8.懐疑的に決戦の対策
「痛いです痛いですごめんなさいごめんなさい」
「うっせ、うりうり」
「あぁ、でもちょっと気持ちいいかも……」
食後、マイを問い詰めたらあっさりと白状した。
どうやら、エルリッドさんに入れ知恵をされたらしい。
既成事実を作ってしまえと。そしてちょうど酔った俺が宿に戻ったと。
エルリッドさんはどうすれば相手が完全に誤解するかという方法も伝授してくれたとか。
あの言葉や仕草は、全部仕込まれてたのか。
くそ、手が込んでやがる。
ちなみに今俺はお仕置きをしている。
お尻ペンペンではお仕置きにならない。
しかし傷が付くのとかはダメだ。
そこで、両手にゲンコツを作ってコメカミをぐりぐりしている。
某春日部の二児の母の技だ。
コツとしては中指を押し付ける感じだな。
ポートはそれに悪乗りしただけだったようだ。
まぁ冷静に考えれば、そんな騙したという程の事をコイツはしていない。
ちょっとはぐらかしただけだ。
タイミングが悪かっただけで。
だが許さん。
脳内で前世の面白かった30分ぐらいのアニメを流す。
《これ面白そうな番組ですねー》
(だろ?)
《犯人はどなたでしょうか。ドキドキ》
あと5分ぐらいで推理パートが終わって犯人を当てるパートが始まる。
まぁ、そこでぶった切るんだけどな。
途中でお母さんに呼ばれてアニメを見れなくなる苦しみを知るが良い。
《そんなー!》
しかし、俺の体は酒に異様に弱いのが分かったのは良かった。
有事の際に意識を飛ばすよりはマシだ。
ポート曰く状態異常に耐性を持つ精霊魔法を使えばある程度緩和は出来るらしい。
安全が保障された上で。
主に我が身の。
「ユーハ、行ってきたぞ」
「うー!」
「おう、ありがとう」
朝の鍛錬がてら、2人にこの周辺の地図のチェックをしてもらった。
町でこの宿のある地区の地図は売っているのだが、防犯の為か詳しい道までは載っていなかった。
この地図も結構高かったんだけどな。
そこで2人に見て貰ってきた。
裏道がどこにあるか、見晴しの良い場所はあるか。
そして何より、小さい子だけが通れる道はあるかをチェックしてもらう。
そこが要注意ポイントだ。
埋めておかなければ。
何故こんなに準備を整えているのか。
小さい子という所で察したかもしれない。
もちろん確定している事ではない。
だが、奴とまた会う気がするのだ。
もはや確信さえしている。
俺はあの幼女と、今日あの追いかけっこの幕を閉じるつもりでいる。
その為なら何だってする。
《ん?》
(それはいいから)
俺はもう躊躇しない。
精霊魔法はガンガン使う。
仲間も動ける奴は全員使う。
呪術も使うしカー君も使う。
流石に重力魔法はマズいだろうが。
それと、ナナに前世で言う1万円ぐらい渡しておく。
いざとなれば、それを使って足止めをさせる。
目の前の樽とかが急にボゴォ! と破裂したら足止めぐらいには出来るだろう。
金に糸目は付けない。
「ユーハさん、こんなもんでどうでしょう」
「ん? あぁ、ありがとう」
トロープに手紙の代筆をお願いしていた。
俺は未だこの世界の言葉を書く方は慣れてないからな。
相手はヴェルノーン。
内容は敵対しないという事と、塚? 墓? 石碑? の事だ。
トレイサーの近くにあった、よう分からんのが封印されているというアレだ。
いざとなったら任せると言う内容で書いておいた。
俺「マオウ」とか言うのでいっぱいいっぱいだし。
ちなみにカー君に運ばせるので、文字通り足は付かないはずだ。
便利な運び屋がいるもんだ。うん。
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「で、こんな準備本当に必要だったほ?」
「食いながら話すな。まぁ、必要だな」
ナナが饅頭っぽい奴を食べながらモソモソと喋る。
ちなみにこの饅頭っぽいものの中身は高菜のような塩気の強い漬け物だ。
ちょっとしたおやつというか間食としてちょうどいい。
食べた事は無かったが、前世にも高菜饅頭というのがあったらしいな。
「だって女の子でしょ? 化け物なんかじゃなくて」
