6.はじめての不倫
目の前で転がっている、血に染まった青い毛の塊。
それがロントだと気づいた時、パニックになりそうな頭を必死に抑えて情報を整理した。
まず彼女は確実に死んでいる。
それはポートの話から分かっていた事だが、どこか信じられない自分がいた。
しかし目の前で現に彼女は死んでいる。
それをまずは受け入れなければならない。
次に考えるべきことは蘇生が出来るか、という事だ。
いや、これも考えるまでもない。ポートが何も言わないという事は『蘇生可能』という状況から変化していないということだ。
つまりあの頭をなんとかして確保して、その唇とキスをすれば蘇生可能ということになる。
ここまで雰囲気だのロマンだのが無いキスなんて聞いたことがない。
《落ち着きましたか。まだ二択は生きてますがどうしますか?》
(彼女を蘇生するか、別の選択肢ってことか。考えるまでもねーよ、前者だ)
このまましばらく待てば、他の冒険者もやがてここにたどり着いて一緒に突入できる。
しかしその場合、彼女を蘇生させるタイミングを逃してしまう。
なぜなら、彼女が一度死んでいるという事が冒険者たちにも知られてしまうからだ。
俺に出来る事は、このマフィアの中に突入することだ。
そしてロントを蘇生し、なんやかんやでマフィアを倒せばいい。
(そうだ、1つだけお願いがある)
《何でしょう?》
(もしロントとキスに成功したら、俺に聞くまでもなくハーレム増加の特典を即座に『精霊魔法の強化』に使ってくれ)
《わっかりました!》
(……行けると思うか?)
《ユーハさんならいけます! サブタイトルでもう生還は確定してますから!》
(何の事を言っているのかよく分かんないけど分かった! やれるだけやってみるさ!)
俺は脳内で勝手にポートと盛り上がる。
やがて、男の1人がロントの死体の体に手を出した。
どうやら服を脱がそうとしているらしい。手にはナイフを持っている。
死姦かよ、センス悪りぃな。
それ以上ロントの体をボロボロにさせてたまるかよ。
そっと投げナイフを取り出し、今まさにロントを脱がそうとしている男に投擲した。
ナイフは男を見事に捉え……る事はなく外れ、カーテンで遮光されていた窓に思いっきり突っ込んだ。
窓は大きな音を立てて割れ、中にいた4人の男は俺がいる方向とは反対である窓の方向を見た。
まーあれだ。結果オーライ。
俺は気配を消す魔法と足が速くなる魔法を併用すると、一気に床に転がっている血染めの青い毛玉を拾った。
……思ってたより重いな。頭なんて単体で持ったの初めてだよ。
ロントの頭は血がついていたものの、顔自体に外傷はなかった。
まぁ首を切られている時点で十分な外傷なんだが。
とにかく安らかな顔をしていた事だけが救いだ。
男たちが俺に気づくが、もう遅い。
俺はロントに口づけをした。
キスは血の味がした。
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男たちが一斉に俺を見る。
マフィアとしては4人は少ない人数だ。
恐らくロント襲撃に選ばれた精鋭達なのだろう。
強さはビンビン感じる。
ロントも倒された程の強さだ。
だが、残念だったな。お前らは俺を見た時点で敗北だ。
唐突にナイフ投げながら乱入してきて、死体の頭を持ってキスをする。
そんな男が堂々と立っていたら、俺を見てしまうだろう。
たった今俺が持っていたロントの頭部と、椅子にくくりつけられた体が光となって消えるのも気づかずに。
入口の近くに立っていた男が立ち上がる。
そして手元に無造作に置いてあった何か強そうな剣を持ち、俺に切りかかろうとする。
だが、その体は大きく傾く。
そいつは体が全て倒れて初めて、自らの足が切断されている事に気づいた。
ロントを襲おうとした男は、立てかけてあった槍を持った。
俺に向かって槍を構える男。
しかし、その槍は突かれることはなかった。
何故か男の両腕が切断されたからだ。
男たちはみるみるうちに四肢を切られ、喉を切られ、やがて息絶えて行った。
