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牛頭のミノス  作者: RK
第一章
1/3

覚醒

* 章前


 魔獣と聞くと知能の低い生き物を連想するのではないか?

 主に魔人と魔獣を分けるのは知能の高さだ。

 それは人間と獣を分けるのと同じである。魔獣も獣も存在としてはほとんど変わらない。ただ、住んでいる地域が違うだけなのだ。

 獣は人の言葉を理解しない。よく訓練された獣は人の言葉を理解しているのではなく声の音階や大きさ、音の違いで判断しているにすぎない。

 また、魔獣は魔法を使えない。彼らはブレス等の体内に特殊な臓器を使った魔法のようなことが出来るだけだ。魔法を使う魔獣はいない。

 そう、居ないはずなのだ。


* 序


 アストラルゲートを境界とし人間と魔族の領土は隣り合って存在している。

 星の巡りによって起動するこの門によって人間と魔族の世界は隣り合っているのだ。

 地続きにあるわけではないので魔族領、即ち魔界へ行くにはこの門をくぐるしか方法はない。

 魔界と人間界の地形は非常に似通っていると魔界から生還した学者、ニコラス=クラウディオスによって証明された。まるで鏡に映したのような世界だったとは本人の言葉だ。

 そんな魔界と人間界との関係はあまり良くないのが現状だ。

 魔人達は豊かな自然を求め、人間達は良質な鉱物を求めた。

 魔人達に争う意思はなく交渉の場を持とうとしたが、人間達は魔人達を劣等種と蔑すんだ。

 人間達は甘く見ていたのだ。人間以外の知的な生命体に会ったことなど無いのだから当然と言えば当然である。

 魔人達もまた希望に縋りすぎていた。豊かな自然を持つ人間達は寛容なのではないかと。

 だが、人間は何処までも貪欲で魔人たちよりも奪うことを常としていた。

 和解という道、魔人達が交渉という手を差し出したにも関わらず人間は手を振り払ったのだ。

 それからというもの、アストラルゲート周辺は魔界、人間界の両世界とも厳重な警備態勢が敷かれている。

 これはそんな世界の話である。


* 一章


 意識がすっきりとする。

 今までこんなに頭がはっきりしていたことはあるだろうか?いやないだろう。

 思考はクリアで今なら難しい考えもできるかもしれない。

 だが、待て。昨日までの記憶がはっきりしない。

 俺は何だったか?今までこんなことを考えたことすらない。

 名前は?そんなものあっただろうか?

 わからない。

 そもそも突然意識が降ってわいたような、はじめてこの世に生を受けた気分だ。

 俺は自分の姿すらわからない。

 辺りを見回すと緑の木々に覆われている。葉っぱのさざめく音が心地良い。耳を澄ます。さざめきの中に川のせせらぎが聞こえてくる。どうやら近くに水場があるようだ。音を頼りに進んでいく。川は近くにあったようだ。そう時間がかからずにたどり着くことが出来た。

 川に自らの顔を映す。

 そこには醜い牛頭が映っていた。

 どうやら自分はミノタウロス種のようだ。突如頭に浮かんだ知識に驚く。

 ミノタウロスは牛の頭に人の体を持ったような魔獣だ。知能は低く言語も介さない。

 名前こそ似ているもののケンタウロスとミノタウロスは全くの別種である。

 だが、ミノタウロスである自分がこんな風になってしまったのか?

 何故だかわからない。そもそも自分の自我はつい先ほど生まれたようなものだ。

 思考に没頭するも理由など思いつくはずもない。

 ふと人間の匂いした。

 耳朶には鎧の擦れる音が聞こえる。つまり、武装しているということだ。

 自分はミノタウロス。人間から見れば害なす魔獣だ。姿を認められれば殺されてしまうかもしれない。

 しかし、何故こんなところに人間が居るのだ?

 ふと、そこで疑問に思い当たる。

 自分は顔を何に映した?

 川だ。

 魔界にあんなに澄んだ川はあっただろうか?

 いや、記憶はなくとも知識はある。該当する場所はない。

 そして人間。

 そこから推測されることはアストラルゲートの向こう。

 即ち、ここは人間界ということだ。

 自分はこの世界では異物である。異物は排除される定めだ。

 とりあえずここから逃げなくては…!

