9.第三勢力の介入
両軍が平原を挟んでにらみ合う。
戦場には生暖かい空気が流れている。
だが、それは殺気と呼べるものに言い換える事が出来るかもしれない。
俺はその中央からやや北に行ったところの森の上に姿を隠している。
恐らくこの辺りも戦場になるだろう。
だが、俺は今8人分のチートがかかっている。
俺自身にかかっている、気配を消す魔法もかなり強力だ。
完全な透明人間になっていると言っても過言ではない。
他の3人は安全な所で待機してもらっている。
《緊張しますねー》
(上手く行くと思うか?)
《どうでしょうね。ただ、良い作戦だと思いますよ。面白いですし》
(うーん、その返答はどうなんだ?)
《褒めてるんですよ》
(そりゃどーも)
遠くから多くの足音が聞こえる。
ふと少し離れた位置の丘を見る。
灯りが1つ見える。ライトベルの合図だ。
彼女には作戦の始動のタイミングを教えてもらう役割がある。
灯りが横に揺れたらそろそろ準備を。
縦に大きく揺れたら作戦開始の合図だ。
俺の位置からはあまりよく見えないからな。
ちなみに今は灯りがまだピタリと止まっている。
まだ早いのか。
《あ、そうそう》
(ん? どうした?)
《例の5人の女の子。無事目を覚ましましたよ。体に異変もないです》
(……そうか、良かった)
今回彼女たちには悪い事をした。
ファーストキスの子もいたんだろうなぁ。
《実際にそうだったか聞きますか?》
(……いや、やめとく。夢は壊されたくない)
灯りが横に揺れた。
俺とポートに緊張が走る。
気が付けば、両軍の足音が大分大きくなってきた。
その揺れはしばらく続き、おおよそ5分後に大きく縦に揺れた。
《縦に揺れました!》
(よし、やるぞ!)
俺は深呼吸をすると、全力で魔法を使った。
対象は王都軍? トレイサー軍? 俺自身? 仲間たち?
いいや、違う。奴らにだ。
左右から聞こえてくる、まるで地響きのような足音。
それが3方向。俺の後方からも聞こえてくる。
俺は木にしがみついた。
多分、倒される事はないだろうなぁ……。
やがて、彼らは姿を現した。
1匹の大きさが1メートルほどの大ネズミ。
体の色が緑色で、まるで迷彩服のような柄をしている。
その名もカモフラージュネズミ。
彼らはこの森に生息し、その巨体に似合わぬ擬態技術で生存を優先するネズミだ。
本来彼らは人間を襲う事はない。
繁殖期になれば気性が少し荒くなるが、今は繁殖期ではない。
そんなカモフラージュネズミが、森から物凄いスピードで現れた。
その数は、おおよそ4000。
俺は五感を強化する魔法を、この4000のネズミ全員にかけた。
ついでに足を速くする魔法も。
彼らは自分に力が漲るのを感じた。
それと同時に、どこかに美味しい餌があるという事を気づいた。
普段臆病な彼らだが、急についた力に気を大きくした。
そして、リアが作って森の北側に等間隔に置かれたエサにおびき寄せられた。
結果何が起きるか。
両軍の交戦地点に、4000もの巨大なネズミが突如として出現する。
戦争するか? それどころじゃあないよな?
第三勢力の介入。それこそが俺達の選んだ方法だった。
俺の魔力が物凄い勢いで消耗されていくのを感じる。
だが、森から飛び出てしまえばこちらのものだ。
枯渇する頃には、ちょうどネズミが全て森から飛び出した後だろう。
「……はぁ、……はぁ」
《大丈夫ですか?》
「流石に……ちょっと……しんどい……」
《でも、その価値はあったようです。両軍とも、急遽ネズミ討伐に切り替えたようです》
「はー、やれることはやった。とりあえずトレイサーに戻るぞ」
《はい》
魔力を使い果たしたせいか、頭がガンガンする。
とりあえず、あいつらと合流しよう……。
~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~
ふと気づくと、客車の中だった。
リアに膝枕されている。道中の記憶が途中で飛んでいる。
「あ、気が付きました?」
「ユーハ、大丈夫か?」
「……お手柄」
とっさに大丈夫との声が出ない。
ちょっと体が震えている。
流石に無理をしすぎたかもしれない。
あまりこの手段は取らない方がいいかもしれないな。
「ちょっとお水飲みましょう」
「……んく、んく……ぷはぁ」
「落ち着きました?」
「あぁ、まだちょっと意識ははっきりしないけどな」
とりあえず外傷は無さそうだな。
3人とも無事だし、良かった。
……あれ?
(ポート?)
《…………》
(おい、ポート? 聞こえないのか?)
一切反応がない。
どうしたんだろう、もしかしてチートを捻じ曲げたから何か影響が出たのか?
(おい、ポート! 聞こえないのか! ポート!)
《……ズルズル》
(ズルズル?)
《ふぁっ、……んくっ。ユーハさん、目が覚めましたか!》
(お前完全に油断してラーメン食ってただろ!)
《美味いっすよ。とんこつっすよ》
(とんこつは悪。油そばこそ正義)
いや、そんなことを言ってる場合じゃない。
つい乗せられてしまった。
(なぁ、俺記憶の無い時どんな感じだった? 何かあったか?)
《そうですね、意識朦朧とする中馬車の近くまで辿りついて、そのまま眠ってしまいました》
(そうか。で、戦争は?)
