12.コウバ
翌朝、何もなかったかのように俺は起きた。
前日の事は引きずらない。
俺は気にしない。気にしないんだ。
ぶつぶつ……。
《気にしまくってるじゃないですか》
(うっせ)
顔を洗って髪型を少し整える。
今日はアルフレッドという人物を訪ねる為に死亡フラグコンビの実家に行くつもりだ。
それはこの町のどこかにあるはずだ。
マテリアルの製造工場があるとかなんとか。
顔をバシャバシャ洗っていると、マイがそそっと近づいてきた。
布で水分を取りながら挨拶をする。
「おはよう」
「ふふ、おはようございます。ユーハ様」
ん? 何か様子が変だぞ。
何かソワソワしてるというか。
《ユーハさん》
(何だよ)
《ワタクシからはノーヒントで行きたいと思います》
ノーヒントって何だ。問題でも出されてるのか。
ニヤニヤしてるマイがちょっと怖い。
「ユーハさまユーハさまぁ」
「どうしたニヤニヤして」
「私を見て、何か気づいた事ありませんか?」
ルンルン気分なマイ。
やべぇ、これは試されてる。
何かは分からないけど試されてる。
気づいた事、そう。こう聞かれる時の一番の心当たりは……。
「髪、切った?」
「あ、分かりますかぁ!」
「うん、可愛いと思うよ」
「えへへー」
分からない。
分からないが切ったらしい。
言われてみれば毛先が整ってるように見える。
前髪もなんか現代っぽくなったというか。
大きくは変わってないはずなんだが。
一階に降りると、ロントがちょうど入口から入ってくるところだった。
普段は訓練してる頃だと思ったが、何故かちょっとルンルンしてるのが見てとれる。
ちょっと前髪がさっぱりしてるかな。
「ロント、おはよう」
「あぁ、ユーハか。おはよう」
「髪切ったのか?」
「っ……!! 分かるのか?」
「ロントっぽい、良い長さになったと思うよ」
我ながらどういう意味かよく分からない褒め方だが、ロントも嬉しさを感じてるようなのでまぁいいか。
女性は髪型褒められるのが嬉しいっていうけど、本当だな。
何故か皆切られてるみたいだし、今が褒めるチャンスだろう。
玄関の脇に置いてある椅子に、エレフトラが座っていた。
よし、褒めてやろう。
「エレフトラは髪切ったのか?」
「いんや? 教会の教えで、髪を切るのにも色々とあるのさ」
「お、おうそうか」
「何だい? 他の子達が髪切ったからって、適当に褒めて回ってるのかい?」
「い、いやぁ。そ、そんな事はないさ」
適当に褒めてはいけない。
いい教訓になった。
それにしても勘の鋭さは相変わらずだな。
~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~
宿の前のちょっと広間になってる所の隅に、ナナとスランがいた。
スランが合羽みたいなのを着て椅子に座り、ナナが髪を切っている。
絵面がなんか微笑ましい。
「髪切って貰ってるのか?」
「うー!」
「あたし、美容師目指してたのよ。以前」
「へー」
以前というのは前世の時の事かな。
慣れた手つきで髪にハサミを入れている。
エルリッドさんが本を読みながら待機してる。
次はエルリッドさんの番なのだろうか。
「よーし、おしまい!」
「うー!」
スランの髪型は多少短くなったかな? という程度だ。
しかし、地面には結構多くの髪が落ちていた。
《髪を梳いてるんですよ。髪の量が減るので、頭が軽くなるように感じます》
(へー。俺前世はほとんど床屋で同じ髪型だったからなぁ)
スランは髪の毛だらけの合羽を脱いで払っていた。
よし、今がチャンスだ。
「スランもさっぱりしたな」
「うー!」
「可愛くなったと思うぞ」
「…………!」
「ぐふっ」
何故か頭突きされた。
照れ隠しなのだろうか。見た目以上に痛いというか重い一撃だった。
ナナにアルフレッド探しの手伝いをお願いしつつ、朝食を食べに行く。
ついでにもう1人ぐらいいてもいいかな。
あの幼女と再会したら、俺1人では追えないだろうしな。
