5.はじめての惨殺
その後、ギルドの死体処理班が来た。
何とかして弁明しようとしたが、その前に「あぁ、大丈夫いつもの事だから」という反応をされた。
いつもの事。彼女にとっても、ギルドの人にとってもいつもの事だった。
ロントはしばらく悦に浸り帰ってこない様子だったので、先にギルドに戻る事にした。
パトロールのノルマとしてはまだ終わってないが、報告の為にも一度戻らなければならない。
というか今日はこのままお開きだろう。
ワイルドベアーの討伐、強盗の退治と二つの功績があるので昨日よりは多くの資金を得られた。
とはいえ、やはり強盗を殺してしまった事で目減りした量が多いというのは否定できない。
確かに強盗は重罪だ。刃物を使って抵抗の意志も見せただろう。
しかし、だからといって彼を捕まえて裁判にかけた所で極刑確定かと言うと微妙なラインだとも思う。
この世界の法律はまだよく分からないけどな。
まぁ、これによっていくらか合点が行った事がある。
何故ロントがパトロールばかりするのか。
合法で人を切れるからだ。
どうやらロントは相手が抵抗の意志を見せ、正当防衛が成立した瞬間に殺しにかかっているらしい。
その辺りが無差別に殺したいだけではないというのを伺わせる。
単純に人を殺したい。切り刻みたい。
性的にそういう欲求を持っているのだ。
何故冒険者がロントを避けるのか。
人を切るから報酬が減るというのもあるかもしれない。
しかし、ほとんどは単に怖いからだろう。
俺も正直ドン引きした。何となくロントを待っているが、第一声に何を言えばいいのか分からない。
しばらくして、受付のおっちゃんが声をかけてきた。
なるべく気にしない方が良いということと、ロントはこういう事があった後は毎回家に帰っているという。
全身に返り血を浴びていたから仕方ないか。着替えぐらいはしたいだろうしな。報酬は明日受け取ればいいわけだし。
今日は大人しく宿に帰る事にした。
《思ったより落ち込んでませんね》
(お前なー、あの事も知ってたんだろ?)
《ロントさんの性癖の事ですか?》
(性癖……まぁそうとも言えるな)
《人を切る感触が好きって情報は知ってましたけど、あそこまでというのは正直直前まで知りませんでした》
ポートの情報はかなり有用だ。
この世界についての知識。知りたい相手の知識。
未来に起こる事件についての知識。魔法や武器などの知識など、ほとんどなんでも知っている。
その気になれば、目の前で走っている幼女のパンツの色も分かるだろう。
《あっ、あの子今ノーパンですよ》
(いやほんとに答えるな……ってマジかよ)
水浴びしに行ったけどパンツを忘れたらしい。
いや、今はそんなことどうでもいいんだ。
今言いたいのは、自分で判断するということだ。
ポートは確かに情報をくれるし、彼女自身の判断でおススメの行動も教えてくれる。
だが未来の事を完全に教えてくれる、いや全て知っているわけではないのだ。
事実ワイルドベアーも強盗も、直前にならなければ事件が発生すると知らなかったフシがある。
だからこそ、俺は自分で色々と判断すべきところはすべきなのだと勝手に決意する。
《まぁ、立派な事だと思いますよ。一緒にいても決断力がある方が楽しいですしね》
(へーへーそうかい)
どうもこういう時に頭の中を覗かれていると思うと、なんかなーとも思う。
というかそもそも、ヤンデレとか殺人癖とか紹介しなければこんな事は考えなかったのに。
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「お、リア。ちゃんと働いてるか?」
「あ、ユーハさん。昨日より早いですね」
「色々あってね。先に部屋に行って休んでる」
「分かりました」
午後から色々とやりたい事があったが、あんなことがあった後に活動的に動ける程俺も元気ではなかった。
失われた元気をなんとか取り戻そうとふて寝する。
シミの目立つ天井を眺めながら、今後の事を考える。
これからどうしようか。
パトロール以外のクエストに挑戦するのもいいかもしれない。
いや、一度間を置いたらロントとの間に妙な溝が出来てしまうかもしれない。
