13.はじめての旅立ち
「……ユハ、旅に出よう」
「は?」
水浴びから宿に戻ると、客車が宿の前に止まっていた。
ちょうどライトベルが客車から降りてくるところだった。
そして開口一番にこう言われた。
《どこでしょう、京都にでも行くんでしょうか》
「……京都?」
「いや、こっちの話だ。それにしても急だな」
《そうですね。こちらもそろそろ旅立つかなとは思ってましたが、急に言われましても》
「そうだな、目的がなければ流石にホイホイと乗る訳にもいかないし」
「……マオウ」
「魔王?」
「……マオウ、倒す」
「へ? 魔王? もう復活したのか? というか存在を確認したのか?」
「……まだ」
アカン、話が見えてこない。
魔王がいないのに魔王を倒す旅に出る?
話が見えてくるのに20分ほどかかったが、噛み砕いて説明すると以下のようになった。
ライトベルが研究を進めているうちに、魔法の研究を妨げる何か妙な力が働く事に気づいた。
その中で判明した言葉。『マオウ』。
彼女にはその言葉が何なのかが全く見当もつかないまま時間が過ぎたという。
そこで現れたのが俺だ。
彼女が俺について何らかの力で探った結果、俺は普通の人間とは違うものを感じた。
そこで、ダメ元で俺に聞いてきたそうだ。
マオウとは何か、ということを。
結果、俺にゲームやアニメの知識とはいえ魔王像について教えて貰う事が出来た。
そしてその事を魔術協会に報告したのだという。
魔王とはどういう存在なのか、今後起こる事がどういう可能性があるか。
その結果、ライトベルに討伐してこいという命令が下ったのだという。
……あれ?
「それっておかしくないか? 普通まずギルドで情報集めたり、もっと戦闘向きの冒険者に頼んだりしないか?」
《そうですねぇ。それに言っちゃ何ですがユーハさんは駆け出しの冒険者ですから、もっとベテランの冒険者の方を誘った方がいいと思いますよ?》
まぁ、戦闘はともかく旅をするという経験の有無もあるだろう。
いくらチートがあるとはいえ俺より優秀な精霊使いもいるだろうし。
そもそも魔法使い同士でいきなり組むより、前衛を揃えた方がいいと思う。
俺とポートの指摘を受けたライトベルは恥ずかしそうにこう言った。
「……私、友達いないし……」
「行こう! 一緒に旅に行こう!」
そう言われたら断る言葉を俺は知らない。
と言うか、友達もお願い出来る先もいないのかよ。
流石引きこもりだ。
前々世で「2人組作ってくださーい」と言われた事をふと思い出した。
あの悲劇を繰り返してはならない。
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客車に乗り込むと、違和感に気づいた。
あれ? 客車を操縦してくれる人がいない。
正確には客車を引くモンスターを操る人だ。
って大丈夫なのか? これ。
客車を降りてモンスターの様子を見る。
でっかい茶色のオオカミがいた。
ワイルドだなぁ。
客車に改めて乗る。
この客車、どうするんだよ。
「……この器具を使うと、あの子に指示を出せる」
「ほう?」
何かリモコンみたいな装置を渡された。
俺が操作しても大丈夫なのだという。
まぁ、やったことないのに町中で操作してしまうと危ないので出発後にでも試してみよう。
ライトベルの操作で狼が歩き始める。
いやぁかっこいいな。
名前何て言うんだろう。
「……名前はない」
「じゃあつけるか」
《レキ君にしましょう!》
「お前は黙ってろ」
ちなみに名前は妥当にブラウン君になりました。
多分白かったらシロで、黒かったらクロだろう。
「……ブラウン、君の名前だよ。君のご主人様がつけてくれたよ」
狼改めブラウン君がコクリと頭を縦に振った。
こいつの食糧も考えないといけないな。
……ブラウン君のご主人様?
「おい、俺がご主人様ってどういうことだ?」
「……この客車の持ち主は貴方」
「魔術協会のものじゃないのか?」
「……買い取った。歩くのやだから」
「お前の金だよな? な?」
「……てへ」
「おいポート! 俺がギルドから貰うはずの金がどうなってるか調べろ!」
《がってんしょーち! ええっと……あー見事に使われてますね》
今回俺は大勝利の功績となったライトベルの助手だった為、結構な額が懐に入る予定だった。
これからギルドに向かい、その金を受け取って明日ぐらいに出発かなと思っていた。
《あちゃー、見事に客車の購入費として先に計上されてますね》
「どうにもならないか?」
《なりませんね。もう魔術協会に振り込まれてます》
「おおぅ……」
何故俺の金なんだ。
俺が断ったらどうするつもりだったのか。
てかライトベルは仮にも顧問とかやってるし、今回の作戦でも結構な額を貰うはずだろう。
「何でお前の自腹で買わないんだよ」
「……秘密」
「ポート! こいつ何かまだあるぞ! 調べろ!」
《もう調べてまっせ! ……あー》
「どうした?」
《この子、多額の借金がありますね》
顔をそむけるライトベル。
おい、どういうことだ。
「ポート、いくらあるか調べろ」
《もう把握してます。大体これぐらいですね》
「……俺が100年パトロールしても返せない額じゃねぇか」
「……だから魔王討伐を押しつけられた」
魔王討伐と言う、そんないかがわしいものに行きたがる者はいない。
しかし、各地で異変が起こりつつあるのもまた本当らしい。一応魔術協会の体裁として、何か手を打っておいたという事実が欲しかった。
そこで、魔術協会に多額の借金があるライトベルが行く事となった。
行く間借金の返済は待ってやると。
「んなこと知るか! 法廷で争うぞ! 出るとこ出るかんな!」
《ユーハさん、ユーハさん》
「何だよ」
《この町、まだ裁判とかないです》
「なん……だと……」
「……根回しは万全」
こいつ……
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……何はともあれ、冒険に出ると約束してしまった。
俺とライトベルじゃ到底無理だ。
とにかく、前衛になれる人が必要だ。
《となると、彼女ですね》
「ロントだろ? でも、あいつ今道場の留守番をしてるしなぁ」
「……あぁ、ハーレム要員の子」
「そうそう」
まぁ、とにかく一度屋敷に向かおう。
この時間ならまだギルドに向かってないはずだ。
旅に出るなら、挨拶ぐらいはしておかないと。
なんだかんだで世話になったしな。
ロントの住む屋敷の前に向かっていると、屋敷の前に一組の男女がいた。
1人はロント、もう1人は……見覚えがないな。
《あれは、兄弟子の人ですね》
「兄弟子? あぁ、ロントの流派のか」
ロントの流派の師匠や兄弟子たちは、各地へと散って行った。
弟子が劇的に減った流派の師匠、兄弟子たちはこう考えたのだ。
俺達が弱いからいけない、もっと腕を磨かねば!
