12.はじめての大規模魔法
ライトベルは床に魔法陣を書いてゆく。
物凄い細かい作業でありながら、かなりのハイスピードで書くその姿はまさに職人。
にしても精密な魔法陣だな、独学で学んだのかな?
「この魔法陣を書く技術は、師匠に教えてもらったのか?」
「……違う、師匠は魔法陣否定派。無詠唱で何でもバーンってやっちゃう」
「へー、じゃあ誰かに教えて貰ったのか?」
「……違う」
「まさか独学なのか?」
「……それも微妙に違う。魔法陣は過去に使われていた技術。その時の資料が先生」
ライトベルはカリカリ書きながら説明してくれた。
以前は魔法を使う際には、必ず魔法陣が必要だった。
技術が発展したのかどうなのかはライトベルは知らないようだが、いつのまにか詠唱も魔法陣も無い魔法が発展した。
魔法陣や詠唱なんかは旧時代のものとされ、使われなくなってもう何十年も経ったそうだ。
その際に遺された資料も探せばあるらしい。
彼女はその資料を集めながら、自分の解釈や新しい技術を織り交ぜて今の魔法陣を作り上げた。
……それが独学な気もするが、まぁ一から全部作り上げてはいないと言いたいのだろう。
「……魔法陣や詠唱は基本的に遅れてる、ダサいものとされてきたの」
「へぇ、でもこうやって使ってるってことは使い道があるってことだろ?」
「……うん」
俺にまじまじと見られて少し照れながら、ライトベルの作業は進む。
ちょっと自慢の品なのだろう。
しかし、思ったより小さいな。いや、大きな魔法陣を書く暇がないんだろうとは思うんだが。
「こんな小さな魔法陣で大丈夫なのか?」
「……このサイズじゃほとんど意味がない。だから廃れた技術」
「……じゃあダメじゃないか?」
「でも……それはかつての話」
そう言うと、ライトベルは地面に杖を突きたてた。
そしてブツブツと詠唱を始めた……何だ?
《すごい、雲が集まってきます》
(雲? ……おぉ!)
空を見ると、上空の風を無視するかのように四方から雲が集まってくる。
これも呪術なのか?
《いや、これは攻撃魔法の技術の転用ですね》
「……そう、当時はこの技は無かった」
《雷魔法の転用ですね。上空に雲を集めて雷を落とす魔法の、途中までを発動してます》
「……これこそ、師匠から学んだ魔法の1つ」
空は灰色の雲に包まれた。
このまま雨が降りそうな気もするが、それは海のモンスターには有利なんじゃないか? とも思った。
しかしどうやら雨を起こす雲ではないらしい。
雲を作る事そのものが目的のようだ。
ライトベルは地上にいる数人に何か合図を送った。
何かライトベルと同様に真っ黒な服装の集団がいるな。
魔術協会の関係者だろうか。
《あの人たちは雲の維持の担当ですね。主に呪術師の方のようですが》
(へ? みんなで呪術使った方が早いんじゃ?)
《あの人たちが全員で呪術を使うより、ライトベルさんが1人で呪術を放った方が数倍効くんだと思います》
マジかよ、こいつすげぇな。
ついでに地上を見てみると、多くの冒険者が作戦はまだかと待機している。
だが、それよりも遠くから迫ってくるモンスター集団が凄い怖い。
さきほどまで小さい土の塊ぐらいにしか見えなかったが、それら1つ1つがモンスターだと分かる距離までくるとそれはそれで怖い。
《ほう、あのモンスターたちも武器を持ってるんですね》
(武器?)