人を殺すのが好きという事はそれだけ腕が立つという証拠でもある。
そういう冒険者とコネを作っておくだけでも、俺としては損ではないはずなのだ。
仮にハーレム要員にしない方針になったとしても、絶交する必要はないのだ。
正直今の状況から彼女をハーレムに加えるという状況が想像できないが。
(違うクエストをやってみるというのも手かもな)
《明日ギルドに行ってから考えましょうか。パトロールやロントさんに固執する必要はありませんしね》
(そう……だな)
若干仲間意識が芽生えてきたというのがちょっと心残りだ。
それと、恐らくロントは性癖のせいで孤立してしまっているのだろうという点も気になる。
アレさえなければ良いんだけどな……うーん。
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そのまま長々と考え事をしていると、コンコンとドアがノックされた。
「どうぞ」と言うと、リアが中に入ってきた。
どうやら仕事が終わったらしい。
デートでも誘ってやりたいが、やっぱり元気が出ない。
よし、元気を貰おう。
「リア、ちょっとここ座ってくれないか?」
「ここ、ですか?」
「そうそう、そのまま……よっと」
ベッドにリアを座らせ、横たわって太ももに頭を乗っける。
膝枕だ。いやぁ、布越しに後頭部に感じる感触がとてもいいな。
目の前に困惑しながらも受け入れているようなリアの表情がまたいい。
《仕事した後でちょっと汗かいてるのがいいですね。ぐへへ》
(お前はおっさんかよ)
リアはしばらくの間そのまま固まっている。
やがて手をそっと俺の頭に伸ばし、恐る恐る撫でていた。
いいなぁ。健気や。
《今だ! 押し倒してしまえ!》
(うるせえ黙ってろおっさん)
正直、今はそういう気分じゃないんだ。
「……ん、あれ?」
「おはようございます」
「あ、寝ちゃってたか。ごめんな、つい気持ち良くて」
「いえいえ、お安いご用です」
どうやら膝枕のまま眠ってしまったらしい。
外の明るさから見て、30分程経過したのだろうか。
その間ずっとこのままだったのか。宿屋の仕事もあるのに悪い事したな。
《中々良い読みですね。正確には28分です》
(そりゃどうも。寝ている間に何かあったか?)
《いやぁ、面白い事がありましたよ。ナイショですけどね。ふふふ》
なんだろう、凄い気になる。
まぁ、気にしないでおこう。
ちなみにこの日はせっかく小金が入ったのでリアと外食することにした。
色々お世話になったし、そのお礼も兼ねてな。
やっぱり、1人で食べるより女の子と一緒に2人で食べる料理の方が美味しい。
ちょっとお酒も飲んだ。
16歳だけど、この世界の法律的には大丈夫だしな。
リアを酔わせて宿に連れ込むなんてことはしないよ? まだね?
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翌朝も水浴び→朝食→洗濯物を預けるというコンボを華麗に決める。
今は暖かいからいいけど、冬も水浴びは嫌だな。
というかそういえば、ここは雪とか降るのかな。雨は今のところ大丈夫そうだが。
《ここは雪も雨もあまり無い場所ですが、ちょっと北に行くと雪が降るようになりますよ》
(へぇ、一応俺も冒険する側だし気を付けないとな)
《酷い地域では町から一歩も出られなくなる事もありますからね。注意しましょう》
特にこの世界では治水なんかもしっかりしてない可能性が高いしな。
大雨で氾濫とかよくありそうだ。
警戒しておくに限る。
ギルドに到着したが、ロントの姿が無かった。
どうしたんだろう。まだ来てないのかな。
そう思いつつギルドのクエストが張られている壁を見る。
……パトロールが無いな。
《あ、どうやらロントさん先行っちゃったみたいですね》
(俺に顔を合わせ辛かったのかな。気持ちは分からんでもないが)
《仕方ないので他のクエストやりましょうか》
(そうだな、ロントには後で何とかして会えればいいか)
あくまでパトロール自体は町の地形を知るのが目的だった。
そろそろ他のクエストとかやってみてもいいかもしれない。
《そのクエストとかどうでしょう。ソレの左の……》
(カルバネドリの卵?)