こんなこと出来るのはもちろん俺ではない。
「ご苦労さんだった、ロント……って聞いちゃいねぇな」
部屋の中央で、人を切った感触に酔いしれている女性が1人。
当然ロントだ。
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ロントは俺とキスらしきものをしたお陰でハーレム要員となった。
よって俺の精霊魔法も強化される。
気配を消す魔法も強化され、影が薄くなるぐらいの効果から注意しないと存在が気づかれないぐらいの効果まで上昇した。
部屋の中央に気を引く俺という存在。
魔法によって速さと力が強化され、影が薄くなったロント。
結果として彼女は自由に動き回る事が出来た。
そうなってしまえば、いくらマフィアの奴が腕が立つと言っても関係ない。
《いやぁ、何とかなりましたね》
(人間成せばなるな。心が砕けかけたけど)
《で、どうします? 彼女》
(うーん、とりあえず死体処理班を待とうか。多分処理終わってもあのモード続いていると……)
ツンツンと背中を突く感触。
振り向くとロントが立っていた。
あれ? 正気に戻ってる。
「ユーハ、助けてくれたのか。ありがとう」
「あ、戻ったんですね。怪我は無いですか?」
「幸いどこも痛くない。何か大きな怪我をした気がするんだけどな」
大きな怪我してたな。
夢がある言い方をすると、ポロリもあるよ! って感じだったな。
首だけどな。
(にしても、人斬り後なのに俺によく気が回ったな)
《一応ハーレムのチートですから、ユーハさんへの好意が大幅に上がっているはずですよ》
(あぁ、そういえばそんな効果もあったな)
女の子とキスをすると、蘇生が出来てパワーアップするだけじゃなかったんだな。
というか、普通はそっちがメインだ。
今までは人斬りに興味が全て行っていたが、俺にも興味がある為に程々の快楽を感じた辺りで戻ってきたのか。
恐らく元のままだったら、今頃死体を切り刻んで遊んでいるところだろう。
それにしても、俺もロントも返り血で酷い事になっている。
町中をこれで歩いてもいいのだろうか。
その後冒険者がやってきた。
第一声が「思ったより切り刻まれてない!」だった。
ロントが少し恥ずかしそうにしていた。
しばらくして死体処理班が来た。
第一声が「案外切り刻まれてねぇなぁ」だった。
ロントがかなり恥ずかしそうにしていた。
反省しなさい。反省を。
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「あの、ユーハ。私の家に来ないか?」
「へ?」
「そんな血だらけだと、泊まっている宿にも迷惑だろう」
確かにそうかもしれない。
しかし、ロントの家は水浴びする川とは逆方向では?
「安心していい、我が家にはお風呂があるからな」
「お風呂!」
「何だ、そんなに好きなのか」
「故郷では良く入りましたからね」
上下水道が完備されていないこの世界でどうやってお風呂を沸かすんだろう。
井戸から汲み上げるのかな。
行けば分かるか。
……あれ?いつの間にか行く前提で考えが進んでるな。まぁいいか。
《お、ロントさんのお宅に訪問ですか!》
(せっかくの申し出だしな)
《まぁハーレム要員になってしまったので、切り替えて仲良くしていきましょう! レッツ・エンジョイ・不倫ですよ!》
何と失礼な。そんなやましい気持ちはないさ。
あくまで緊急で風呂に入るだけだ。
今後風呂を作るかもしれない時に、参考にしたいしな。うん。
そういう訳で、俺はロントの言葉に甘えてロントの家に向かうことにした。
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「うわぁ、広いですねぇ」
「没落した流派の、使われなくなった道場だよ」
「なるほど、色々あるんですね」
深く言及しない方がいいだろう。
いや、言い換えよう。後でポートに聞いておこう。
ロントの家は、日本での名家を思わせるような見事な屋敷だった。
