2.はじめての魔法
リアの体調はみるみるうちに良くなった。
熱は下がり、赤くなっていた顔も大分落ち着いた。
ただ、汗をかいたままだな。
顔周辺ぐらいなら布で少し拭いてやるが、せっかくだし濡れタオルを用意してやりたい。
(なぁ、水道はどうするんだ?)
《井戸水ですよ。ホラ、あそこに》
窓から井戸が見える。
井戸なんて使ったことないな。あ、前世で一度だけポンプ式ので遊んだ事あったっけ。
見た所滑車を使った汲み取り式の井戸っぽいな。しかも共同の。
まぁ、川から汲んでこいと言われるよりは何倍もマシか。
台所の脇に置いてある桶を手に取る。
「よっと……重いな」
《この世界の人は老若男女問わず、この仕事をしてるんですよ》
(熱を出してたら余計に大変だろうなぁ)
あの子に関しては俺が助けてるからいいが、1人暮らしで熱出して水も飲めないとか地獄だな。
上下水道万歳。
ちなみにこういう世界の常套句で、貴族とかはちゃんと上下水道が整ってる家に住んでるとかうんぬん。
ファンタジー世界ではよくあるよなぁ。こういうの。
《まぁまぁそう言わずに。ファンタジー好きは、細かい事は気にしないんですよ》
(うーん、まぁ気にしたら負けだろうな……っと)
井戸から水を汲む。
非常に澄んで綺麗な水だ。
《あ! この水は大丈夫ですけど、基本的に飲み水は一度沸かした方がいいですよ?》
(そうなのか?)
《はい。前世と違って、どこも厳重な検査の行われた井戸って訳ではないので》
細かい事を気にするなと言われた後にこれだ。
やっぱり食中毒とかあるんだなぁ。
《ちなみにあの子も、亡くなったお母さんも食中毒が原因です》
(ほう?)
《この地方には生肉を食べる習慣があるので》
(あー、それはいかんな)
そう脳内で会話しながら水を運び終える。
まず飲み水を容器に入れ、残った桶の水で先ほど汗をぬぐった布をゆすぐ。
軽く絞ってリアのおでこに乗っけておく。
うーん、何か目の前に女の子がいると緊張してきた。
《あ、じゃあ今のうちに決める事決めましょうか?》
(決める事?)
《はい。リアちゃんはハーレム要員になってます。なので、ハーレム1人分パワーアップ出来ますよ!)
(あ、そうだったな)
《なので、今からその内容を決めます!》
(内容を決める?)
《例えば力を強くする、足を速くするとか。攻撃魔法をいっぱい使えるようにするぜ! とか》
(なるほど)
チートにある程度の自由度があるのか。
こういうのは一番最初に決めるものが大事だ。その後の方向性が決まるからな。
うーんでも脳筋は嫌だなぁ。
《確かに脳筋はおススメしませんね》
(そうなのか?)
《見栄えが悪いです》
あー、そういう問題か。
二刀流でソロプレイする黒い剣士な人はそうでもないと思うんだけどな。
《やっぱり魔法を使えないと!》
(魔法かー)
一応前世は呪術師的なものだったしなぁ。
どうも搦手的な魔法に興味がある。
とある事情で、魔法どっかーんばっこーんなのはちょっと悩む。
となると治療とか目的に神官とかそういう類の魔法がいいのだろうか。
《そんな貴方におススメ! 精霊使いです!》
(精霊使い?)
《精霊さんの力を得て、力とか足の速さとかを強化する魔法を使えます! バフって奴ですね。この世界では精霊魔法と言います》
簡単に言うとスク〇トとかヘ〇ストとかそういうのに特化した魔法使いみたいなもんか。
それって地味じゃないか?