《そうそう、そうです。大きな鳥の巣に入って卵を取って帰るんですが、それが気配を消す魔法と相性がいいです》
(なるほどな、やってみるか)
そうなると、他の人とは組む必要はないかな。
あの気配を消す魔法は1人しか適用できないからな。
そう思いながら手を伸ばそうとしたその時、外から悲鳴が聞こえた。
1つではない、何人もの悲鳴だ。
明らかな事件だ。
《行きましょう!》
(あぁ)
俺を含めたギルドの中にいた何人かが外へ出る。
遠くで煙が上がっているのが見える。
火事だ。
《あれは銀行ですね。やっぱり潰れる運命にあるんでしょうか》
(債権者に火でもつけられたか? それとも銀行強盗かな)
《後者ですね、おそらく犯人は前世で言うマフィアに匹敵する組織です》
マフィアか。
単独で撃退するには厳しい相手だな。
何人か向かうみたいだし、俺もついていっても良いかもしれないな。
遠くで支援として精霊魔法を使うだけでも、助けにはなるだろう。
《……あっ》
(どうした?)
《いえ、ちょっと待ってください。情報を整理してます。……いや、とりあえず銀行の方角へ向かって下さい。その間にちょっと考えてます》
珍しいな。
何かあったのだろうか。
とにかく銀行に急ぐか。
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《ちょっとストップ! 情報がまとまりました》
(おっと、分かった)
銀行へ到着する二本程手前の道で、ポートが俺に制止をかけた。
情報をまとめるという作業が終わったのだろうか。
《すみません。急で申し訳ないのですが、二択を選んでください》
(二択? またか?)
《はい。ロントさんをハーレムに加えるか加えないか。今すぐに》
(なんでそんな事を急に……)
いや、昨日の二択の件を考えろ。
恐らく、俺の為に曖昧な選択肢にしてくれているのだろう。
だが、俺も舐められたものだ。
(なぁ、ポート。俺の心はそんなに簡単に砕かれない。直接的な表現で構わないから、何が起こるか教えてくれないか?)
《しかし……いえ、そこまで言うなら分かりました。覚悟して聞いてください》
(あぁ)
《ロントさんが死亡しました。チートの力を使えばまだ蘇生は可能です》
すでに心が砕かれそうになった。
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ポートの導きで銀行の犯人グループのアジトに向かう。
事の次第はこうだ。
ロントはこの町の犯罪者が殺せる状態になれば、速攻で殺していた。
それは当然、この町のマフィア的存在にも適用される。
彼らの手下や関連組織の者も、ロントの毒牙にかかった。
それもかなり惨たらしい姿にされた。
ロント個人にターゲットが向くのも自然な流れだろう。
そこで彼らは今回の事件を起こした。
銀行強盗、銀行に火をつける。
ここまでやれば、パトロールをしているロントが来ない訳がない。
そしてそのロントを拉致、殺害する。
それが亡くなった部下への弔いとして。
ロントはその罠にかかり、既に殺されてしまったそうだ。
しかし、今ならまだ間に合う。
ポートの解説から察するに、死体とはいえその口にキスをすれば体が再構成される。
つまり現段階では、蘇生は可能だ。
だからこそポートは聞いた。
ロントを見捨てるか、蘇生する代わりにハーレムに入れるか。
選択肢なんて、あって無いものじゃねぇか。そんなもん。
《そこの建物を右に曲がり、突きあたりまで行った所がアジトです》
(分かった)
《気を付けてくださいよ。くれぐれも冷静にお願いします》
冷静にか。
俺は冷静につもりだが、ポートがわざわざ言うのだから多少は混乱しているのだろう。
まぁ、仕方ない事だが。
《アジトはそこの建物です。一見民家に見えるよう偽装されてます》
(ここか)
《急いで入らないでくださいよ。入口の近くに隠れられる場所があるので、そこからそっと中を覗いてください》
ポートの指示を受けて入口の近くに身を隠す。
中から声が聞こえてくる。心臓のバクバクが止まらない。
念の為に気配を消す魔法を使い、そっと中を覗いた。
中には4人の男がいた。
見るからに手ごわそうな体つきだ。
俺よりもよっぽど死線を潜った連中だろう。
囮で銀行に火を付けるような奴らだしな。
部屋の中央に椅子がある。
全体的に部屋が暗いので良く見えないが、そこに誰か縛り付けられている。
ロントだろうか。床には血が滴っている。
その椅子と入口までの途中に、何か青い毛玉のようなものが落ちていた。
毛玉にしては大きいな。
まるで大きめのボーリングの玉のようだなとその時は思った。
それがロントの体から切り落とされた頭部だと気づくのに、しばらく時間がかかった。