 音とは逆方向に駆けだす。

 人間よりも大きな身体。ミノタウロスの中では小柄な身体ではあるがそれでも人間よりは強靭な肉体だ。だが、人間とは違い鎧に身を包んでいるわけではない。

 矢に撃たれれば、剣で切られれば、魔法に当たれば傷を負う。

 それに四面楚歌の状況で人間と交戦するのは愚かな考えだ。

「あのウシ野郎何処に逃げやがった!?」

 人間達の声が聞こえる。

 今は洞窟に逃げ込みその入り口に岩を積み上げて覆い隠している。だが、その場しのぎでの突貫作業だったので完璧ではない。

「此方の方に逃げてきたはずなのですが…」

 先ほどの声とは違う声だ。声が徐々に近づいてくるのが分かる。

 心臓の鼓動が激しくなり、耳に響く。この音が人間に聞こえてしまうのではないかと錯覚を覚える。

「おい、あそこを見てみろよ」

「どれですか…。おやあそこに洞窟があるようですね」

「あそこに隠れてるんじゃねえのか?」

 人間達の言葉は分からない。だが、声が近くなっている。もうだめか…?そんな考えが頭をよぎる。

「いや、ミノタウロスに入り口を隠すような知能はありません。逃げ込んでいればもっと開けていて分かりやすいでしょう」

「そうだよな…。くっそ何処に逃げやがったんだ…!?」

「焦らないでください。焦ると見えるものも見落としてしまいますよ」

 声が遠ざかっていく。どうやら危機は去ったようだ。

 大きく息を吐く。

 これからどうするべきなのか、ミノタウロスだと分かってしまうこの外見ではすぐさま人間に襲われてしまうだろう。

 そして、言葉を理解しなくてはいけない。こうした思考を操ることはできるが言語を理解できない。

 どういう原理なのかはわからないがなぜかそうなのだ。

 意思を伝えるには言語が必要である。ここは人間界だから人間の言葉を覚えなくてはならない。

 それをするには人の街に行くのが一番だ。

 森を探索している内に朽ち果てた人間が居た。飢えて死んだのであろうその死体はかつて恰幅のいい男だったのだろう。

 体格は自分とそう大差ない程度、少し小さいくらいか。人間の中では相当大柄だったのだろう。

 その遺体から服を拝借する。このままでは申し訳ないので穴を掘り遺体を埋めてやる。石を置いて墓に見立てる。

 これで格好の問題はクリアした。だが自分のこの牛頭だけは隠すことが出来ない。どうすればいいのだろうか?

 覆面はどうだろうか?怪しまれるだろうが一目でミノタウロスと露見することはないだろう。

 落ちていた布を頭に巻きつける。呼吸は出来るようにしておき、目元は穴をあけて視界を確保する。

 これでパッと見は大柄の怪しい男だろう。ミノタウロスの外見よりは人間界に馴染むことが出来るだろう。

 それから暫くはアストラルゲートを目指した。衛兵に見つかる危険はあったが警戒しているのはアストラルゲートであり、人間界側は監視されていることはない。物陰に身を隠し言葉に意識を集中させていても気付かれる心配は無かった。

 ずっと人間の言葉を聞いていると次第に意味が分かってくる。小さな声で発音を真似る。それを幾度と繰り返し2週間ほどで言葉を習得できた。

 衛兵たちに心で感謝し、人間界の街へと向かった。

「ここが人間界か…」

 森を抜けるとそこは草原が広がっていた。

 魔界には見られない緑の光景。空は青く空気は澄んでいる。遠くには青い山が見える。

 ここは素晴らしい。魔界よりも…。

 だが、街のようなものは見えるは範囲に存在しない。

 人間はアストラルゲートの近くに街を築いていないようだ。

 人が歩くことで自然に出来た道を歩く。

 歩き続けるうちに向こうから人が来たようだ。

 体が強張る。自分が化物だと思われないだろうか…?

 だが怪しい行動をしては不審に思われてしまう。ここは堂々としていたほうが怪しまれる心配はないだろう。

 向こうから歩いてきたのは小柄(と言っても俺が190cm程度なので大抵の者は小柄に見える)の少女だった。

 大きなバスケットを抱えた少女は覆面をしたみすぼらしい格好の男を見て脚を止める。

 どうやら怖がらせてしまったようだ。

 それはそうだろう。こんな姿の物を見たら人間は、特に闘いに慣れていない女子供であれば恐怖心を抱くのは仕方のないことだ。

 俺は黙って道を開ける。

 少女はそれを見てぎこちなく会釈をすると横を通り過ぎた。

 その瞬間、うまそうな臭いが俺の鼻を刺激する。

 そして、腹がなった。

 そう言えば木の実で空腹を紛らわせていのだった。魚は火が使えないので食すことはしなかった。

 そんな状況であればうまそうな食べ物の匂いを嗅げば腹がなってしまうのも無理が無い。

 バスケット(・ ・ ・ ・)から漂う臭いには抗えない!