「いや、奴は化け物だ。油断ならない」
「あんたが駆けっこで負けただけじゃないの……」
「あ、ナナさん。そっちの酸っぱい方お願いします」
「ほいっと」
「ありがとうございます」
トロープが饅頭の酸っぱい味の奴を頬張る。
彼女はなんか酸味の多い物が好きらしい。
それがあの胸の秘訣なのだろうか。
俺は酸っぱいのは基本的に苦手だ。
「で、これからどうするんですか?」
「あぁ、ここまでせっかく来たし王都に行こうと思う」
「王都ですか」
ちなみにこれはエレフトラからの発案だ。
もしトレイサーまで行って目的が無ければ、王都に寄って欲しいんだよねぇ。とのこと。
俺はすっかり忘れていたのだが、そういえば魔術協会の会長がアポ取れたら連絡くれるって話だったな。
何を聞こうとしてたのかもすっかり忘れてしまったが。
えーっと名前は……何だっけ。
チラッチラッ。
《何チラチラしてるんですか》
(お前の情報を待ってるんだよ)
《え? 会長の名前の事ですか? ワタクシも忘れました》
(おい)
まぁ、何にしても連絡が無いのが本人不在の為とかならまだいい。
連絡係が何かあったかという事をチェックしたいらしい。
あくまでついでだけどな。
王都に向かう理由はもう1つある。
あそこは物凄い人口がいる。らしい。
つまりそれだけ鉄壁という訳だ。
理由もなくあそこにいる猛者も山ほどいる。
という事は、俺らが襲われる可能性がそれだけ低くなるということだ。
最近は大人しいが、またいつ襲われるかも分からない。
だから、なるべく人口の多い町にいたいという訳だ。
何だったら、しばらく王都で滞在してもいいかもしれない。
そうこうしていると、マイが帰ってきた。
一度実家に戻っていたらしい。
明日辺りにはこの町を発つかもしれないので、その挨拶がてら。
「本当にいいのか? エルリッドさんの為にもしばらく残ってていいぞ? あとで拾いに来てやってもいいし」
「いえ、大丈夫です。お母さんが張り切って看病してますし」
「そうか、ならいいけど」
辛い饅頭を手に取りながら言った。
大丈夫だろうか。マイは辛いのダメだった気がしたが。
あぁあぁ言わんこっちゃない。ほら水飲め水。
ちなみにこれらの饅頭はロントとスランが朝の地図探索がてら買ってきたものだ。
今は朝出来なかった鍛錬をしている。
見習わなければなぁ。
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スランとロントが鍛錬から戻って来た。
それとほぼ同時に、カー君が戻って来た。
周辺のチェック兼、あの幼女がいないかどうかというチェックの為だ。
俺の近くに近寄ると、俺とナナぐらいにしか聞こえないような声でこう言った。
『探してきたけど、幼女らしき幼女は見当たらねぇぜ』
《この辺りは冒険者用の宿ばかりなので、子供連れが少ないはずだよ》
《赤ちゃん連れの冒険者はいたみたいだけど、まぁ区別は出来ますね》
ポートとピートがそれぞれ報告する。
赤ちゃん連れの冒険者って結構無茶するな。
何かあったら大変じゃないのかな。
要するに幼女は見当たらないという報告だった。
鳥とサポート2人、そしてさっきライトベルから聞いた報告もそんなもんだ。
これだけの諜報が得意なメンバーが口を揃えて幼女がいないと言っている。
だが、俺にはなんとなく分かる。
幼女は俺の元に来る。
嫌がらせをしに。
「ナナ、さっき言ったよな。あの幼女は化け物かって」
「ん? うん」
「それを今から証明してやる」
俺は1人で一階に降りる。
他のメンバーは窓から外の様子を見るように伝えてある。
(ポート、もう1度聞くけどこの辺りに幼女はいないんだよな?)
《えぇ、10歳以下の子供はその子連れの冒険者のみです》
(分かった)
俺はそれを聞くと、宿の外に一歩踏み出した。
その瞬間、道の少し離れた所から声が聞こえた。
距離として30メートルもないだろう。
当然奴だった。
「ばーか!」
《あれぇ!? ついさっきまで反応なかったのに!》
ピートのうろたえる声がここまで聞こえた。
な? 化け物だろ?




