11.強そうなものを作ってみよう
エレフトラは、最初歯を頑なに閉じていた。
ささやかな抵抗だろう。
そこで歯や歯茎を舐め回していると、やがて力が弱まった。
舌を絡ませる方向へチェンジ。
それと同時に彼女の耳を両手で塞ぐ。
こうする事でキスの音が頭に響いて色々と効くと前々世にどっかで読んだ気がする。
一度呼吸の為に顔を離しては、再びキスをする。
可能な限り濃厚に。
これは別にやりたいからではない。
濃厚なキスをするほど、俺も彼女も力が増すからだ。
決してやりたくてやってる訳じゃない。
ごめん、途中から楽しくなってつい乗り気になってしまったのは本当だ。
5分ぐらいだろうか。
体感だともっと長かった気がする。
それほど長いキスを終えてエレフトラから顔を離す。
……やべぇ、完全に目がとろーんとしてる。
完全にやりすぎた。放心状態になってる。
だが、後悔はしていない。
エレフトラの頬っぺたをペチペチと叩く。
「おーい、戻ってこーい」
「……ハッ」
「大丈夫か?」
「……ケダモノ」
「うっ……」
「ふん、まぁ力はバッチリ強くなったさ。まぁ見てな」
エレフトラの顔色が、すっかり元気になった。
徹夜明けの疲れがキスによってリセットされたのもあるだろう。
だが、迷いや悩みが吹っ切れたというのが大きいのではないだろうか。
「力を増した今だから分かる。ライトベルが言ってたのはコレだったんだねぇ」
「俺には分かんないけどな」
「魔法……ではない何かとしか言いようがないさ」
魔法ではない何か。
だが、恐らくチートの類でもない。
俺の前世は呪術師だった。
その俺の勘が言っている。これは呪いだ。
この世界のファンタジー要素のある呪術じゃない。
正真正銘、相手を貶める怨念のようなものが込められた呪いだ。
まぁ、そっちの呪いもファンタジーみたいなもんなんだけどな。
俺の持ってた呪いも結局はチートだし。
だが、原理は分からないがこちらも聖職者。
恐らく聖職者であることと、強い呪いが対抗したのだろう。
エレフトラはロザリオを掲げ、呪いを解除する。
その姿は今までと違う。
オーラが出ているような、後光が差しているような。
ユリンちゃんは今は発作が起きていない。
チャンスと言えるのか、それとも呪いが奥に入り込んで排除しにくいのか。
俺は精霊魔法でエレフトラの援護をする。
一向に解除の兆しは見えない。
エレフトラの表情も険しい。
だが、発作も起きていないのは事実だ。
効果は出ている。
「あの、あたしやる事ある?」
「おぉ、じゃあコレ持ってエレフトラに当てて」
「分かった」
ナナがいつの間にか中に入っていたらしい。
魔力結石を渡し、魔力の補充をお願いする。
意外にこの要員、大事なんだよな。
ナナはエレフトラに魔力結石を向けながら、こっそり俺にヒソヒソ声で話してきた。
「ねぇねぇ、コレ大丈夫なの?」
「うーん、相当厳しいみたいだな」
俺らには分からないので、もしかしたら半分ぐらい退治してるのかもしれない。
だが、エレフトラの表情を見る限りそうでも無さそうだ。
「何かよく分からないけど、パワーアップしたんでしょ? 何かもう一段階パワーアップする方法ないの?」
「まぁ、あるにはあるけど……」
「あるけど?」
「性交する事なんだよね」
「セイコウ?」
「性交。セックス。交尾」
「……っ!」
バチーンと良い音が鳴った。
見事なビンタだった。痛い。酷い。
「いや、俺のチートってそういうもんだからさ……」
「うっさい死ねっ!」
「酷い……」
「それにしても、このままじゃ押し負けるんじゃ?」
「確かにマズい流れだな」
「……任せて」
「ぅおうっ!」
ライトベルがいきなり後ろからヌッっと出て来た。
ドアの音がしなかったからすげービビった。
ライトベルは魔法陣を取り出すと、ユリンちゃんの胸の上に置いた。
呪いの弱体化自体は出来るのか。ただ、それだけではどうしようも無かったと。
俺はライトベルにも魔力強化の精霊魔法をかける。
ライトベルは呪術を発動させると、そっと俺の方へ戻って来た。
「……その子ともう1人の声は後で聞く」
「あぁ、助かる」
「え? この子分かるの?」
「良く分からんが、ポートの声も聞こえるらしい」
《ボクの声もですか?》
「……ばっちり」
《ほー》
それにしても、この状況は面白いな。
エレフトラが呪いを抑え、ライトベルが呪いを弱体化させ、俺が2人の魔力を強化する。
3人の魔法勢が一丸となって連携を取る。これは初めての事じゃないか?
「あのさ……」
「ん?」
「こんな時に言うのも何だけど、これって何て言うの?」
「……どういうこと?」
「お祓い……でもないじゃない」
「あー」
「教会の場合、洗礼って言うのかな?」
「洗礼は入信の時のじゃなかったっけ。ライトベル分かるか?」
「……さぁ」
《解呪とかじゃないですか?》
「あ、それっぽい気がする」
「俺としては何か違和感があるな」
「免罪符……は違うし」
《ボクはそういうの苦手だからなぁ……》
《ちょっと本スレ行って聞いてきますね》
「おぉ、助かる」
「……ほんすれ?」
「祝福とかは?」
「それも何か違わないか?」
《聞いてきました! 浄化が一番良いっぽいですね!》
「あー」
「なるほど」
《ふふん、やっぱりワタクシが一番役に立つんですね!》
「いや、そうは言ってないけどな」
……あれ?
声が1つ多いような……?
