8.引きこもりに仕事を
さて、俺達が今向かっているのは堀だ。
例のモンスターの死体で堀が埋まってしまっているというあそこだ。
町を囲んでいる堀の東部に位置する。
モンスターを処分するバイトのようなものを魔術協会で紹介されたので向かっている。
今回の働きの一番の功労者になる予定なのは、俺やロント、スランではない。
「うー!」
「スラン、ブラウン君を頼むぞ」
「うーうー!」
ブラウン君だ。
本来、モンスターの死体の処分は非常に大変だ。
1体や2体ならまだしも、無数にいるモンスターの為に穴を掘って埋めるのは非常に大変だ。
ということで、ブラウン君の出番となる。
ブラウン君は昨日から食事を取ってなかったので、それらのモンスターを食べて処分する。
人間には出来ない処分方法だ。
ブラウン君には頑張って処分してもらう。
彼の胃袋によって。
「うわぁ……」
「うー……」
現地は何というか臭かった。
ペガサスを襲ったモンスターはほとんどが爬虫類。
よって爬虫類独特の、泥のような臭いが充満していた。
赤や緑のリザードマンの姿に混じって、時折人間の死体も見える。
いや、表面に見えないだけで中にはまだ数多くの遺体が眠っているのだろう。
ちなみに、食べて処分する担当のモンスターはブラウン君だけではなかった。
客車引き用のモンスターは、ペガサスにいるほぼ全てがこの要員に回されているらしい。
見かけが強そうなモンスターが4匹ほどモシャモシャしていた。
ロントはモンスターをブラウン君が食べやすいサイズに分解する係。
スランはブラウン君を応援する係になった。
ブラウン君がスタンバイする中、ロントが次々にリザードマンの手足をもぎ取り、ブラウン君に渡して行く。
中々効率が良い。効率が良いのだが……。
「お前ら、これ天職なんじゃないか?」
「そうか?」
「う?」
正直物凄い絵面がグロい。
なるほど、それなりに良い給料が出る訳だ。
他のモンスターを連れて来た人も、かなり嫌々やっている。
一方こちらの2人はかなり淡々としている。
モンスターをぶった切る所も、中から人間の死体が発見された時も、特にリアクションを起こさない。
見ろ隣の人を。えげつない死体が出て来て吐いちゃってるぞ。
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さて、俺はというとまた別の所に配属された。
というか、本来はコレが俺に紹介された仕事だ。
精霊魔法で作業員やモンスターを強化する。
効率上昇を促すものだ。
「ユーハさんですね?」
「はい」
「お話は伺っております。どうぞこちらへ」
言われた場所へと向かったら、仕事をする場所へ案内された。
大体皆が作業をするほぼ中央と言った所か。
精霊魔法使いがやる事と言えば、精霊魔法をかける事に決まっている。
「そういえば、精霊魔法をかける範囲はどれぐらいですか?」
「そこの赤い帽子を被っている人から、そちらの赤いジャケットを着ている人までです」
「結構広いな、分かりました」
作業員を監督する人たちは、どうやら赤い何かを身に付けているらしい。
確かに見やすいな。
俺が案内されたのは堀の上の町側だった。
そこには椅子が置いてあり、すでに1人のエルフが座っていた。割と綺麗な女性だった。
エルフの里にいたっけな、この人。
その人が立ち上がる。
「あ、交代ですか?」
「はい、お疲れ様でした」
俺が来るまでの間、この人の精霊魔法がかかっていたのだろう。
そういえばちょっと体が軽かった気がする。
この場にいるほとんどにかかってたのだろうと思うと、それなりに強い精霊魔法使いなのだろうか。
《確かにエルフの里の人みたいですが、この町の男性に嫁いで来たみたいですね》
(へー。エルフの里の強襲を受けなくて良かったな)
ちなみに2児の母だとか。
そっちの子も無事らしいので何よりだ。
椅子に座ると、作業員全体的に精霊魔法をかける。
急に強いものをかけてしまうと調子が崩れる為、徐々に慣らすように強化する。