その兄弟子の1人が帰って来たらしい。
「ロント、おはよう。その人は?」
「あぁ、ユーハか。兄弟子の……」
「ブルックンだ。ロントから聞いている。世話になったそうだな」
「いえいえ。自分も色々お世話になりました」
凄い良い人そうだ。
彼も人を斬るのが好きなのだろうか。
「で、ユーハ。どうしてここに?」
「あぁ、実はそろそろこの町を出るって話になってな」
俺のこの発言に顔を合わせるロントとブルックン。
……どうしたんだろう。
「ユーハくん、お願いがあるんだがいいだろうか?」
「はい? 何でしょう」
「彼女も、ロントも連れて行ってくれないだろうか」
「私からもお願いする」
「……それはありがたいのですが、理由は?」
「なぁに、俺が旅をしてたからな。次はロントの番ってことだよ」
そんなものか?
と思ってふと気づく。そうか、彼女はこの町は安全ではなかった。
マフィア的な組織に命を狙われているんだったな。
こちらとしてもダメ元でお願いしようとしてたところだしな。
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それから、ライトベルとの顔合わせを行った。
ブルックンさんが旅に使っていた様々な道具をくれた。
それと共に、役に立つ事や気を付けなければならないことのレクチャーを受けた。
まず、目指す町を確認。
必要なのは食糧より、その場で獣を狩り、調理する事。
女性と一緒にいる際の注意点も教わった。
トイレなんかは要注意だろう。
何にせよ、これで3人になった。
おそらく何とかなるだろう。
幸いライトベルは師匠と旅をしていた経験もあるらしい。
俺の客車もあるしな。俺のな!
なにより、ブルックンさんがちょっと資金をくれたのが助かる。
少なくても数日分の食糧ぐらいは買い貯められるだろう。
そんなこんなで俺達は旅立ちの準備を進めた。
女将さんに挨拶をしておく。
彼女には本当に世話になった。
ギルドにも顔を出して、ロントを連れて行くと伝えた。
あまり長い間いなかったが、この町では色々あったなぁ。
いろんな人に世話になった。
《……リアちゃんに本当に黙ったままでいいんでしょうか》
(彼女には黙ってた方がいいだろう。ちょっと可哀想だけどな)
《そうですね、分かりました》
リアにはいつものように接した。
いつものようにシチューを食べ、ちょっと膝枕をして家まで送った。
そして、出発の準備を終えた。
俺達は夜間に出発することにしていた。
それは俺からのお願いだ。リアに気づかれないように、そっと去りたいと。
まぁロントにはリアの事は話していないのでふんわりと説明はしたが。
宿の整理を終える。
荷物をまとめた頃に、外に客車がやってきた。
ちょうどいいタイミングだ。
中にはライトベルと、既にロントも乗っていた。
ロントは緊張した面持ちだ。
確かにこの町にしばらくいたからな。
向かうのは北西だったが、何となく南の門からでる事にした。
ギルドの前を通りたかったからだ。
真っ暗な町中にギルドの灯りがみえる。
俺とロントは、お世話になりましたと頭をそっと下げた。
南門に近づくと、何か人影が見えた。
門番の人だろうか。
そろそろ門を閉める時間だしな。
……いや、門番の人影ではない。
マフィアか? いや、それにしては小さいような。
くそ、家の灯りしかないからあまりよく見えない。
やがて、その影の前まで客車が進んだ。
客車の前に立っていたその影は、大きな荷物を持っていた。
トコトコと歩いてくると、当然のごとく客車に乗り込んできた。
「さぁ、ユーハさん! 行きましょうか!」
「お前……どうして……」
「ユーハさんの事は全てお見通しですよ!」
リアが当然のごとく乗り込んできた。
……何故だ? 旅に出る事が何故か伝わってたのか?
というか、北門ならまだしもなぜ南門というところまで読めるんだ……。
《ヤンデレの魔の手からは逃れられない!》
(お前、たのしそうだな……)
リアの様子から、到底降りろと言う気が起きなかった。
……まぁ、いいか。
ライトベルは大体事情は把握してるし、ロントにも適当に説明しておこう。
「……改めて、出発するぞ」
「おー!」
リアがやけに元気だ。
まぁ、気を取り直していくか。
ライトベルが客車を引くブラウン君に命令を出す。
(なぁ、これから行く場所は何てところだ?)
《えーっと、ホーガンですね》
ホーガンか、やはりここの地名は覚えにくい。
まぁいいや、いざホーガンへ!