~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~
ぷぅ~ん ぷぅ~ん
《ちょっと、やめてください! モスキート音やめてください!》
「ん? モスキート? 俺横文字弱いからなー」
《蚊ですよ蚊! 脳内でぷぅ~んってやるのやめてください!》
ぷぅ~ん……ブゥン!
《ひぃ! 急に近づくアレやめてください!》
「で、何か言い残す事はないか」
《何がですか!》
「酷い目に遭ったんだぞ! お前がリミッターを再設定しなかったせいで!」
《あー……てへっ》
「てへっじゃねぇ!」
「すまない、静かにしてくれないかねぇ」
「あ、すいません」
怒られてしまった。
これもポートのせいだ。
それにしても、今日でちょうど有給が終わりだったんだなー。
すっかりコイツの存在を忘れてた。
《それで、大丈夫ですか? エレフトラさん、かなり微妙なところですよ?》
「そうなのか?」
「……エレフトラは強化されたばかり。私と違って前準備や心構えも無かったから、性能が安定してない」
「あー」
これでもまだ辛いのか。
どれだけ強い呪いなんだコレ。
「……そもそも、ターゲットが聖職者の妹って時点で異常。相手は解除を試みる事を前提に、非常に強力な呪いをかけた」
「なるほど……」
簡単に浄化出来ないように、強い呪いをかける。
つまりそれだけ強い使い手なんだろうなぁ。
どうでもいいけど浄化って言葉便利だな。
《せっかくだし祝福って言葉でもいいんですよ》
「…………」
キィーーーーーーーー! キィーーーーーーーー!
《ぎゃぁぁあああ、黒板に爪を立てる音やめてください!》
(じゃあ窓ガラスにしてやろう)
《いやぁぁあああ》
このままではまずい。
だが、ポートがいるってことは状況は変わった。
俺の強化が出来る。
(ポート、多分俺は今2人分の強化を残してるよな?)
《はい、精霊魔法の強化に使いますか?》
(それも良い案だが、他にやりたい事がある)
《やりたい事……ですか》
(あぁ)
俺はナフィでぐるぐると頭を悩ませていた時、ふと思いついた事がある。
ポートがいないからと白紙に戻した考えだが、今なら行けるはずだ。
(俺の強化2つ分を使って、新たな能力を創造する)
《おぉ!?》
(かっこいいと思わないか?)
《思います、思いますけど……》
こいつはチートに関して、ある程度融通を利かせられる立場のはずだ。
インスタントキスの際はそれが顕著だった。
だったら、新たな能力を作り上げるのも出来るだろう。
《やっぱり、どういうものか次第ですね》
(えーっと、こうこうこういう……)
《あー……それならいくつか制約をつければなんとか……》
能力の細かい調整を話し合う。
後々厄介な事になったら困るからな。
ポートの断片的な会話から、ナナとライトベルもその能力についての情報がちょいちょい入る。
《で、最後にユーハさん》
(何だ?)
《いわゆる必殺技というか、ここぞという時に使うものですよね》
(そうだな)
《詠唱しましょう!》
(えー)
うーん……。
いや、必須じゃないのは分かってる。
だが、一応ここは俺の無理を通してくれたポートの意見も尊重するか。
俺は、2人にかかっていた精霊魔法を解除した。
エレフトラはそれに気づいてこちらを見る。
気にせず詠唱っぽいポーズを取る。
ナナが噴き出した。
「神に与えられし複数の魂の力よ、我より解き放たれ、其の力をもって彼女に祝福を与えたまえ!」
次の瞬間、文字通りエレフトラが光った。
そして、俺は倒れた。
「……ユハ!」
「大丈夫……ナナ、俺に魔力結石向けてくれ」
「クックック……はい」
いつまでツボってるんだこいつ。
あぁ、ちょっと楽になった。
「あんた、何だい? これは」
「俺の力だよ。それでユリンちゃんを楽にしてやってくれ」
「あ、あぁ……」
まぁ、急に強い力を持ったんだ。
制御はちょっと難しいかもしれないな。
「ふぅ、ちょっと疲れた」
「で、あんた何したの?」
「ポートから聞いたんじゃなかったのか?」
「眠くてあんまり聞いてなかった」
「おい」
ようやく体が動くようになってきた。
なんとかして起き上がる。
「俺のハーレム作って増やした強化分を、エレフトラに貸したのさ」
「貸した?」
「あぁ」
成年男子よりやや弱いぐらいの俺の素体。
それが大侵攻の防衛に役に立つレベルの強力な魔法を習得する。
そんな、神が与えたとしか思えない強化。
それを俺のハーレム要員に時間限定で貸し付ける。
これが俺が2つの強化を消費して作り上げた能力だ。
俺の素体が強力な精霊魔法を使える程強くなる。
それなら、元から蘇生魔法を使える程のエレフトラがその恩恵を受けたら?
ライトベルが跪いた。
そして俺の手を取った。
「……ユハ」
「何だ?」
「……かっこよかった」
「あぁ、ありがとう」
確かに、俺を犠牲にしてるって感じがして良かったな。
まぁ実際結構辛いんだけどな。
俺は魔力の上限が一気に減る。ゼロになると言ってもいい。
しかし、俺が消費してしまった魔力は失われたままだ。
そこで、俺の魔力がマイナスになって動けなくなった。
正直かなりしんどい。
「……ほんとにかっこよかった。気に入った」
「気に入った?」
「……詠唱」
「あぁ、そっちか……」
こいつも中2の素質ありそうだもんな、仕方ないな。
とっさに考えた奴だけど、気に入って貰えて何よりだ。
やがて、エレフトラを包んでいた光は形を変えた。
まるで翼のように。
まるで病弱な娘を救いに舞い降りた、金髪の天使のように。