ひだまりの国 海底都市の謎 外伝 在りし日の海底都市
南の大陸からずっと北の海底に位置する海底都市。
この都市の北地区と呼ばれる場所に住む遠山心優は、この海底都市で生まれ育った。
そのため、彼女は地上というものを知らなかった。
この都市では、歴史の関係上から誰にでも苗字があるが、それが地上では一部の貴族のみだということすら知らないのだ。
こういった子供は心優に限ったことではない。
ほとんどの人間は、この都市の中で生まれ、この都市で一生を終える。
普通に考えれば、心優もその一人になるのだろう。
だが、心優には夢があった。
外の世界を見てみたい。
それは、彼女が小さなころからの夢であり、目標だった。
「心優ちゃん! おはよう!」
心優に話しかけたのは、彼女の同級生である冨山冬菜。
彼女たちは、今学校へ向かう通学路を歩いていたのだ。
「冬菜ちゃん。冬菜ちゃんは地上を見てみたいとか思わない?」
「地上? いやよ。お母さんたちが地上は危険だから危ないって言ってるもの」
冬菜はあからさまに嫌そうな顔をする。
地上は、危険で好き好んでいくような場所ではない。
これがこの都市の人間の考え方で、地上からの客に対してもあまりいい顔をしない。
そのせいか、この都市を統治している国はほかの国とのつながりは皆無に等しい。
「でも、地上は危険だって言われても、見てみたいものは見てみたいと思うけどな……」
「大体、地上に行くってどうやっていくの? たまに地上からくる船乗りにでも頼むの?」
地上との交流がないこの都市から、地上に出るのは容易ではない。
別の海底都市へ移動するだけなら、そういう専用の定期船があるのだが、この定期船は船というより潜水艦と表現した方が正しい。
「考えてなかった」
とりあえず地上に出るという考え以外なかった心優にとって、それは大きな障壁となっていた。
外からくる船乗りに頼むにしても、いつ来るかわからないし、大体は難破して迷い込んでくるのが大多数だ。
最初からこの国を目指してくる船など、50年に一度来るか来ないかぐらいだったはずだ。
「はぁ地上には行けないか……」
心優の幼い夢ははかなく散ってゆくのだった。
「そんなに落ち込まないでよ。地上に行かなくたって楽しいことはあるんだから」
「そうだね。そうだ! 今日、学校が終わったら遊びに行っていい?」
「うん。いいよ! お母さんに話してみる!」
心優と冬菜は、仲良く手をつないで歩いてゆく。
たとえ、地上の光の届かないこの都市で暮らしていこうとも、太陽のような子供たちの笑顔が見られる都市……これが、アトランタという名の海底都市だった。
海底都市自体は、大きく分けて東西南北で四つの地区に分かれている。
そのうちの北地区と呼ばれる場所は、アトランタと呼ばれているこの都市の中でも特に発展している場所だ。
何でも、アトランティスの国営施設とアトランタの公営施設は、基本的に南地区と呼ばれる場所で管理していて、地区ごとにシステムが分かれているらしい。
これはあくまで聞いた話なのだが、アトランティスには緊急対応マニュアルと呼ばれるものがあるらしく、何かがあった場合、システムから切り離されて見捨てられることもあるという。
海底都市に住まう人々は、そんなリスクとともに暮らしているのだ。
このことは、学校を始め、親からも耳にタコができるほど聞かされるため、たとえ子供でも知っている話だ。
よっぽどのシステムトラブルでもない限り、そのレベルの緊急対応マニュアルが発動することはないし、これまで発令されたことはないという。
たぶん、これからもそんな平和は日々が続くことであろう。
その平和が一番の幸せなのだと思い知らされるその日まで……
今回は、「ひだまりの国 海底都市の謎」で書けなかった設定等を主要人物とは関係ない住人の視点で書きました。
読んでいただきありがとうございました。