5.苦悩のような何か
「じゃあよろしく頼んだぞ」
「はい、ちょっとの散歩を楽しんで来ます!」
「うー!」
山道が本格化してきた。
そこで俺たちは、ブラウン君の負担を減らす為にある作戦に出た。
3人程外に出て歩くというものだ。
単純に客車の重さを減らし、楽をさせてあげようというシンプルなものだ。
まぁそこまでするならブラウン君の他に客車を牽引するモンスターを持ってこいという話なんだけどな。
こいつら普段から宿や客車の中にいる事に慣れてるから、その名目で運動させたいだけでもある。
さて、そのメンバーだが当初は俺も含まれていた。
だが先の戦闘で負傷したため、お前は休んでろと皆に言われてしまった。
ライトベル? あぁ最初から参加する気ないようだよ。
こいつこそ一番動くべきなんだけどな。
さて、この散歩メンバーは2組に分かれる。
第一班がリア、エレフトラ、スラン。
第二班がロント、マイ、そしてスランだ。
スランが兼任している理由は、俺たちの荷物の中でハルバードが一番重いからだ。
本来は第二班に俺が入り、その間俺がハルバードを抱えながら登山する予定だったんだが。
「悪いな、スラン。無理するなよ」
「うー!」
何やら本人がすごいやる気なのと、肝心のハルバードを持てる人が限られているということでこのような編成にした。
ロントも持てるには持てるが、第二班は比較的モンスターの襲撃が報告されている地帯を歩くという事でロントはすぐに動けるようにしたかった。
それと、スランは野生の勘とか嗅覚や聴覚が優れてたりと探知が優秀だ。
外にいると、その分モンスターの発見が早くなる。かもしれない。
多分ポートとライトベルの方が早いとは思うんだが。
さて、客車の中には俺とロント、マイとライトベルが残った。
比較的静かなメンバーだ。
マイが若干オロオロしているが、正直このメンバーで会話が弾む事に期待するのは諦めた方がいいと思う。
ふとライトベルを見ると、何やら忙しそうにしている。
魔法陣を眺めては頭を傾げ、本を開いて納得しては何かを考えている。
追い詰められたような表情で。
「ライトベル、あんま無理するなよ?」
「……大丈夫。平気」
うーん、あんまり大丈夫に見えないんだけどなぁ。
まぁ、こうなった理由は分かっている。先ほどのクモだ。
クモとブラウン君が追いかけっこをした際、両者の差はすぐには広がらなかった。
それは俺が全力の強化をブラウン君に施していなかったというのもあるが、もう1つ理由があった。
ライトベルの呪術が、クモに対してあまり効かなかったからだ。
原因は俺にもなんとなくだが分かる。
呪術に限らず、複数の相手に対して魔法をかける場合は二つの手段がある。
1つは対象を指定する。もう1つは範囲を指定するというものだ。
あんまり変わんない気がするように見えて、結構違う。
範囲指定の場合、今回のような両方走っている状態では使い物にならないのだ。
よって前者の対象指定を使わなければならない。
精霊魔法は見知った仲間を強化する。
それは非常に楽だ。対象指定も容易だからな。
だが、呪術はそうではない。初見の敵に、その場で対応する必要がある。
当然ながらライトベルはそれなりの熟練者なので、そんな対応は朝飯前……のはずだった。
だが、今回は非常に条件が悪かった。
座標指定というのを知ってるだろうか。
三次元での座標と言うのは、縦横奥行の3方向を指定する必要がある。
ライトベルの呪術は細かいところでも魔法陣を使う。
その魔法陣が、今回のケースで上手く対応出来なかった。
自分が止まって相手が動きまわる。
これはなんとかなる。
相手が止まって自分が動き回る。
これはより簡単だ。
両者動き回る。
ここらへんになってくると大変だが、こうなってくると範囲指定を使う事が多い。
対象がこの範囲にいる間だけ弱体化とか、そういうものだ。
だが、今回はある方向に両者が走り続けた。
それも地味に登り坂をだ。
どうやらコレが良くなかったようだ。
範囲指定も出来ず、両者動き回る。
