15.洞窟に戻ってきたら
「見えてきました」
「うぅ……胃がキリキリする……」
洞窟の入り口が見える。
俺とトロープが、かつて餓死しかけた場所だ。
下手に強敵に追われたり、無数の敵に追われた時よりトラウマだ。
準備は万全ではあるが。
「トロープ、アレだしてくれ」
「あぁ、アレですね」
洞窟にちょっとだけ入って、最終準備をする。
トロープはどっかの民家から持ってきたライトを取り出した。
この洞窟はほんとに長いからな。
魔力の消費は出来るだけ抑えたい所だ。
《あ、ユーハさん。ちょっと待ってくださいな》
(どした?)
《このままだと前回同様ワタクシが音信不通になってしまうので、ちょっと対策取ります》
(あぁ、そういやそうだったな。何かした方がいいか?)
《いえいえ、ただその場から5分から10分ぐらい動かないでくれると助かります》
(あいよ)
荷物の再チェックとか適当に理由を付けて待機。
外でザーザーと振る雨の音が、不気味な洞窟を更に不気味にさせる。
《……よし、大丈夫です》
(おう)
その後、5分ごとにポートと通信のチェックをしたが、大丈夫そうだった。
地下鉄で携帯がつながるって触れ込みを思い出したな。
もう前々世の事だけど。
しばらくして、地下湖に到着した。
俺とトロープが水浴びをした場所だ。
「うわ、すっごい濁ってる」
「雨季だからな、土砂が雨の影響でここまで流れ込んでるんだろう」
「綺麗な水だったんですけどね」
ちょっとだけ水浴びを期待してたが、残念だ。
いや、決して2人の下着姿とか期待した訳じゃないぞ。
ただここ数日、風呂の類には全然入れていないからな。
ほんとだぞ。
そこから一時間程歩いた所だ。
前に何やら人影が見えた。
誰も驚かなかった。
こんな所にいる奴なんて、1人しかいないからな。
「バーカ! バーカ!」
「やはり来たか、幼女め」
例の幼女だった。
出迎えに来たのか、警戒に来たのか。
奇襲はさせないぞという警告に来たのかもしれない。
この洞窟はテリトリーだと言いたいのかもしれない。
「お久しぶりです。今日は謝りに来ました。はいこれ」
「……?」
「お土産ですよ」
「……!」
トロープが親しげにお土産その1を渡す。
作戦通りだ。
幼女は急いでそのお土産の包みを開けた。
中にはバームクーヘン的なお菓子があった。
「おぉ……!」
(意外とチョロいな)
「キッ」
思考を読まれたのか睨まれた。
しかし今回用意したお土産はこれだけではない。
本体のドラゴン用にも用意してある。
その点抜かりはない。
人間の餌付け作戦を舐めて貰っては困る。
~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~
「うまっ、うまっ」
「それは良かった」
幼女は喋りながら食べているのでボロボロこぼしている。
まぁ人間じゃないと分かれば、怒る事は無いと思えるが。
トロープは幼女に対して優しく接している。
幼女もそれに対して、強く反発はしない様子だ。
だが、俺を時々睨むのは何故だろう。
《そりゃあんだけ追い回しましたからね》
(いや、あっちから挑発してきた事じゃないか)
《あの子にそんな理屈が通じると思いますか?》
いつの間にか俺の分の飯を食い始めていた。
立場上、そんなに強く言えないのが辛い。
というか3人分の食事なら往復分用意してあるけど、こいつの分は流石に持ってきてないぞ。
「あ!」
俺の昼飯を食べ終えた幼女は、何かを思い出したように声を上げた。
正体を知っていると、こういう声でもちょっと怖い。
「おみやげ!」
「お土産? 私たちにですか?」
「そう!」
幼女は凄い嬉しそうに自分のポケットをガサゴソとまさぐった。
そして出してきたのは、笛だった。
笛というよりホイッスルの方が近いかもしれない。
「いくよー」
ピーというか細い音が聞こえる。
笛とか貰ってもなぁ。
とか考えていた俺の考えは、次の瞬間に覆された。
土の壁の一部がモコモコと動いた。
ロントが念の為に剣に手を添える。
しかし、次の瞬間俺とトロープは警戒心を投げだした。
土の中から現れたのは、巨大なモンスターだった。
無数の足。
硬い殻。
長い体。
「きゃーーー!」
「か、かぁ!?」
「ころりん! ころりんじゃないか!」
足に付けた紐は取れていたが、間違いない。
こいつはころりんだ。
「ユーハ、これが例の?」
「そうだ、俺らの命の恩人だよ」
「ころりん、また会えるなんて……」
