手の立場だったらそう思う。
<そんな聖職者の秘密を知ってるか? 聖職者の体毛や爪は、特殊なお守りのような働きをする。迷信じゃねぇぞ? 実際に土壇場で生死を分ける程のものだ>
そうなのだ。
今思いついた設定だ。
<いいかお前ら。処女の、未成年の、キスもしたことの無い聖職者の、蘇生魔法が使える程の実力者の、しかもこんな美人のだいーじなものをお前らにくれてやるよ>
エレフトラがさらにポカーンとした表情をこちらに向ける。
大丈夫、処女とかじゃないから。
<陰毛だよ、聖職者に処女童貞が重んじられる理由が分かるか? 聖職者の陰毛は、非常に強い神様のパワーって奴を授けてくれるんだとよ>
一斉に皆がエレフトラの顔を見る。
いや、顔じゃない。股を見ている。
<この金髪美少女シスターの陰毛が、本当に金髪なのか。お前らも確認したくはないかぁ!?>
ごくりと唾を飲む男達。
しかし、目の前の男がそっと手を挙げた。
お前、強面の割に何て情けない顔をしてるんだ。
「でも、この街で戦えるのはせいぜい300が限度。大侵攻なんかとてもじゃないけど……」
<お、良い事言うじゃねぇか。だがな、このエレフトラちゃんもただこの街に来たって訳じゃないんだぜ?>
そう言うと同時に、酒場にいる全員に精霊魔法をかける。
力を増す魔法だ。
精霊魔法を受けた事ない男たちは、おぉ! と思わず声をあげた。
<いいか、今お前たちが力が湧いたと感じたのは気のせいじゃねぇ。こっちの黒髪の子がやったものだ。精霊魔法って言ってな、この力で二度も大侵攻の防衛に貢献した経緯のある奴だ>
ライトベルがやった事にする。
俺が精霊魔法をかけたというより、こっちの方がテンション上がるだろう。
<俺がお前らに提供するのは、この効果抜群の処女聖職者の陰毛に、この子が精霊の祝福を分け与えたものだ。少女に興味がない奴も見逃すなよ? 市場に出せば、高い値が付くはずだ>
付くわけないけどな。
<それに、大侵攻と言っても恐らくターゲットはフマウンだ。300動かせる? 上等じゃねぇか。仮に相手が3000いたとしても、フマウンに大半が流れると考えれば1000弱。1人3体倒せばいい計算だ。その精霊魔法の加護を受けた状態でな>
それと同時に地図を広げる。
男たちの視線が地図へ向かう。
ようやくここまで話を持って行く事が出来た。
ここにいる奴らは基本的に腕利きだ。
3体ぐらいならなんとかなるかもしれない。
それ以上の修羅場を、こいつらは潜ってきている。
<いいかお前ら、この美少女がナフィからわざわざ客車飛ばしてこの情報を持って来たんだ。しかもこんな体張るっつってんだ。ここで動かないで、お前らそれで男かよ? 俺は戦う。初めて来たこの土地の為によ>
いいぞ、なんか自分の演説に酔ってきた。
あの荒くれたちが、俺の言葉に耳を傾けている。
<この店はどうだ、こんな時間から酒に入り浸ってるマスターが、一生懸命支えた店だろうよ! ツケも我慢してくれたこのマスターにも、立ち上がるだけの根性をお前らは持っていないのか? プライドは持ってないのか?>
メガホンを持つ手の力が強くなる。
凄い怖い顔のおじさんが、涙を流している。
<……大侵攻があったら、鐘が鳴るそうだ。防衛の準備までしろと俺は言わない。だけど、俺はお前らの最後に残った良心が働いてくれることを祈る。皆が防衛に参加してくれる事を、信じてるぜ>
俺はそう言って、メガホンを置いた。
酒場の中で拍手が沸き起こった。
「おう兄ちゃん、いいアピールだったぜ」
「マスターありがとう」
「紙だったな、俺がなんとかする。陰毛を包むための物だろう?」
「ありがとう、マスター。代金は……」
「ハッ、それぐらい無償提供させてくれよ」
ありがとうマスター、良い男じゃないか。
俺が女だったら惚れてるところだ。
未だにポカーンとしているエレフトラと、無表情を保ったまま内心笑っているライトベルを連れて出口に向かう。
その途中で若い男が立ち上がり、俺に話しかけてきた。
「なぁ、陰毛の話本当なのか? 嘘じゃねぇだろうな?」
「ふっ」
俺は男の肩に腕を回し、こう言ってやった。
「男の約束だ、二言はねぇよ」
「お、おう!」
こうして、俺達は歓声に包まれたまま外へ出た。
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「な、何だったんだい今のは」
「なーに、男なんて単純で馬鹿なもんなんだよ」
「それより、どうするんだい? あんなこと言っちゃってさ」
「渡せばいいだろ? 陰毛ぐらい」
ニヤニヤしながら言ってみる。
まぁ、恥ずかしくて無理だろうなぁ。エレフトラは真っ赤になってるし。
「それ以前に……その……」
「何だよ、ニヤニヤ」
「……生えてないんだ。陰毛」
「フッ、じゃあ頑張って明後日ぐらいまでに生やせよ」
困惑する表情のエレフトラもいいなぁ。
まぁ、家の借金をどうにかする手がかりを作ってやったんだ。
これぐらいのイタズラはいいだろう。
さて、帰ったらリアにお願いしないとな。
ブラウン君のお腹の毛をある程度刈り取って、金色に染める作業を。
え? 本当に陰毛渡すわけないだろ?
男の約束なんて、そんなもんさ。