《そうとも言えません。自分も強化出来るので、仲間を強化しつつ自分も前衛後衛なんでもござれですよ!》
(自分の強化か)
《はい。それに、ハーレムを作るなら戦闘力になる女の子がどんどん増えるってことにもなりますしね!》
そうか、どんどん人数が増えるってことはその中に戦闘要員の子がどんどん増えてくという事でもあるのか。
《ハーレムが増えるほど大人数に協力な支援魔法が使えますよ》
(うーん確かに魅力的だな)
《では、精霊魔法を使えるようにしますね?》
(頼んだ)
前世では相手を弱体化させるような使い手だったが、逆になったか。
それはそれで一興だな。
少し体の中に痛みが走るが、すぐにそれは収まった。
《よし、終わりました。もう立派な精霊魔法使いですよ! 試しにリアちゃんにかけてみましょう》
(早いな。で、何をかければいいんだ?)
《治癒力を強化する魔法ですね。『私の魅力で貴方のハートはきゅんきゅんきゅん!』って唱えると出来ます!)
(……早速後悔し始めてるんだけど、これやらないといけないのか?)
《もちろん!》
(……念じるだけじゃダメか?)
《声に出してください!》
(マジかよ……)
周囲にリア以外の人がいないことを確認する。
リアも寝てるな? まだ起きないな?
……よし。
「わ、私の魅力で貴方のハートはきゅんきゅんきゅん」
……死にたい。
何が死にたいって、入口の鏡が目に入ってしまった。
東洋系の男が変な事を口走っている姿が映っていた。
これはキモいというより危ない奴だ。
脳内でクスクス笑い声が聞こえる。
《ば、ばかだ。真に受けてほんとにやっちゃうとか……》
(おいこらそこのクソサポート。メーカーに送り返してやるよ。ツラ貸せやオラ)
《まぁまぁ、見てくださいよ。リアちゃんが凄い気持ちよさそうな顔してるからよしとしましょう》
(……本当だ)
ちなみに詠唱は必要ないらしい。
あんなの毎回やってたまるか。
~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~
「……ん、んぅ」
「あ、起きた」
しばらくしてから、女の子が目を覚ました、
たしかリアちゃんだったか。
「……あれ? あなたは……?」
「俺の名前はユーハ。ビックリさせて悪かったね」
なるべく紳士に、警戒されないように。
ベッドとちょっと離れた所で、さわやかな感じで語りかける。
「体調が悪い子がいるって聞いて、勝手に上がらせてもらったよ。医学には心得があったからね」
「はぁ」
「体の調子はどうだ? まだ胸とか苦しいか? お腹痛いか?」
「えっと、あれ? すっかり良くなっちゃってます」
「そうか、それは良かった」
この流れは、完全にシミュレートした通りだ。
少女が目覚めた時の第一印象が大事だからな。
というか俺は不法侵入した挙句、寝込みに無理矢理キスまでしてる完全なる犯罪者だ。
弁解しておかないと命が危ない。
ちなみに名前はユーハにした。前世の苗字である湯羽からとった。
ユーハ・サンドライト。
精霊魔法の使い手で、修行の旅にこの村に立ち寄った。
田舎育ちで世間知らずなところがある。
精霊魔法の他に、僅かながら医学の心得がある。
という設定を、リアが起きるまでポートと練っていた。
「精霊使い? の方でしたか。と言う事は精霊さんの声が聞こえるんですか?」
「あぁ、まぁな」
《そうだったんですか? まだ聞こえないと思うんですが》
(いや、お前の事だよお前)
精霊魔法は上級者になるほど、精霊の声とか聞こえたり姿が見えたりするらしい。
俺はまだ未熟者なので、そういうのは聞こえないが。
もう1つ練っておいた設定がある。
ちょっと無理があるが仕方ない。
「少し遠くの山道で強盗だか盗賊に襲われてしまって、怪我はないし服も大丈夫だったんだけどお金と荷物を全て取られてしまったんだよ」
「まぁ、それは大変ですね」
正直凄い苦しい言い訳だと思うんだが、ポートの言う通り信じるんだなぁ。
じゃあどんどん色々要求しちゃおう。
《一緒に泊まらせてくれ。お金を貸してくれ。ご飯作ってくれ。これぐらいは行けますよ》
(……ちょっとやりすぎじゃないか?)