「お腹空いてないか? 木の実食べるか?」
「いくらでも食べていいですよー」
「か、かぁ……」
ころりんと再び会えた。
あの時より、ほんの少しだが大きくなっている気がする。
もしかしたら会えるかもとは思っていたが、本当に会えるとは思っていなかった。
だから、カー君のエサがモリモリ減っていくのは些細な事だった。
~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~
「いやー快適だ」
「もしかして、ころりんを探してくれたんですか?」
「うん!」
ころりんの背中に乗って先に進む。
前回とは違い3人+幼女+カラスだが、それを感じさせない足取りだ。
ちなみに幼女はトロープに抱えられるようにして乗っている。
精霊魔法をほぼ全力で使い、猛スピードで進んで行く。
あの時より魔力の総量は増えているし、食糧もある。
何より、どれぐらいの距離があるか分かっているというのはでかい。
《いやー快適ですね。明日中ぐらいには到着できそうです》
(流石ころりん。パワーが違う)
今回はエサを吊るさなくても、言う事を聞いてくれている。
意外と賢いなころりん。
もしかしたら、トロープの魔物使い的な能力が目覚めてるのかもしれないな。
しかし、ころりんを探してくれるとはドラゴンも結構優しいな。
まぁ探したのはドラゴンなのか、その手下であるこの幼女なのかは知らないが。
思ったより、ドラゴンは怒ってないのかもしれない。
一思いに食われるかと思っていたが、命を取られる心配はないのかも。
《しかし、彼は思い知るのだった。自分の考えの甘さを》
(勝手に変なナレーション入れるな)
一度睡眠休憩を挟み、俺たちは長い間ころりんの背中に乗っていた。
それと、細かいトイレ休憩も。
幼女が一緒という事もあって、道中で誰かに襲われる心配が無かったのが幸いだった。
幼女は用を足すという事をしないようだ。ちょっと勉強になった。
ちなみに睡眠休憩は流石にころりんから降りて行った。
俺とトロープはころりんの上でも眠れるが、流石にロントは無理だという判断だ。
外が見えないので細かい時間までは分からないが、恐らく30時間ちょっとぐらいだろうか。
ころりんの背中に揺られて、俺たちは件の場所の近くまでやってきた。
「ついた!」
「うぅ、緊張する」
「殺されないといいけどなぁ」
「さぁ降りた! 降りた!」
幼女に先導されて、ドラゴンのいた竪穴に向かう。
正直言えば、直前にちょっと休憩したかった。
魔力を結構使っていたし。
いや、回復させる暇を与えないという幼女の作戦かもしれない。
竪穴の上は、満天の星空だった。
雨季なので雨が降っているかと思ったが、雲一つない綺麗な星空だ。
そして、広い空間のど真ん中にソレはいた。
ドラゴンだ。
やっぱりアホみたいにでかい。
鼻息だけで吹き飛ばされても可笑しくは無い。
それほどまでに差がある。
そして、前回とは大きい違いがあった。
今回は起きていた。そりゃあもう。
「ユーハ、私の近くから離れるなよ」
「ダメ! 1人だけ!」
「1人だけ? 俺だけ?」
「そう! 前行って!」
最悪戦う事も考えてフォーメーションは想定してあったが、俺1人がドラゴンの前に行けと指示をされてしまった。
しかしあの幼女、とんだ地獄耳だな。
こうなれば腹をくくるしかない。
「ユーちゃん……」
「大丈夫、多分なんとかなる」
俺は意を決して、ドラゴンの前に向かった。
その気になればすぐに噛み殺せそうな位置にだ。
敵意が無い事を示す為に、ナイフをトロープに預けてある。
まぁ、このナイフ程度で何かが出来るとは思っていないが。
ドラゴンは、その眼で俺をじっと見ている。
いいか、謝罪の基本は先手必勝だ。
先に謝る方がいい。
「すみませんでした!」
俺はかなり深く頭を下げた。
ドラゴンからの反応は無い。
が、恐らく俺が謝罪しているというのは分かるはずだ。
長く頭を下げ、そっと顔をあげた。
ドラゴンはやはりただ無言でこちらを見ていた。
怒っているのは確かだ。
しかし、今すぐ殺すような雰囲気はしていない。
良かった。許されたかもしれない。
そう油断した瞬間、ドラゴンの口がガバッと開いた。
突然の事に、体が反応出来なかった。
ドラゴンの口からは炎が吐き出された。
回避可能とか、そういうレベルではない量の炎の息。
それが俺の体をまるごと包み込んだ。
やっぱり許されて無かったじゃないですかー!




