4.仲間に暇つぶしを
いつものように出発する。
食糧もいっぱい詰め込んでいるが、半分以上が食べたいだけの魚や貝だ。
氷使ってるとはいえ夏場だから保存も悪いだろう。
干物以外は今日の午後にも全部食べ切ってしまう予定だ。
人数も人数だしな。
そんな若干魚臭い客車の中は、再びライトベル講座が始まっていた。
ライトベルの言う事を、ナナがメモを取る。
前回に比べて、どんどん専門用語が多くなっている印象だ。
なんとなくだが、これからどういう所を改善しようとしてるのかは分かる。
全体的に威力を向上したり、魔法陣の種類を増やすという方向ではなく、単純に早く魔法陣を書く方法を勉強しているように見える。
簡略化させられるところはどこか。
複数の術式を統合させる事は出来ないか。
綺麗な字を書く方がいいのか、筆記体のように書けないか。
そんな感じのことを言っているように思う。
「……こっちの文字をこうすると」
「ほうほう」
「……それで、このままじゃ起動できないからこっちの術式を持ってくる」
「なるほど」
「……で、この場合更にどうしたらいいと思う?」
「えーっと……反対の術式を持って来て……」
「……違う、それだと効果がそこの術式の穴から漏れちゃう」
「あっそうか」
「……正解はこの線を延長すると……」
「おぉっ!」
なるほど、分からん。
しかし、確かに文字を書く量が減ってるように見える。
いや、これってもしかして……。
「これって、頂点が5つの星より、7つの星の魔法陣の方が効率いいんじゃないか?」
「え?」
「……その通り、でも応用の技術が入るから、次の機会に」
「はーい」
なるほど、ちょっと分かって来た気がする。
なんとなくだが。
「……それにしても、横から聞いてるだけで分かるなんて……」
「ぶーぶー」
「……流石だーりん」
「ダーリン!?」
思わず横目で客車内を見てしまったが、皆特に大きな反応が無かった。
いつものジョークだと思われたのだろう。
しかし、どうもロントの件で牽制されてるように受け取ってしまう。
《まぁ、実際ロントさんの件を牽制してるんじゃないですか? ライトベルさん》
《ポートがナナに、そしてナナが皆に言いふらしてたからねー》
フッとナナが目を逸らした。
と同時にポートが黙った。
あ、お前帰りが遅かったのはそういうことだったんだな。
「いやぁ、残念だなぁ」
「な、何が?」
ナナが少し怯えた様子でこちらを見る。
「ここ客車の中だからさ、色々出来ないからさ」
「色々!?」
あ、ポート。お前も覚えとけよ?
まずは前世で見た台所の黒き悪魔の映像をエンドレスで流してやる。
《ひぃ、白が、白が逆にぃ!》
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マーシュもそうだったが、ここは海が近いので潮風が気持ちいい。
特に大陸では北部に当たる為、北からの風で夏でも比較的涼しいといえば涼しい。
まぁそれでも暑いんですけどね。
涼しさを少しでも確保しようと、風を少しでも客車の中で通そうとする。
魔法陣の勉強は風に飛ばされないよう工夫をしているが、カードを使うマテリアルは一時休戦だ。
よって、全員割と暇だ。
忙しい中たまの休息というのはあれやこれやとやりたい事が出来る。
だが、今は移動中だ。
やりたい事もあまり出来ない。しかし時間はいくらでもある。
出来る事をやると言っても、もう大体やりつくした。
客車の中に図書館やらパソコンやら携帯やらがあればいいんだが、そんなものは当然ある訳がない。
それで何が始まるかというと、壮絶な弄りである。
具体的にはスランが一番標的になる。
「スランちゃん、ちょっと頭触らせてー」
「うー!」
スランの毛質は、何と言うか凄いもふもふだ。
犬に似てる毛質だが、当然お風呂にも入るのでツヤツヤである。
本人もその自覚があるようで、機嫌が良い時は触らせてくれる。
次に標的になるのは、カー君だ。