前後左右だけでなく、微妙に上方向へのベクトルの移動も発生。
魔法陣の演算処理が追いつかず、クモへの呪術が上手く行かなかったのだと思う。
「あんまり自分を追い込むなよ?」
「……でも、ユハが怪我をした」
「良いって良いって。こんぐらいすぐ治るって」
「……でも……」
自分が呪術を上手く扱えなかった。
そのせいでクモを好き勝手させ、結果俺が怪我をした。
彼女はそう思っているらしい。
自分の役割はしっかり果たす。
戦闘で自分はパーティーの中で一番役に立つ。
だからこそ、普段は多少怠けても許される。
ライトベルは、そういうプライドのようなものを感じているようだった。
それが一層、今の彼女を追い詰めているのだろう。
しかしながら、彼女の呪術がこういう場面で使えるかどうかは重要な事だ。
今後の大きな戦いの時に、今の事態が起こらなくて良かった。
変な事を言って諦められるより、問題を解決して自信をつけて貰った方がいい。
俺は熱心に魔法陣の解析するライトベルの頭を、ポンポンと叩いた。
~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~
ブラウン君より先に歩くリアたちが、こちらに向かって何かをアピールしている。
しばらく進むとその理由が分かった。分かれ道だ。
リアが『どっちに行けばいいの?』みたいな感じで頭をくいっと傾げてて可愛い。
「ロント、この分岐はどっちに行けばいいんだ?」
「うーん、ちょっと待っててくれ。えーっと、右だな」
「分かった」
リアに右に向かうようジェスチャーをし、ブラウン君にも指示を出す。
いやぁ、あのロントが持っているメモがあって本当に助かる。
ナフィを出る直前、ロントは彼女の兄弟子であるチョイエロとの面会に成功した。
彼はなんと、ナフィ~フマウン間で商売をしているチームの用心棒として働いていた。
この山に関するプロフェッショナルと言ってもいいかもしれない。
今まで中々会えなかったのは、フマウンへ行っていたからだった。
登山に対して色々計画を立てられたのは、彼に教えて貰った事が書いてあるあのメモのお陰だ。
メモには客車が通れる山道のルート、登山での注意事項、基本的にこの山の水は飲めない事、水分代わりに使える植物の見分け方等が書かれていた。
この山には天然の迷路のように入り組んだ場所がある。
メモを頼りに切り抜けたが、このメモが無ければ間違いなく迷っていた。
遭難する危険性すらあった。
《そうなんですか?》
(そうなんだよ)
《……ツッコんでくださいよ》
(ぺっ、やなこった)
《ひどい!》
……あ、そういえばちゃんとチョイエロさんの時の話聞いてなかったなぁ。
せっかく時間あるし、ちょっと聞いてみようか。
「なぁ、ロント」
「ん? 何だ?」
「そういやチョイエロさんの所に行った時の報告、ちゃんと聞いてなかったと思ってさ」
「あー……そういやちゃんと説明してなかったか。と言っても、会話は道場についてとか、メモの内容とか、世間話だしなぁ」
「そうか、んじゃいいか」
「あっ、一個だけあったな。モンスターと一緒に住んでた」
「モンスターと?」
珍しいな。
一瞬危なくないか? とも思ったが、冷静に考えて俺もブラウン君とスランがいる。
まぁ、ありえなくはないのだろう。
ロント曰く、銀髪に白い肌の少年だったという。
名前は奴隷だったのでついていなかったようだが。
しかし奴隷のようにコキ使うのではなく、ちゃんとした1人の人間のように扱っていたのだという。
モンスターの奴隷と聞いて、いつの間にかスランが客車の近くにいた。
「うー!」
「ん? スランも仲間だって?」
「うーうー!」
ロントはそんなスランの姿を見て、客車から腕を伸ばして頭をポンポンと撫でた。
「そうだな。お前は私たちにとって、かけがえのない存在になってきたものな」
「……うっ」
ロントにそう言われたスランは、鼻血を出して倒れかけた。
あかん、百合の血が騒いでいらっしゃる。