《大丈夫です! 女の子をメロメロにしちゃえばいいんですよ! ほらほら!》
(メロメロって……)
一応病み上がりの相手なんだし、流石に飯作らせるのとかは気が引ける。
考え事……というかポートと作戦会議をしていると、ぼーっとリアがこちらを見ている。
可愛いな。しかも、俺をちょっと見とれているのが分かる。
「おい、大丈夫かい? 顔が真っ赤じゃないか。熱が出たかな?」
「い、いえ! 大丈夫です! 」
「そうか?ちょっと失礼」
おでことおでこをこつんと合わせる。
目の前で動揺してるのが非常に面白い。
表情がコロコロ変わっている。
「やっぱり熱が大分上がってるみたいだな」
「い、いえ! 大丈夫です! 大丈夫ですから!」
いやぁ、古典的な作戦だ。
チートの効果で、大分惚れやすくなっているようだ。
反応もテンプレの範疇だが、可愛いもんだ。
《いい感じに垂らしこんでますね! いいですよ!》
(そう言われるとちょっと気が引けるけどその通りだな)
うーん、俺って悪い奴に見えるな。
俺良い人だよ! 根は凄い良い人だよ!
~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~
結果として、リアと同居という訳にはいかなかった。
俺は食中毒だと知っているが、パッと見では感染症に似た症状だしなぁ。
彼女自身、自分が感染症にかかっているものだと信じ込んでいた。
熱が上がったり頭痛がしたりする症状が強いらしい。
前世の感覚だと、下痢とかが一番つらそうなイメージだったが。
俺に伝染してしまうと悪いというのが大きい。
心配させてまで同居をするというのも、また気が引ける。
一応彼女の母親も同じ病で倒れていて、伝染るといけないという彼女の気持ちも分かる。
その代わり、彼女が普段働いている宿屋の一室をしばらく借りる事になった。
というか女将さんマジいい人。
リアを治してくれたお礼でお金まで貸してくれたぜひゃっほう。
《あれ、そういうのってお金貰えるものじゃないんですか?》
(や、まぁリア自身がきっといつか報酬を払ってくれるだろうよ)
その体でな。ぐへへ。
宿屋の部屋は質素ながらも収納が結構ある、2階のそこそこ良い部屋だった。
どうやら長期で泊まる冒険者用のお部屋を工面して貰ったそうだ。
メインヒロインは女将さんでいいんじゃないかな。人妻だけど。
《そんな事より、武器買いましょう武器》
(武器? もう戦うのか?)
《やっぱりこういう世界で稼ぐ方法は冒険者ギルドですよ! クエストですよクエスト》
(なるほど)
《基本は朝早くにクエストを調べ、仲間を集ってこなします》
(じゃあ今のうちに武器だけ整えておくってことか)
《そうですね》
RPGの基本は武器、そして防具だな。
精霊魔法も試してみたいし、町を色々とみて回るかー。
宿屋を出て、武器を売っている店へ向かう。
武器屋と言えば武器屋だが、包丁とかタライとかも売ってるので金物屋と言った方がいいのか?