トロープとよく遊んでるが、よくナナにちょっかいをかけられている。
だが、基本的にはカー君も嫌な顔はしない。
たまに我慢の限界が超えて、凄い怒る時もあるが。
あとは互いに髪型を弄ってみたり、ライトベルの本を読んでたりと色々だ。
だが、俺にちょっかいをかけてくるケースも多い。
最たる例はリアの膝枕だが、俺の膝に座ったり、女子が俺の髪型を弄ったりすることもある。
いちゃいちゃしてると……まぁ言えなくもないんだろうか。
リアがそういう事をする機会が多かったが、最近はリアも空気を読んで他の女子に譲ったりする。
マイやトロープが構って来たり、ナナがフラッと俺の髪に蝶の髪留めを付けて、プッと笑って去ってったりとか。
だが、なんかトーノを出てからロントが参加する事も増えた。
以前膝枕に挑戦してみたりしたことがあったが、それ以来だな。
フラッと俺の膝の上に座って来て、そのままライトベルの持っている本を始めた。
女の子の匂いがする。
何というか、ロントの匂いとしか言いようがない。
あまり過度にイチャついてしまうと、リアとかマイが機嫌悪くなるのでほどほどにしておこう。
こういう時に、性欲が湧かないというのを有難く感じる時もある。
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《ユーハさん、餌です!》
「よし来た。起きてる奴はいるか?」
「はい!」
「うー!」
ポートが食材に出来るモンスターを検知した。
基本的にモンスターはスルーだが、進行方向にいるモンスターはどの道対処しなければならない。
ロントは寝ていたので、スランとマイを引き連れて客車から飛び出した。
俺らが向かった先にいたのは、茶色い4本足の動物だった。
しかし犬とは違い、大きな尻尾を持っている。
何だろうアレ。
《何だろうも何も、ユーハさんの世界に居たじゃないですか》
(いたか?)
《カンガルーですよ》
あー、確かによく見ればお腹に何か袋っぽいのがある。
確かにカンガルーだ。
まぁ日本にいない動物だし、すぐに気づけないのも無理はないな!
しかし、カンガルーか。
考えてみたら、明確な尻尾という武器がある奴だな。
強靭な足から繰り出されるキックも強烈だ。
モンスターになったということは普通のカンガルーより強いということだ。
もしかしたら、結構な強敵なのかもしれない。
だが、弓で射抜いてしまえば問題ない。
まだ距離があるが、一度足を止めてマイに合図をする。
マイは弓射程距離ギリギリで弓を構えた。
放たれた矢は……。
「当たった!」
「いえ、カスっただけみたいです」
「うー!」
だが、俺たちは精霊魔法の強化がある。
リカバリーなんていくらでも……。
(あ、あいつはえぇ!)
《まぁモンスターじゃない方でも原付ぐらいの速さはありますからね》
くっそ、とにかく追うぞ。
魚はもう食ってしまったし、今の内に食料を確保しておきたいところなんだ。
カンガルーを追って、森に入っていく。
何かカンガルー食うのって、ちょっと気が引けるな。
まぁトカゲとか食ってるから今更だし、何よりこっちじゃ凶暴生物なんだけどな。
「さて、奴はどこにいる?」
「うー!」
「あそこ……ですね」
カンガルーのモンスターはそれなりの大きさを持っている。
にも関わらず、木の上を飛び回っていた。
おいおい、あいつカンガルーじゃなかったのかよ!
《何かカンガルーの一種に、木の上で生活する奴がいるようですね》
(そんなのがいるのかよ、馬鹿に出来ねぇなカンガルー)
《なお、木の上に乗る奴はキノボリカンガルーと言って、ユーハさんの生きてた時代では絶滅危惧種だったみたいですよ》
(何か、そう言われると余計食べにくいな)
「うー!」
「あぁもう! 木に隠れてて全然仕留められません!」
「うわ! 尻尾あぶねぇ!」
カンガルーは、俺らにしては非常に苦戦した相手だった。
ちなみに、さっぱりとした牛肉みたいな味がした。




