8.Medicine and Poison
ブラウン君が客車をひく。
ナフィへの道は軽い山超えが必要だが、王都からすぐという事もあり道が舗装、整備されている。
その為モンスターもほとんど出ない……はずなんだが。
「……来た」
「モンスターかい?」
「……そう、今度は蛇のモンスター」
「またかよ」
「スノウスネークかねぇ。この時期には珍しい」
スノウスネーク。
雪のように白い体を持ち、雪と一体になりながら獲物を狩る珍しいタイプのモンスター。
普通の蛇は冬眠をするのに対し、こいつは主に冬に生活する為に『夏眠』をするらしい。
それなのに今の時期に出てくるということは、何かが蛇たちの間にも起こっているのかもしれない。
ロントが剣を手に持ち、立ち上がる。
結局頑張るのはこいつになっちゃうのがなぁ。
「じゃあみんな、行ってくる」
「ちょっと待て。ライトベル、蛇の数分かるか?」
「……えっと、6かな」
「多いな、俺も出る」
少しでも連中の気を引けたらそれで十分だ。
やはり1人よりは2人の方がいいだろう。
「ちょっと待ちな。こいつを持ってった方が良い。ほれ!」
「おっと、これは?」
「毒消し草だよ」
毒消し草か。
ロントが何かあったらこいつを使えってことか。
よし、いざとなったら俺がこれを噛み砕いて、口移しで飲ませてやろう。
蛇の討伐はかなりサクっとしたものだった。
ロントの実力もあるが、俺の精霊魔法も単純に質が良くなったとライトベルが褒めてくれた。
質が良くなったというのは、チートとか関係なしに腕が上がったという意味らしい。
こう言われると嫌な気持ちになる訳がない。
6匹の蛇を見る。
普通の蛇と比べると、かなり大きい蛇だ。
とてもじゃないが食えそうじゃないな。
食えるかもしれないけど、ちょっと拒否反応が。
しかしどこか剥ぎ取っておきたいと思っていると、客車からエレフトラがおりてきた。
手には清潔な瓶をもっていた。
「こいつは毒が売り物になるのさ。ちょっと見てな」
「ほう……」
エレフトラは蛇が死んでいる事を確認すると、瓶を牙に押し付けた。
牙から黄色い液体が瓶へ流れていく。
2本の牙から十分に液体を取り出す。
それを6体分。
瓶2本がいっぱいになった。
最後に珍味と言われる目をくり抜き、保存しておく。
こういう金になる事の手際は良いんだな。
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客車に乗ってひと息つく。
よし、出発しよう。
《ちょっと待ってください》
(どうした?)
《ロントさんの右手を確認してください。ちょっと噛まれたかも》
(分かった)
と俺が確認しようとすると、それを聞いていたライトベルが既にロントの右手をチェックしはじめていた。
そして俺の方にコクリと頷く。
やっぱり噛まれてたか。
俺が言い出す前に、様子を察したエレフトラが薬を煎じ始めた。
あれ? 俺何もしてなくね?
《ん?》
(どうした?)
《この薬、市場で一番安い奴ですね。確かに毒消しですが》
(へー、効きめはあるのか?)
《どうでしょう。聞いてみましょうか》
エレフトラは薬を傷口に塗り始めた。
それと同時にロントに同じ草を噛ませている。
結構万能だな、アレ。
「なぁ、その薬って安い奴だよな? それって効くのか?」
「ほう?」
噛まれた跡に包帯をしたエレフトラは、座り直してコホンと咳払いをした。
そして先ほどまで治療に使っていた薬を取り出した。
「毒消し草。これについて何か思う事はあるかい?」
「そりゃあ、毒を消すんだろ?」
毒消し草。そりゃあ毒を消すものだ。
麻痺を治す草は麻痺を治す。
そういうものだろう。
「じゃあ、毒って何だい? 麻痺毒は毒かい?」
「うーん、毒じゃないのか?」
「いーや、毒なんだよ。だから毒消し草で消せる」
ん?
じゃあ麻痺なおしって何で売られてるんだ?
「他にも催涙ガスを受けた時に使う薬。アレも毒と言えば毒だからね。毒消し草で事足りるよ」
「ん? んん?」
「万能薬って知っているかい? アレとこれの違いは?」
「違い?」
万能薬は万能な薬。
毒や麻痺や催涙なんかを治せる。
でも、ほとんどが毒消しで事足りるなら毒消し草でいいよな?