いや、弓も売ってるしなぁ。武器屋でいいや。
(うーん、何がいいんだろう)
《基本的には何でもいいですよ。ただし、杖はおススメしません。精霊魔法は杖での魔法強化が出来ないので》
魔法使いは杖の性能で魔法の威力が変わったりするらしい。
精霊魔法使いは魔法使いというより自然の力を利用する側である。
その為杖での強化はされないとかなんとか。
ただ、攻撃魔法等も精霊魔法も、使うには魔力が必要なのは変わりないらしい。
(なるほどなぁ。弓なんかがいいんだけど……うわ、高いな)
《練習しないと使い物になりませんよ?》
(まぁ、確かに)
弓道部の人とか、まっすぐ飛ばすだけでも大変そうだったしなぁ。
もっとお手軽なのが最初はいいか。
なんかやけに安いものもあるな。
このナイフ、他とかなり値段が違うぞ。
色々悩んでいると、奥からおっちゃんが出てきた。
このお店のおっちゃんだろうか。
非常にガタイが良く、戦いを経験したことのある肉体だ。
しかし、人柄がよさそうだ。外見から優しさがなんかにじみ出ている。
「お客さんかい? どうもいらっしゃい」
「あぁ、どうも」
「見た感じ駆け出しの冒険者ってところかな?」
「分かるんですか?」
「まぁね」
流石と言ったところか。
戦いを生き抜いた男には分かる事もあるんだなぁ。
「このナイフは何で安いんですか?」
「あぁ、それは『投げナイフ』だよ。普通より安い作りになってるんだ」
「へー。その割にちゃんと出来てますね」
「当たり前さ!この店にあるものは良いものばかりだ」
投てき用のナイフ。切るというよりは刺す方が得意なようだ。
先端の尖り方が鋭く、刃渡りはそんなに長くない。
とはいえ出来はいいので、普通にナイフとしても十分使えそうだ。
安い作りにはなっているが、仮にも戦いに使うものだから丈夫に作られている。
《投げナイフですか。いいですね》
(そうなのか?)
《普通に近接でも使えますし、精霊魔法とも相性がいいです。後で解説しますよ》
(へー。じゃあ買ってみようか)
とはいえ安物で接近を許すのは心許ないので、投げナイフ5本に短剣1本を買っておいた。
うーん、刃物だ。持つだけでドキドキしてしまう。
「ありがとう! おっちゃん!」
「……あぁ、気を付けろよ」
いやぁ、いい買い物をした。
まずはこのナイフを上手く投げる練習しないといけないな。
《ちなみに今の人、女性ですよ》
(おおう……先に言ってくれよ)
おっちゃんって言っちゃった……。
後で謝らないと……。
~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~
《精霊魔法の中には、1人の気配を薄くするというものがあります》
(気配を薄くする?)
《今はちょっと影が薄いぐらいになる程度ですが、そのうち完全に姿を消すまでになります》
(へー)
《その気になればジャパニーズNINJAな事も出来るようになりますよ》
(それで投げナイフが相性がいいと)
《そうです》
もちろんそれはモンスターにも適用できるのだとか。
気配を消しながらナイフを投げたり、接近して刺したり。
剣でも良かったんじゃないかと思うが、槍や大きなハンマー等は目立つ為おススメできないとか。
せっかくだし面白い武器の方がいいか?
《いい機会ですし、帰りながら気配を薄くする精霊魔法を使ってみましょうか》
(あーそうだな)
悪い事をする訳ではないが、何かドキドキするな。
足音を立てないように宿屋に入る。
女将さんが入口で何か帳簿に記入をしているようだが、俺に気づいている様子はない。
思ったより高性能だな、これ。
数歩進んだ辺りで、「あ、おかえりなさい」と声をかけてくれた。
同じく足音を殺しながら二階に上がると、俺の部屋の前にリアが立っていた。
鍋を持って俺の部屋の扉を眺めている。
ご飯でも作って来てくれたのかな? ありがたい話だ。
リアの独り言が聞こえる。
「ユーハさん、食べてくれるかなぁ。喜んでくれるかなぁ」
うーん、健気だな。
匂いからしてシチューに似た料理のようだ。
「美味しく出来たかな? 口に合うといいなぁ」
……独り言の多い子だな。
しかしつい聞いてしまう。
「アレが入ってるから、きっと……。ウフフ、ウフフフ」
……アレって何だよ、怖えぇな。
(なぁ、アレって何だ?)
《えーっとこちらの世界の名前は、ユーハさんでしたっけ》
(そうだな)
《分かりました!それではユーハさん》
(……何だよ)
《毒とかの状態異常を防ぐ精霊魔法があります。すぐ使う事になると思うので、後で教えますね》
……凄い怖い。