18.Elf
翌朝目を覚ました俺を待っていたのは、強烈な足の痺れだった。
いつの間に俺のベッドに入ってきたんだライトベル。
そっと俺の太ももに乗せられた頭をどかす。
……そういや、こいつ昨日遅くまで魔法陣の書き込み続けてたんだっけ。
多少はやさしくしてやるか。
抱きあげて、俺がさっきまで寝ていた場所に移動させる。
外から声が聞こえる。古ぼけた窓から裏庭を見る。
ロントとスランが外にいるな。
朝の修行だろうか。顔洗いがてら様子を見に行くか。
外に出ると、ロントはベンチに座っていた。
スランの修行を指導しているらしい。これはもう師弟関係と言ってもいいかな。
「おはよう。ロント、体は大丈夫なのか?」
「あぁ、ユーハか。エレフトラに許可は貰った。無理はするなとも言われたが」
「確かに、お前は無理しそうだからなぁ」
ロントの隣に座り、スランの様子を見る。
彼女の前には木から縄でつるされた板が垂れている。
スランは手に持った壊れたホウキみたいな棒で、バシバシ板を叩いたり突っついたりしている。
棒術って奴かな。まぁこんな町中でハルバードをブン回すわけにはいかないしな。
「スランの腕はどうだ?」
「悪くはない。武器の扱いはまだ未熟だが、勘が良いというかな」
「へぇ、勘が良い?」
「あぁ、ちょっと見てろ」
そう言うと、ロントは音を立てないように石を拾い上げた。
そして、スランにこっそりと投げる。
スランは板を夢中で叩いているにも関わらず、石を投げられるとそれをサッと避けた。
確かに良い勘をしている。
スランはこちらをバッと見ると、ドヤァって顔をしてる。
何だあの可愛い生き物。
「あいつは嗅覚とか聴覚が人間より数段良いらしくてな。不意打ちとかそういうものに強いようだ」
「へぇ、そのうちロントも抜かれたりしてな」
「だといいな。まぁ負けるつもりはまだまだないけどな」
いいなぁ、こういうの。
せっかくだ、俺もちょっと混ぜて貰おう。
「スラン、ちょっと来い!」
トコトコとやってくるスラン。
何本か木の枝を拾っておく。
非常に細いものだ。多分コレなら当たっても痛くないだろう。
「ちょっとコレを避けてみろ」
そんなに強くない力で、あまり狙わずに木の枝の一本を投げる。
スランはあれ? みたいな顔をしている。
しかし、木の枝は途中でグン! と軌道を変え、スランの足を捉えた。
目をパチクリしている。ちょっとこの顔を見たくてやったところもある。
「今のが精霊魔法の補助がある投擲だ。実戦にはこういうのが飛んでくるかもしれない。今のは木の枝だが、実際は矢とか槍とかナイフとかだ」
スランが顔を引き締めた。
俺がさっき使ったのは緩い精霊魔法だ。本気の精霊魔法を使えば、遠距離からの射撃でも回避がかなり厳しくなる。
「ロント、ちょっと手伝ってくれ」
「分かった」
「今から2人でどんどん枝を投げる。避けるか叩き落とすかして、回避してみろ」
ロントに木の枝を渡して自分でもいくらか拾う。
2人してスランにどんどん投げてゆく。
精霊魔法にも緩急をつけたりする。
「無理に避けるな! 避けれないのがあるなら叩き落とせ!」
「一瞬でも目に捉えたなら、それを軽視するな!」
スランは身軽なだけあって、ガンガン避けていく。
しかし3分の1ぐらいは体のどこかしらに命中してるな。
それでもカス当たりがほとんどだが。
……俺がコレやったら、多分ほとんど避けれないんだろうなぁ。
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「あ、ユーハさん! ロントさん! おはようございます!」
「あぁ、リアか。おはよう。洗濯か?」
「はい! 今日は夕方から雨が降るってライトベルさんが言ってましたし」
あいつ天気予報も出来るのかよ。半端ないな。
リアが抱えてる洗濯物を見る。
凄い量だな。流石6人分。
俺のパンツが一番上に置いてあるのはなんでなんだろう。深く追求しないでおこう。
「あ、そうだユーハさん。ギルドに顔を出しましたか?」
「あー、忘れてた。そうだ、エリック達に丸投げしたままだったな」
夕方に雨が降るということは、今のうちに行った方がいいだろうな。
とっとと用意を済ませて、行っちゃおう。
ついでにゴムボールみたいなのがあれば、今後の修行で役立ちそうだな。
道具屋にも寄っておこう。
ギルドへ行く道中で、何か違和感を感じる。
そういえば物足りないような。
普段は1人でも何故か騒がしかったような……。
あ、そうだ。ポートが全然反応ないな。
《呼びましたか?》
(呼んだって程じゃないけど、急に静かになったから気になって)
《ちょっと用事がありましてね。規制っちゃったのでいい機会かとこなしてました》
(へぇ。……規制?)