 俺の腹の音が大きかった。それはもう大きかった。どれくらいかと言うと少女の耳に届いてしまうくらいには大きな音だった。

 少女が余りの大きさに吃驚してしまうほどだ。

 目をまんまるく開いて此方を振り返る。

「もしかして…、お腹がすいています…?」

 恐る恐ると言った感じで俺に問いかけてくる。こんな怪しい風体の男に声をかけてくるなんて善良な娘なのだろう。もしくは危険を知らずに育ったのだろうか?

 少女の心配をしたがそれよりも質問に答えなくてはならない。

「ああ、実はとても腹が減っている。君のバスケットから漂ううまそうな匂いを嗅いだら我慢が出来なかった」

 覚えたての言葉で言う。怪しまれはしないだろうか?

 だがその心配は無用だった。少女はうまそうという言葉が嬉しかったのか先ほどまでの警戒心はどこかへ飛んで行ってしまったようだ。強張っていた表情は今やにこやかな笑顔に変わっていた。

「お、おいしそうですか?…実は初めて作ったお弁当なんです!あ、でもお母さんにも手伝ってもらったんですけど…。それを今からアストラルゲートの衛兵をしているお兄ちゃんに届けに行くんですよ!」

 褒められて嬉しそうに尻尾を振る子(ケルベロス)のようだと感じた。

「そうなのか。きっと上手いと言ってくれる」

 俺はそう答える。それならば急いでいるのだろう。少女に背を向けその場を後にする。

「あの…!」

 だが、少女の声が呼びとめてきた。少女を振り返る。

「よかったら家で食べて行きませんか?」

 願ってもない申し出だが…。

「大丈夫なのか?俺はこの通り怪しい風体の男なのだが…」

「大丈夫です!私、急いでお兄ちゃんにお弁当を届けてきますんでここで待ってて下さい!」

 そう言うや否や駆けだしていく。

「転ばないように気をつけたまえ!」

 そう言って叫ぶが一足遅かったようだ。少女は盛大に転んでいた。弁当は無事のようなので彼女の兄が昼食を食べ損ねることはないようだ。

 すぐに起き上がり照れたように笑うと早足でアストラルゲートの方向へ向かっていった。

 暫く岩に座って待っている。

 どれほど待っただろうか?

「すみませーん!」

 少女の声が聞こえてきた。そちらを振り向くと手を振りながら走ってくる姿が見えた。

 こちらも手を振り返す。

「すみません、お待たせしました!」

「いや、こちらこそ食事にありつけるのだ。感謝こそすれど恨むことはしない」

 そう言うと少女はにっこり笑った。太陽のように眩しい笑顔だなと思った。

 彼女の案内で家に向かう。彼女の歩調に合わせてゆっくりと歩く。自分にとっては遅い歩み。そういえばゆっくりとした歩みは牛歩というらしい。なぜそんな知識があるのかは知らないが牛頭の自分にはぴったりの言葉だと思った。

「そうだ!」

 少女が突序叫んだことでそんな思考から現実に戻される。 

「どうした?」

 一体どうしたのだろうかと気になって訊ねる。

「まだお名前をおたずねしていませんでした!私は二―ナっていいます!ここから少し歩いたところにあるミリシャ村に住んでます!あなたのお名前はなんですか!」

 そう訊ねられてうっと喉が詰まった。名前。人間は名前を大事にしている。

 知り合い友好を深めるには名前を知らなければ始まらない。

 だが、俺には名前がない。そこで俺は名前が無ければ自分でつければいいのだと思い至る。

 すぐに思いつく名前は…ミノタウロス、はそのまますぎる。

「ミノス…」

「ミノスさんですか!変わった名前ですねー」

 ふと口に出た言葉を名前と思ってくれたようだ。ミノス。即席にしてはいいかもしれない。

「ミノスさんはどうして覆面をしているんですか?」

 危機は去ったと思ったら再び襲ってきた!

「その、顔面に醜い傷があるんだ…」

 傷は嘘だが醜いのは本当だ。全部嘘ではない。

「そうなんですか…、すいません、気にしてるようなことを聞いてしまって…」

 しおらしくなられると罪悪感が湧いてくる。

「いや、気にしなくていい。こちらこそ怪しい風体で怖がらせてしまったようだからお互い様ということにしておこう」

 とフォローしておいた。二―ナは「そうですね…、ありがとうございます」といって朗らかに笑った。

 ニーナの家に着くまでに沢山のことを話した。

 俺がニーナに抱いた印象はよく笑う子というものだった。

 歩いている最中にまた腹の音がなる。

「あはは、お腹すいてるんでしたよね。少し急ぎましょう!」

「ありがたい」

 ニーナの笑い声。それによりこそばゆい気持ちになる。

 俺とニーナは少し小走りに、でもニーナを追い抜かないように調整して俺達は村へと続く道を進んでいった。

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