もう体裁とか気にしてられない。
あいつはお尻ペンペンしてやる。
マテリアルを制作している工場は、ホーガンの南側にあった。
流石ポート、調べ物を頼むとすぐに答えを出してくれる。
工場というよりは町工場に近い感じだが、この世界ではそもそも工場に近い物があまりないからな。
現地は非常に慌ただしい空気だった。
大量の紙を積んだ客車が来たかと思えば、今度は製品のマテリアルを積んで慌ただしく走って行く。
奥の様子は見えないが、恐らく紙をカード状にしたり、カードに印刷をしたりしているのだろう。
「どうする? 忙しそうだし出直す?」
「うーんどうしようか」
「名前を聞くぐらいならいいんじゃないか?」
俺とナナ、それと護衛に付いてきたロントで相談する。
こういう時に話しかけるのって何か苦手なんだよなぁ……。
そうだ、死亡フラグコンビを訪ねた事にしよう。
えーっと名前は……。
《ユーフィクラムさんとバルドレンさんです》
(すげぇ、よく覚えてたな)
《一応メモしておきました》
客車に商品を積み、ひと息ついている感じの白髪の男性に話しかける。
あの2人はこの町にいるのだろうか。
「すみません、ユーフィクラムさんとバルドレンさんという方はいらっしゃいますか?」
白髪の男性は、汗を拭いながらこちらをチラッと見た。
中々年期の入った作業着だなぁ。
印刷をした際についたのか、所々染料で汚れている。
「2人はつい先日ペガサスという町へ向かったよ。何か御用だったかな?」
「いえ、少し聞きたい事があったので」
ペガサスか。入れ違いになってしまったな。
まぁあの2人は常にどこかしらに移動してるイメージだからなぁ。
復興の作業の手伝いにでも行ったのだろうか。
よくよく考えたらこの人に聞いてもいいんだな。アルフレッドという人に関して。
一応聞いてみるか。
「すみません、アルフレッドという名前を知ってますか?」
「ん? そりゃあ知ってるさ。それがどうしたのかね?」
「今人探しをしてまして、その人がアルフレッドという人物と知り合いだったようなので」
「ほー、そうかい」
「その、アルフレッドという人に会う事は出来ませんかね?」
男性は少し考え事をした後、俺をじっと見た。
何かを見定めているのだろうか。
「来なさい」
「あ、はい」
少し離れた位置で待っていたナナとロントを手招きしつつ、男性に付いて行く。
工場の奥の方へ向かうようだ。
~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~
中はインクとはまた違った染料の臭いで充満していた。
この臭いには覚えがある。マテリアルの紙の臭いだ。
印刷の技術を詳しく見たい所だったが、男性が少し睨んで来た為軽く見る程度にした。
機織り機のような形の機械がいくつか並んでたな。
恐らくあまり知られたくない技術なんだろうな。
企業秘密って奴か。
「お前さんたちは、2人とどういう関係なんだね?」
「以前クエストで一緒になりまして、お世話になったんですよ」
「ほほう、そうかね。あのバカ息子たちも役に立つのかい」
この人はあの2人のお父さんだったのか。
まだまだ現役とはやるな。
もしくは、あの2人は見た目以上に若かったりして。
《この工場は元々新聞を印刷してたようです。マテリアルを製造するようになったのは、15年前ぐらいの時だそうで》
(へー)
しばらくして、工場を通り抜け外に出た。
外には機材が置かれている。
少し離れた所には、2つの倉庫が見える。
片方は紙などの材料を、もう片方には完成したマテリアルを保管するものだろうか。
そこでも何人かの従業員が働いていた。
「ついたよ」
「ついた?」
「あぁ、アルフさんに会いたかったんだろう?」
遠くに従業員は見えるものの、近くに誰もいない。
そして目の前には1つの大きな石。
その石には、こう刻まれていた。
アルフレッド ここに眠る