木造だからか、やや和風な印象を受ける。
しかしほとんどの部屋が使われていないようで、ほぼ毎日パトロールをしているロント1人では掃除も中々難しいようだ。
「以前は使用人がいたり、自分を含めた弟子が皆で掃除をしていたんだがな」
「広いですから、全部は無理ですよね」
「キッチンと寝室だけで手いっぱいだ。ちなみにキッチンはこっちだ」
どうでもいいけどこれだけ雰囲気が和風なのに、台所じゃなくてキッチンなんだな。まぁいいか。
キッチンはかなりの広さを誇っていた。
全盛期は多くの弟子がいたのだろう。
隣の部屋に巨大なテーブルがある。
しかし、それは使われている形跡がない。
キッチンにある小さな2人がけぐらいの机が、ロントの普段食事用として使っている机のようだ。
「では、お風呂を沸かしてくる」
「あぁ、手伝いますよ。というか、どういう風に水を溜めてお湯を張るのか知りたいですし」
「分かった。風呂場はこちらだ」
そうして案内された風呂場は、まるで日本の旅館を思わせるものだった。
檜の浴槽に見えるが、この世界で生えている木を使用してるのだろう。
ここまで日本に近いものがあると、どうも転生神の影響を勘ぐってしまう。
お風呂場には滑車を使った汲み取り式ではなく、ポンプ式の井戸が備えつけられていた。
それを使ってお風呂場に直接水を流し込む。
熱々のお風呂にする場合は外に出て、薪を燃やして温めるそうだ。
今は水風呂で済ませてしまっているそうだが。
まぁ今日も水風呂でいいか。
「ユーハ、先に体を洗ってきてもいいぞ。まだ自分にはやる事があるしな」
「そうですか、ではお先に失礼します」
「そこにある布を使っていい。着替えは用意しておく」
「ありがとうございます」
ロントが出て行こうとしたので、冗談で一緒に入りますか? と言ったら顔を真っ赤にして出て行った。
可愛い。
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水風呂の中でまったりと天井を見上げる。
そういえば朝水浴びしたばかりだったな。まぁいいか。
《いやぁ、まだ日は高いのに濃い一日ですね》
(あぁ、そうだな)
《水風呂とはいえ、ゆっくり入れるのはいいですね。川は体は洗えますが、ゆっくり浸かるにはちょっと狭いですしね》
(あぁ、そうだな)
《今のうちにロントさんの事情についてお聞きになりますか?》
(あぁ、そうだな)
《……ちくわ大明神》
(あぁ、そうだな)
《話聞いてないじゃないですか!》
(冗談だよ、冗談)
ちょっと頬を膨らますような音が脳内に響いた。
ロントが所属していた剣術の流派は、対人を得意とした流派だった。
そこまで大きい流派ではなかったが、それでも片田舎にしては弟子もそこそこ取られていた流派だ。
しかし、ある時よりモンスターの動きが活発になった。
いくら対人を得意とするとはいえ、この流派の門下生もモンスター退治を特別苦手とする程ではなかった。
だがモンスターの動きはどんどん活発となり、どうしても新興のモンスター退治特化の流派に押されていくこととなる。
(それっておかしくないか?)
《どうしてですか?》
(よく分かんないけど、悪魔とか地獄の騎士とか、モンスターの幹部とかは人型も多くないか?)
《その通りですが、この世界はまだその域に達してないのですよ》
(達してない?)
《えぇ。この世界はまだ魔王は愚か、その幹部も。強力なモンスターも出現していません。ほとんどが雑魚です》
(なるほど……)
RPGの大半では、ストーリーの最初は至極平和だ。
それらの主人公は外を夢見て旅立つ。
魔王を倒すという目的がある主人公も多いが、ただ単に世界を知りたいからと旅立つものも少なくない。
俺は、まだそのラインにいると言える。
これから世界はどんどん悪化していくと言われているようなものでもある。
それまでに俺は力をつけ、魔王と戦う実力を持たなければならない。
もしくは魔王が復活する前に幹部を倒すとか?
