1.講習のような何か
「……いぇい」
「そ、それは!」
「……マテリアルの新追加セット『献身の審判』。ナフィで買ってきた」
客車の中がオォーという歓声に包まれる。
俺たちが時々遊んでいるゲームであるマテリアルは、度々こうして新しいセットが発売される。
このセットは献身のというだけあって、自分の防御を犠牲にする捨て身のカードが主体のようだ。
これから向かうマーシュ、その途中にあるフマウン。
ナフィからフマウンまではやや長い道のりになる。その間の暇つぶしとしてはちょうどいい。
皆夢中になって新しいコンボを探している。
「なぁ、ユーハ」
「何だよ、今忙しいんだよ」
「本当に大丈夫なのか? 彼女」
俺が新規の注目カードをチェックしていると、ロントが話しかけて来た。
恐らく、俺の左側に当然の如く居座っているマイの事だろう。ちなみにリアが右側にいる。
まぁ心配なのは分かる。この前まで酷いストーカーだったからな。
だが、一応対策は打った。
「まぁ見てろって。マイ!」
「は、はひ!」
「昨晩言った事、復唱!」
「私はユーハ様にも、仲間にも、どなたにも迷惑をかけません!」
「それを守っている間は?」
「一緒に旅の同行を許されます!」
「もし破ってしまった場合は?」
「ユーハ様が私の事を好きにしていいです……」
「ちょっと、そんなこと言って無かったじゃないですかー!」
リアとマイがやんややんや言ってる。
賑やかなのは良い事だ。
「と、言う訳だ。変な事をしない限り、旅の同行を許可する方向で」
「まぁ、お前が良いって言うなら良いんだが」
「何というか、もう吹っ切れた」
実際、マイは女性にしては結構良い筋肉を持っている。
バリバリ前衛なロント程ではないが、弓を引いた際にブレないぐらいの筋肉はついているようだ。
胸筋や背筋はもちろん、腕や足腰もそれなりに鍛えてるようだ。
まぁそのおかげかどうか胸のサイズが若干残念な事になってるみたいだが、形は綺麗なので大丈夫だろう。うん。
ということで、戦力としてはまぁいいんじゃないかと判断した。
俺のチートの事も深く説明せずに済むし、キスの手間も省けるしな!
《まぁ、一方でユーハさんの貞操がピンチですけどね》
(逆に考えるんだ。「貞操あげちゃってもいいさ」と考えるんだ)
《それはまた豪快な発想ですねー》
(すでに2人程俺の貞操を狙ってる奴いるしな……2人も3人も変わらねぇよ)
《あー》
(おまけにロントの貞操も狙ってる奴いるしな)
スランはあれ以来ロントに迷惑をかけるようにはしていない。
何というか、凛々しい先輩とそれを慕う後輩みたいな関係を保っている。
だが、ライトベルの報告によるとたまに銭湯で怪しい目つきになるそうだ。
まぁ自分の身は自分で守ってくれ。
俺は他人の心配出来る程余裕がないからな……。
~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~
客車の中に平和な空気が流れる。
一度マテリアルをしてみたものの、スランがルールこそ把握したものの立ち回りがいまいちだった。
つい最近までルールどころか存在すら知らなかったので仕方ない。
そこで、ライトベルが講習をしている。
どの場面でどういうカードを出すべきかとか、即興でのコンボの打ち出し方とか。
講習が終わるまでの間、ボーっと外を眺める。
……あ、そういえば。
「なぁマイ」
「は、はひ!?」
「いや、そんな驚かなくても」
「す、すみません」
「お前、精霊魔法って受けた事あるか?」
何かを考えるマイ。
やがて、何かを思い出した。
「そうだ、ユーハ様に助けていただいた時に何か……」
「あー、自然治癒力上げるやつか。あれ? 俺かけたっけ?」
「多分無意識でかけたんじゃないかねぇ。まぁ悪い事じゃないさ。無意識に魔法をかけられるようになるのは、脱初心者の証さ」