《主に漁師が使うモリとか、海賊が使うカットラスと呼ばれる武器を持ってますね》
(やけに海寄りだな)
《まぁ、彼らにとって人間の代表者は漁師や海賊ですから》
しかしイメージではてっきり土の塊みたいな人形が襲ってくると思っていた。
が、近づくにつれちゃんとした人間の形をして、それぞれ武器や盾等を持っている。
たまにだが弓を持った者や杖を持った者もいる。
脳筋集団じゃなさそうだな。まぁ統率は取れてないみたいだが。
ライトベルはモンスターの位置を確認し、それぞれの準備が完了した事を確認した。
冒険者たちも準備万端だ。
ライトベルは杖を天に高く掲げた。
これは作戦開始の合図だそうだ。
指揮官にそれが伝えられると、地上でほら貝的な音が聞こえて来た。
トランペットとか無いのかよ。しまらねぇな。
「……ユハ! 魔法!」
「魔法? ……あぁ」
そうか、呪術師は魔力を強化させる魔法が効くのか。
ライトベルに魔法をかけようとしてふと気づく。
(そうだ、俺の三人目のチートも精霊魔法強化で)
《さては忘れてましたねー。もう適用済みです!》
(……じゃあやめようかな)
《えっ! それはちょっと困ります! キャンセルは作業が大変なんですよ!》
(冗談だよ、ありがとな)
《ぶー》
ライトベルに魔力強化をかける。
彼女はそれに満足すると、リアの方へ振り向いた。
「……リア、これを」
「これは?」
「……魔力結石、私が合図したらお願い」
「これがですか!」
「責任重大だぞ。頑張れよ」
「はい!」
まぁ、本当はいてもいなくてもいいんだが、それを言うのは野暮だろう。
地上で多くの怒声が聞こえる。
戦いが、間もなく始まる。
~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~
ライトベルが詠唱を始めた。
それに呼応するように足元の魔法陣が赤く輝き始める。
その中央に、ライトベルの杖が突き刺さっている。
(……あれ? 魔法陣がどんどん小さくなってないか?)
《それは違います、魔法陣が杖に吸収されてるんですよ》
(吸収?)
《さぁ、ここからが本番のようですね》
魔法陣の光がどんどん杖に吸い上げられ、その光は杖に集まってゆく。
ライトベルはそのまま魔法陣と杖から遠ざかる。
何となく俺とリアも一緒に距離を取る。
《ファ!?》
「うぉっ」
「キャッ」
次の瞬間、杖に向かって雷が落ちた。
雷にしてはかなり出力が小さかったが、それでもとんでもない光量だ。
落雷した後の杖に帯びていたあの赤い光が無くなってる。
……しっぱい?
《そうでもなさそうですよ。空を見てください》
「……これが私の研究の成果」
「すごい、ですねぇ」
思わず絶句した。
地上に書かれていたあの小さな魔法陣。
それが雲にでかでかと書かれていた。
恐らく半径で5キロぐらいじゃないだろうか。
《地上に魔法陣を書き、それを雲に転写し、広範囲に魔法を広げる。こういうことでしょうか》
「……そう、どう? すごい?」
「あぁ、凄いな」
思わず頭を撫でてしまった。
本人が撫でられて嬉しそうにしてるしいいか。
いや、後ろでまたリアが殺気を放ってるんだが。
天に現れた巨大な魔法陣。それは地上の助手たちによって操作され、戦場の真上へと動かされる。
やがてその雲はモンスターの群れの上へ到達する。
恐らくこれで魔法が発動したのだろう。
「……リア、お願い」
「へ? は、はい!」
魔力を湯水のように使っているのだろう。
リアに魔力結晶を使うよう指示をするライトベル。
いや、リアだけじゃ足りないようだ。
俺もリアから魔力結晶を借りてライトベルにかざす。
それでも足りないのか、ライトベルは魔力結晶を取り出すと……。
「うおっ!」
「……美味」
ぼりぼりと食べ始めた。
というかソレ、俺が魔力を溜めた結石じゃないか?
ちなみに試しに噛んでみたが、まるで石を噛んでいるようにビクともしない。
というか、これクソ高いんだよな? 大丈夫か?