《はい。ワタクシには、ある規制があってですね》
(初めて聞いたな。お前にも制限みたいなのがあるんだな)
《はい。ユーハさんのせいですけどね!》
(……俺の?)
俺のせい? 何か悪い事をしたんだろうか。
心当たりがない。
《ユーハさんが性的な事をすると、ワタクシは口を出す事も様子を知る事も出来なくなるんですよ》
(性的な事?)
《具体的にはライトベルさんがユーハさんの太ももに乗っかった辺りで、それはもう強烈な制約が》
(あー……)
分かりやすく言うと、俺が誰かとエッチい事をした時に、こいつがチャチャを入れて台無しにしないようにする配慮か。
確かにありがたいが、申し訳ないな。
《キスをするぐらいならいいんですけどね。逆に言えば、それ以上の事をユーハさんがしたってことなんですけど》
(もしかして、ちょっと拗ねてる?)
《そんなことないですよ。フン》
こいつがそんなことになってるのに今まで気付かなかったからか、若干拗ねてるな。
ちょっと申し訳ない事をした。
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ギルドでは昨日の報酬分が貰えた。
本来のクエストの報酬に、サイの分。
そしてロントの怪我への手当だ。
額としてはそれなりだが、もしロントが医療所で療養する事になったらこの額じゃ済まない。
本当にエレフトラがいて良かった。
エリック達に会ったら一言話したかったが、もうクエストに出てしまっていた。
何かボールみたいなのがないかなと思って道具屋で探していたら、布のボールみたいなのがあった。
ぺットのモンスターのおもちゃらしい。前世言うわんこと戯れるおもちゃとかそういう奴だろうか。
……間違ってないな!
せっかくなので十数個程まとめ買いしておいた。
宿に戻ると、煙が出ていた。この匂いは燻製か。
裏庭に向かうと、リアとスランが火の番をしていた。
「ただいま、燻製か?」
「あぁ、ユーハさん! 晩御飯は期待しておいてくださいね!」
「分かった、期待しておこう」
スランは凄い興味深そうに燻製の機械を見ている。
確かに面白い形をしているからなぁ。
《スランちゃんかわいいですねー》
(ただ、こいつ俺に思ったより懐いてないんだよな)
《そうですね、一応チートの力は効いているんですが》
(ロントへの好感度の方が強そうだよなぁ)
まぁ冷静に考えると、今までのメンバーの好感度が高くなりやすかっただけかもしれない。
命の恩人か、力をくれる対象だからな。
まぁ、少しずつ仲良くなればいいか。
「ちょっとロントの様子見てくる」
「あ、ロントさん今寝てますよ」
「寝てる? 珍しいな」
「実は昨夜、再びお腹が痛んで余り眠れなかったそうです。今朝になったら収まったそうですが、エレフトラさんに無理矢理寝ろと睡眠薬を渡されてました」
「怪我してまだ2日目だしなぁ。そっとしておくか」
無駄に起こしても悪いしな。
ライトベルがもう起きてるかもしれないし、手伝える事があったら手伝うか。
いや、別にキスを期待してるとかじゃなくな。
とりあえず、他の事をするか。
3階へ戻ってライトベルの手伝いをする。
魔法陣へ魔力を送る作業だったらしく、魔力を強化する精霊魔法を使いつつ、魔力結石でライトベルの補助を行う。
今日は昨日と違い、エレフトラが一緒だ。
3人がかりで魔法陣の作成を挑む。
「へぇ、凄いねぇ。ここがこうなってるのかい」