なるほど、なんだかんだで俺も結構精霊魔法使ってるしなぁ。
あと、エルフの住む森だったから精霊魔法が使いやすかったってのもあるかも。
「まぁ、とにかくちゃんとした強化は受けた事ないのか」
「そうです……ねぇ。多分無いです」
「精霊魔法は慣れが必要だ。突然強化されても、慣れてればなんとかなる」
「は、はい」
「あそこに見えるモンスターが見えるか?」
「えっと、はい」
俺は鹿のような四足歩行のモンスターを指さした。
まぁ何故かT字の角が一本だけそびえ立っているから鹿ではなさそうだが。
「あいつを射ってみろ」
「へ? このままですか?」
「そうそう、客車に乗ったままで」
「うぅ、自信ないですよぉ」
とか言いながらも一応試してみるマイ。
上半身だけ客車から出し、弓を構えて矢を放つ。
意外に絵になるなコレ。
マイの放った矢は鹿のモンスターの背中のすぐ近くを通り去った。
正直この後の説明を考えると外してくれた方が助かる。
結構良い腕してるんだなぁ。
鹿のモンスターは、矢に気づくと慌てて逃げ出してしまった。
「外してしまいました……」
「構わない構わない。もう一回チャレンジしてみろ」
「えっでもあのモンスターもう逃げ始めてますよ?」
「いいからいいから、ほら早く」
俺はマイに命中上昇の精霊魔法をかけた。
説明なので全力だ。
マイは先ほどと同じように矢を放った。
モンスターが逃げる方向を予測し、その先を狙い撃つ感じだ。
それでも本来なら当たるはずもない矢だ。
しかし、矢は途中で軌道を変え、結果鹿のモンスターのコメカミ? に命中した。
「ほえー」
「これが精霊魔法の力だ。何か感じたか?」
「はい、何か温かいような」
ブラウン君の操縦担当のエレフトラが、客車の方向を一旦変更する。
あの鹿は今日の飯になる。
「でも、それじゃあ私じゃなくても矢を当てられるってことですよね?」
「うーん、まぁそういう事になるかな」
「私って、あんまり役に立てないのかな……」
少し落ち込むマイ。
だが、正直そんなことはない。
「なぁマイ、俺の精霊魔法には力を強くするものがある」
「はい……」
「だから確かにその精霊魔法を併用すれば、リアでも同じ事が出来る。でもな」
「でも?」
少し期待した眼差しでこちらを見るマイ。
上目使いでちょっと可愛いアングルだ。
「それはお前が力を強くする精霊魔法を受ければ、もっと遠くに飛ばせるってことだ」
「はい」
「それに、お前はさっきモンスターの動きを読もうとした。それは、俺達には出来ない事なんだよ」
「はい」
「俺達にはそこまでの事は出来る。でも、そこから先はお前の経験と、これからの努力次第でお前はどこまでも行ける」
「はい!」
「頑張ってくれるな?」
「ユーハ様ぁ!」
「あっ!」
マイが俺の腕にぎゅっと抱きついた。
まぁ、若干こうなることを予想してたが。
それを見たリアも負けじと俺の反対の腕に絡みついた。
《ユーハさんも、立派な女垂らしになりましたねぇ》
(何と人聞きの悪い)
《まぁ女性の扱い方が上手いのは良い事ですけどね》
とりあえずマイとリアの論争を沈める為、話を逸らす。
俺とマイに足が速くなる精霊魔法をかけた。
「よし、マイ。足が速くなる魔法をかけたから、あの鹿のところまで走るぞ!」
「えぇ!?」
「問答無用だ、とう!」
「きゃっ!」
腕に絡みついたままのマイを抱きかかえ、そのまま外へ飛ぶ。
慣れれば飛び降りるのも簡単なものだ。
「よし、スラン。私たちも走るぞ」
「うー!」
何故か続くロントとスラン。
スランはマテリアルの説明の続きだったんだが、大丈夫だろうか。
まぁいいか。あの鹿まで競争だー!
「何だろうねぇ、これは」
エレフトラがポツリとそう呟いた。
ちなみに、鹿のモンスターの肉は非常に硬くてあんまり美味しくなかった。