モンスターたちは魔法陣の下にたどり着くと、やがて少しずつ魔力を下げる呪いをかけられた。
まるで天へと吸い上げられるように。
始めからあまり強くないモンスターはやがて立つのも困難な程に。
強固な体を持つモンスターは粘土のような体に。
足が自慢のモンスターは、自らの体の重さに戸惑うように。
異変に気付くモンスター達。
しかし、彼らがその変化に対応する前に冒険者たちがなだれ込む。
まるでバターを斬るようにモンスターが切り伏せられる。
一本の矢で致命傷を受け、一発の魔法で粉々に砕ける。
数の差なんてそこには存在していないように。
……あ、ロントがいる。
前線に参加しようと、モンスターの集団に嬉々として向かって行っている。
《あぁ、そういえば海土人系のモンスターって人間に近い肉感がするらしいですよ》
(人間切れないからってあいつらに鬱憤を晴らそうとしてるのか)
《まぁ、今あいつらグニャグニャなんですけどね》
嬉しそうにモンスターを斬り伏せ、思ったより柔らかいその感触にがっかりするロントを見ながら、俺はライトベルへの魔力供給を続けた。
~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~
戦いは一方的なものになった。
流石にこちらにも死者は数人出たが、最初の圧倒的数的差を考えると全然マシだろう。
回復魔法が使えるものに魔力の強化を行いつつ、怪我人に回復力の上昇魔法を使ったりした。
3人目のハーレム要員を得た事で、魔法の力もかなり強くなった。
「……今日は本当にありがと」
「いや、ほとんどお前が頑張ったじゃん。俺なんもしてないし」
「……そんなことない。あんなに上手く行ったのは初めてだし」
ライトベルは客車に乗っていた。
今から一度本部に行かなければならないそうで、俺たちは一緒に行く訳にはいかないのでリアと2人で徒歩で帰る事になった。
リアには悪い所を見せてしまった。
いや、ライトベルが見せたかったのかもしれない。
俺はリア1人のものではないということを。
(……なぁ、メロメロになるチートって解除する事はできないのか?)
《どうしました? 急に》
(いやぁ、リアがちょっと可哀想だと思ってさ)
《まぁ、独占欲ありそうですものね。彼女》
(多分俺を忘れる方が、彼女は幸せだと思うんだ)
これからもハーレム要員は増える。
ただでさえリアは非戦闘要員だ。
足手まといになるかもしれない中、リアは嫉妬し続けなければならない。
ヤンデレは、ハーレムには辛いだろう。
《ありますよ、方法》
(あるのか!?)
メロメロにする際、体を再構成する程の力が働く。
つまり、解除にもそれなりのリスクがあるはずだと思ったが。
《簡単ですよ、彼女と離ればなれになればいいんです》
(離ればなれに?)
《はい。大体半年もすれば、チートによる好感度アップは完全に消え去ります》
(ほう)
《ただし、本人との交流によって上がった好感度は別ですよ?》
まぁ、簡単に言うとリアを置いて旅に出ればいい。
正直あの膝枕やシチューは魅力だが、俺が作らなければならないのはハーレムだ。
嫉妬し、独占欲があり、ヤンデレちゃう彼女にはどうしても辛い思いをさせると思う。
「……ユーハさん」
「ん?」
「私、頑張ります」
「……何を?」
「誰にも負けません。最後には私が笑うんです」
「お、おう……」
リアを置いて行くか考えていたら、リアが謎の言葉を呟いた。
なんというか、よく分からない覚悟をされてしまった。
……どうしよう、もうちょっと様子を見ようか。
とにかく、今後の身の振り方を考えないといけない。
翌朝、水浴びへ向かうと声が聞こえた。
……よく聞けば言葉が分かりそうだ。
《妖精の声が聞こえるようになったようですね!》
(そうか、ハーレム増えて精霊魔法がさらに使えるようになったからか)
《せっかくだし聞いてみましょう!》
足を止め、周囲の声に耳を傾ける。
……聞こえる、聞こえるぞ。
精霊ってどういう事を話してるんだろう。
きっと森を大切にとか、そういうのだろうか。
『……だなぁ』
『ま……だよ』
『イイネ、これが……』
大分聞こえるようになってきた。
こっちの方が声が大きく聞こえるな。
えーっとどれどれ。
『ロン!』
『なにぃ!』
『強いなぁ』
『リーチ一発タンヤオ、ドラ3赤2!』
『まーたドラかよーどんだけ運がいいんだよー』
『裏1のったー!』
『クソだークソすぎるー』
『カンしたお前が悪い!』
『オレが親の時に倍満なんて出すなヨー』
……こいつら麻雀してんのかよ!
ファンタジーの世界観台無しじゃねぇか!
『ごっちゃんでーす』
『うわぁ、札がもうないよー』
『じゃあもう辞めるか?』
『ええい金貸せ! このままで帰れるか!』
おい金ってどういうことだよ!
賭けか! 賭け麻雀なのか!