「すごいですね、魔力」
「あ、どうもどうも」
補助に回ってくれる子だろうか、魔力結石を俺に向けてくれた。
正直今使ってる程度の精霊魔法では全然減らないのだが、まぁありがたく受けておこう。
「それで、これはどれぐらいやればいいですか?」
「えっと、確か……」
その子は資料を見た。
大体4時間ぐらいらしい。楽勝だな。
もうちょっと魔力を強くしてもいいか。
こちとらほぼぶっ通しでブラウン君に精霊魔法かけつづけたんだい。
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時間になったので、ロントとスランを回収して帰る。
ブラウン君は流石に満腹になったのか、休んでいた。
モンスターの山を見てもまるで減っている気がしない。
「そろそろ帰るぞー」
「分かった」
「スラン、ブラウン君を起こしてくれ」
「うー!」
自分の体の何倍もあるブラウン君を叩き起こすスラン。
絵面が凄いな。
宿に戻ると、もう他の皆が帰っていた。
爬虫類的な肉が夕飯で、ちょっと食欲が削がれた。
テイミングトカゲの例を考えると恐らく美味しいんだろうが……。
「安かったのでこのお肉です!」
「そりゃそうだろうな」
地元の人は、こいつらが憎くて食べられないだろう。
ちなみにそれなりに美味しかった。
「で、ナナは働いてたか?」
「えっと……」
そっと目を逸らすリア。
あぁ、引きこもってたのか。
ライトベルと仲良くするナナ。
2人の接点があんまりないと思ってたけど、そういやあいつら両方引きこもりじゃねぇか。
「……というわけで、今日はお前も来い」
「えー」
翌日、ブーブー言っているナナを無理矢理連れて行った。
今日も昨日とほぼ同じ事をやる予定だ。
まぁナナも魔力結石を持つだけの作業なら出来るだろう。
道中、ナナはブラウン君の上に乗って移動した。
どんだけ歩きたくないんだ。
「そういえばナナ」
「ん?」
「昨日、エルフに会ったぞ。俺は見覚えの無い人だけど」
「ほんと?」
「あぁ、ポート曰く長い間エルフの里に戻ってない人だったらしい」
「へー」
何かを考えるナナ。
良くない事を考えさせてしまったかもしれないが、まぁ悪い情報を言った訳でもないしいいか。
「うーん」
「どうした?」
「いや、その人に会えないかなーと思って」
「あー」
そう言われても本人の連絡先が分かる訳でもないし。
「でも、ピートポートに聞けば分かりそうだな」
《まとめられた!?》
《ひどい!》
「じゃあポピートでいいや」
《もっとまとめられた!?》
「とはいえ今日も行くんだし、先にやってるかもしれない」
「あー確かに」
「行くだけ行ってみようぜ」
ちなみに、今スランはうーうー言いながらブラウン君の尻尾にぶら下がっている。
なんか楽しそうだ。
でもブラウン君の尻尾の付け根が伸びててちょっと痛そうだ。
ロントとスラン、ブラウン君をこの前のところまで連れて行く。
今日はブラウン君もそこそこの空腹度なので、終わったら先に帰ってても良いとだけ言っておいた。
ちなみに、今日は他の食いしん坊モンスターズは6匹だった。
所定の位置にスタンバイすると、ロントがふと顔を上げた。
「今日の精霊魔法は、昨日の人より強いな」
「分かるのか?」
「あぁ、ユーハほどじゃないけどな」
へー、俺も負けていられないな。
今日は二度目ということで、案内は無かった。
とっとと例の椅子の場所まで向かう。
例の椅子には、既に先客がいた。
お馴染みの緑色の髪だ。
エルフに間違いない。
昨日のエルフと違う髪型なので別人だが。
「な? いただろ?」
「嘘……」
ナナが固まった。
そしてよくよくそのエルフの髪を、横顔を見ていた。
次の瞬間、ナナが泣き崩れた。
「おい、どうしたんだよ」
「……ぁん」
「え?」
「この体の……お母さんだ……」
改めてそのエルフを見る。
エルフは、こちらの様子に気づいたのか立ち上がってこちらを見ていた。
確かに、エルフの里で土産屋をやっていた、ナナの母親だった。