「いいねぇ、その悩み方。そこでひっかかる人は馬鹿ではない証拠さ」
「褒められてるのか、それともけなされるのか分かんないな……」
「まぁ、答えは分かんないだろうさ。正解は、ネームバリューだよ」
「ネームバリュー?」
どういう事だろう。
「万能薬は凄い薬! 高いけど何にでも効くし、効果は教会によって保障されてるよ!」
「そうだな」
「一方、毒消し草は毒しか治せないよ! 安いけどね!」
「うーん、でも効果はある」
「ただの言葉のあやさ。万能薬は、教会の資金源になってる。それだけのことさ」
エレフトラに言う事はこうだ。
元々は毒消し草を売っていた。
そのうち、麻痺直し草が発売された。
他の薬も。
最後に、金持ち冒険者向けに万能薬が発売された。
だが、その実態は……。
「全部、同じ?」
「いやいや、味は違うんだよ。でもなかなかいないだろ? 毒の時に麻痺直しの薬飲む奴」
「そうだけどさぁ……」
つまり一番安い毒消し草で十分ということか。
この世の中間違ってるだろ……。
ふと、前世の近くのコンビニを思い出した。
その店では一生懸命これが安いよ! と宣伝している店員がいた。
その店員は、向かいのスーパーで同じ商品を買っていた。
なにか間違ってる気がするが、世の中そういうもんなんだろう。
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ナフィへの道はそこまで長くない。
だが、王都に近い。その為、途中になんと宿があった。
これが都会か! 都会の力なのか!
「結構繁栄してますねー」
「……温泉もある」
「せっかくだし、ここで泊まろうか」
実は、今の俺達はちょっと資金が潤沢だ。
理由はエレフトラだ。
自分の食費が加算されるだろうから、せめてこれは共有資金に使ってくれと結構な額を融通してくれた。
奴隷を買うには足りないが、今晩の宿代ぐらいは捻出できる。
なにより、ここは土地代が安いのか宿が平屋だ。
つまりお姫様抱っこが必要ない!
「何ガッツポーズしてるのさ」
「いや、何でもない」
ちょっとした楽が出来ると知った時、人は物凄い嬉しくなったりする。
エレフトラの不審な目とかどうでもいい。
一泊をするにあたって、とりあえず最低限やらなければならないのは風呂だ。そして飯だ。
次に休息だ。つまりまったりする。
もうやる事はない。強いていえば、蛇の目玉を宿に売り込むぐらいだ。
逆に一番大変なのはリアだ。
たまにロントや俺が手伝うが、基本的に洗濯をするのはリア1人だ。
と思ったら、更に仕事を増やしている。
屋外で何かドラム缶みたいなものをいじっている。
「なぁ、リア何やってるんだ? 工作か?」
「あぁ、ユーハさんでしたか。燻製ですよ、燻製」
燻製? ハムとかチーズとかやるアレか。
確かに長期保存をするにはもってこいかもしれない。
それに使う為に道具を作っているのか。
「俺も手伝おう。多分力仕事だろうし」
「ありがとうございます! じゃあこの工具を使って、そこに穴を開けてください」
「こうか?」
「はい!」
角を丸めたり、一部を取り外したりしているうちに形が出来上がっていく。
結構大きさとしてはそんなに大きくないんだなぁ。
「客車に乗るぐらいの大きさがいいかなと思いまして」
「なるほど、これぐらいなら客車に積めるか」
やがて自分の本拠地を手に入れたら、そこに置いておきたいところだ。
リアは、中にゆで卵。ハム。チーズ。練り物。道中で手に入ったクレイジーゴートの肉を燻製にしていく。
完成がたのしみだな。
「……ユハ、リア。マテリアルやらない?」
「悪い、今ちょっと手が離せない」
「これが終わったら、一度休憩にしましょうか」
「……コレはなに?」
「あぁ、燻製の装置だよ」
「卵とかハムとかを燻製にしてます。夕飯は楽しみにしててくださいね!」
「……分かった」
燻製の良い香りが辺りを漂う。
おっと、ヨダレが出て来た。
楽しみだなぁ。