どちらにしろ、ハーレムの作成は必須な気がする。
(あーどこかに嫉妬とかしなくて、安全で、戦力になる女の子いないかなぁ)
《ほう、お任せください。調べておきますよ!》
(……お前が調べると、大体予想外のデメリットがあるんだよなぁ。デメリット持ちの女の子だったら、前もって言ってくれよ?)
《わっかりました!》
何とも不安だ。
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風呂を出ると、ロントは食材の下処理をしていた。
食事か。ポートが《あっ》とか言ってないので、真っ当な食材だろう。
「お風呂ありがとうございました」
「あぁ、出たか。じゃあ入ってくるぞ。一緒に入るか?」
「……そんな嬉々として剣を持ちながら言われても」
「ハハハ、じゃあ行ってくるさ」
ちなみに覗きは重罪だよ!
やった時点で極刑の可能性もあるよ!
つまり俺は殺されても仕方ないという論理展開になるかもしれない。
そりゃ一緒に入ったら楽しいだろうな、あいつにとっては。体を切れるもんな。
それからロントは風呂からあがり、料理も無事出来上がった。
隣に大きいテーブルがあるが、何となくキッチンの小さいテーブルを使う。
俺がお客としているからか、大きめのお肉を焼いたものが出てきた。
正直美味そうだ。わくわくする。
それとスープにパンだ。
「おぉ、美味しそうですね。いただきまーす」
「口に合えばいいのだが」
「美味しいです。流石ロントさんですね」
「……ユーハ、お願いがあるんだが」
「何でしょう」
「もっと砕けた口調に出来ないか? ロントと呼び捨てにしてもいい。君は命の恩人だからな」
「分かり……分かった。ロント」
それから俺達は度々言葉を交わしながら、食事を済ませた。
せっかくなのでこの町について。クエストについて。
色々な事も教わった。
やけに人を殺した時の話が多かったような気がするが、英雄譚として流しておこう。
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気が付くと、外は暗くなっていた。
なんだかんだで一日中ここにいてしまったな。
着替えはかつてここの兄弟子だった人のものを着ている。
サイズが合っていて良かった。
「今日は一日世話になったよ」
「……本当に申し訳なかった。奴らに単独に挑んだせいで、君を危険にさらしてしまったし、自分の命も落とすところだった」
「無事で良かったですよ」
《実際は命どころか首を落としましたけどね!》
(ええい、やかましい)
夕飯までご馳走になってしまった。
まぁマフィアの実行部隊を殲滅した報酬が出るはずなので、ロントもある程度は懐が潤っているだろうと判断した。
(いやぁ、居心地がいい場所だったな)
《和風は日本人の心ですからね。前世の事をおもいだしたんじゃないですか?》
(そうだな)
今日は思ったより遅くなってしまった。
宿に戻ったらすぐに寝て、明日に備えようか。
クエストを受けた訳ではないが、マフィアを倒した報酬はある程度出るだろう。
明日受け取りに行こう。
宿では女将さんがまだ働いていた。
挨拶をして二階に上がる。
部屋の前に、鍋を持ったリアがぼーっと立っていた。
ただじっと俺の部屋の前に立っている。
「た、ただいま」
「おかえりなさい、ユーハさん」
(なぁ、こいつ何時間ぐらいこのままだったんだよ)
《3時間ですね! いやぁ健気な子ですね!》
(うっ……)
《お鍋持ってますね! あれ? まさか食べないなんて事はないですよね?》
(くっ……)
《女の子が丹精込めて作った、愛情のこもった料理ですよ?》
「ユーハさん」
「は、はい!」
「朝と違う服装ですね?」
「あの、仕事で服が汚れたから、いらない服を貰ったんだよ」
「ふぅん」
やましい事はない。
やましい事はないはずだ。
《不倫、してましたよね》
(してねぇよ!
「ユーハさん」
「は、はい!」
「お腹、空いていますか?」
「実は食べ……てないんだよな! 料理作ってくれたのか?」
「はい!」
「よし、じゃあ食事の準備をしようか!」
半ばヤケになっていた男がそこにいた。