《王都軍が撤退しました。両軍とも多少の怪我人は出ましたが、死人はゼロです》
(あー……とりあえずは成功か。良かった良かった)
《今回の被害者はネズミ君たちですね。罪もないのに殲滅させられちゃいました》
(全くだな)
遠くでライトベルもほっとした様子だった。
戦況が分からなかったのは、彼女も同様だったらしい。
「さて、ユーハ」
「な、なんだよ」
ロントが改まって正座をした。
思わず体を起こして俺まで正座をしてしまった。
「そろそろ教えて貰おうか。今回、何をした?」
「……あー」
そうだよな、ちゃんと説明しないとまずいよな。
どう考えても普通の魔法じゃないしな。
「……私の魔法陣の力を使ったの。それで……」
「ライトベル」
「……分かった」
これからもこういう事があるかもしれない。
その際に、毎度言い訳をするのも仲間としてはどうかと思う。
全て話そうと思う。チートの事を。
(なぁ、話したところで何かチートに影響が出たりするか?)
《大丈夫です。ユーハさんが話したいと思うなら、話しちゃってください》
(分かった)
うーん、緊張するな。
まずは何から話そうか。
~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~
それから、俺はほとんどの事を話した。
キスをすると、俺への好感度が上がる事。
体が再構成されること。
俺がキスをして仲のいい女性を増やすほど強くなる事。
流石に前世の事とか、転生神の事とか、ポートの事までは話さなかったが。
「じゃあ、私にもキスしたってことですか?」
「あぁ、初めて会った時な。死の淵から復活できたのはこの力のおかげだ」
「ユーハ、私もか?」
「あー……まぁ、そうなんだけど。ロントの場合はなぁ……」
「な、何だよ」
「聞きたいか? 本当に聞きたいか?」
「あ、あぁ……」
リアにキスしたことも話した。
リアの耳を塞ぎ、ロントとキスした状況も話した。
いやぁ、生首だったなんて聞かないほうがいいって絶対。
ちなみにロントはそれを聞いた後深いショックを受けていた。
存分に落ち込んで欲しいものだ。
「あの、じゃあライトベルさんとキスしたのも」
「……そう、ユーハのチートの力を貰う為」
「なーんだ、そうだったんですか」
スッキリした様子のリア。
実は自分もキスされていたと知ってちょっと嬉しかったらしい。
それと、ずっと俺とライトベルが付き合ってたとも思い込んでいたそうな。
「そういうことで、1つ言っておかないといけないことがある。俺はそういう事だから、他の女の子とも仲良くする。キスもする。それだけは伝えておきたかった」
ロントはともかく、リアはそれについてよく考えて貰わないと困る。
独占は出来ない。もしそれを強要するなら、旅から抜けて貰う事も視野に入れている。
「なるほど……」
「ど、どうした?」
「つまり、独占しなければいいんですね?」
「お、おう……」
「独占さえしなければいいんですね?」
「そ、そうだな」
「分かりました!」
アカン、こいつよからぬ事を考えてる。
何か「最後に私が勝てばいい」とか呟いてるし。
怖いんですけど。
~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~
宿に戻ると、ライトベルとロントがどこかへ向かった。
どうやら、今回の戦争のトレイサー側の責任者に会いに行くらしい。
ネズミの疑似的な大侵攻。
それには大量のエサが使われている。
エサの購入元を調べれば、すぐに俺達に辿りつくだろう。
なので、キッチリと説明をしておかなくてはならない。
が、俺が今完全に不調なので2人が行ってくれるとのこと。
ライトベルがここのトップにも顔が効くと自信を持ってたのも決め手だ。
ということで、今この部屋には俺とリアしかいない。
「そう、私とユーハさんの2人きり……」
「おい、頭の中身が口から出てるぞ」
「ふふ、ふふふ」
やばい、変なスイッチが入ってる。
後々の事を考えると、体の関係だけは気まずくてちょっと。
「言っておくが、後で客車内が気まずくなるのは嫌だからな?」
「いいじゃないですか、ちょっとだけですよ」
「だーかーらー、既成事実はダメだって」
「ふふふ、口ではそう言っても体は……」
アカン、こいつ完全に痴女や。
何かすごいベタベタしてくる。
しかし、体の関係は持たないったら持たないからな!
と、外から何か爆発音が聞こえて来た。
いや、このドーンという感じ。もしかして……。
「リア、外出るぞ!」
「へ? あ、はい! どうしました?」
「この音は多分……」
リアの手を引いて外に出ると、空には大きな花が咲いていた。
そして、腹の底に響くような大きな音。
花火だ。
「わぁ、綺麗ですねぇ」
「打ち上げ花火。あるんだなぁ」
「私、初めて見ました!」
後から知った事だが、本来はこの時期に花火大会が毎年行われていたらしい。
しかし、今年は戦争の為に開催は絶望視されていた。
今回の停戦があっての、花火大会決行だそうだ。
「綺麗ですねぇ」
「あぁ、綺麗だな」
色とりどりの花火が空に上がっては消える。
前世の日本で婆ちゃんに手を引かれて見た花火を思い出した。
あの時の花火も、綺麗だったなぁ。
ふと、隣を見る。
リアが花火を見ていたが、ふと俺と視線が合った。
爆音でリアの声はほとんど聞こえてこなかった。
しかし、口の動きでなんとなく言いたい事は分かった。
「改めて、初めてのキス。させてください」
花火大会で一番の目玉の大きな花火がトレイサーの町で上がる中。
俺とリアは、互いの合意の上。唇を重ねた。