「犯人を突き止める算段はついたのか?」
「……8割ぐらい」
どうやら、大体の人物像は分かっているらしい。
とりあえず人間ではないらしい。
人間ではないっていうのはあり得るんだろうか。
「……この近くなら、エルフ」
「ここから南西に行ったところに、エルフ族がいるのさ」
「へぇ」
エルフ、そういうのもいるのか。
スランは言うなれば獣人だし、ようやくファンタジーっぽい要素が増えるわけだ。
《エルフ、いいですねぇ。きっと人間を寄せ付けない里とかに住んでるんですよ!》
(女しかいないで、男を繁殖の道具としか見てないとかな)
《やぁーん! ユーハさんのえっちー!》
「……エルフは精霊魔法のプロフェッショナル。ユーハとしても、行ってみても良い場所かも」
「へぇ、でも今回の犯人はエルフ族かもしれないんだろ?」
「……多分、エルフ族の誰か。一族で結託してこういうことをやるとは考えづらい」
「そうなのか?」
「……行けば分かる」
うーん、とにかく次の行先はそのエルフの里っぽいな。
ロントが回復し次第、行ってみるのもいいかもしれないな。
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「……ユーハ、喉乾いた」
「あぁ、水切れてたのか。ちょっと汲んで来る」
「……お願い」
桶を持って1階に降りる。
水を井戸から汲み、桶一杯に入れる。
ふと燻製の作業を見ると、スランがいなくなっていた。
リアが薪を使って火力を調整している。
「なぁリア、スランは?」
「あれ? さっきまでそこにいたんですけどね」
「まぁいいか」
「お水汲みですか? お疲れ様です」
でもリアは洗濯とかでこの作業を結構やってるんだよなぁ。
感謝感謝だ。
宿の中に戻って、頑張って階段を上がる。
う、やっぱり辛い。精霊魔法で補助をしよう。
《ユーハさんユーハさん》
(どうした……今すげー重いんだけど……)
《水を3階まで持って行ったら、一度ロントさんの部屋に向かってください。面白いものが見れますよ》
(面白いもの?)
ぜーぜー言いながらも汗を水の中に入れないように、慎重に運ぶ。
少しこぼしてしまったが、まぁいいだろう。
「ライトベル、持って来たぞ」
「……ありがとう。……飲む?」
「いや、いい」
ポートの言う事が気になるので、汗を拭きながら1階へと再び降りる。
今日は結構階段を昇り降りするな。
《いいですか、ユーハさん。ロントさんの部屋に入る時は、音を立てないようにです》
(お、おう)
1階に降りると、足音を殺してロントが寝ている部屋に向かう。
面白いもの、何だろうな。
そーっと扉を開ける。
「……ハァ、ハァ」
中から誰かの荒い声が聞こえる。
……この声は、スランのか?
さらにそーっと中を覗きこんだ。
ベッドの上で、ロントが寝ている。
その隣で、スランが横になっていた。
そして、息を荒げながらロントの服を脱がし始めていた。
(……これは?)
《えーっと、俗に言うアレですよ》
スランはロントの上半身の服のボタンを全て外すと、ブラジャーをペロッとたくし上げた。
……でけぇ。じゃなくて!
《キマシタワー!》
(止めないとダメだろ! これは!)
俺がロントの部屋で見た光景。
それは、スランが息を荒げながら、ロントに襲いかかっている光景だった。
無論、性的な意味で。
ど、どうしてこうなった。




