消しゴムのカスを集めて巨大な練ケシを作成しはじめてから早15年
クソタンクは己の意志とは関係なく、順調に大気圏を突破しようとしていた。
「(ちくしょう、まともに息ができねえ)」
「(しかし、元の姿に戻る為とはいえ、何でいきなりロケットになって宇宙になんていかなきゃならねーんだ?)」
「(この設定、かなり無理があるんじゃ……)」
元々、設定などあってなきようなもの。そんな事に逡巡するだけ時間の無駄だという事が無能で無知で貧乏で貧相なクソタンクには理解できなかった。
「(くそ、相変わらず酷い言われようだな、てか宇宙に出ちゃったら息できないんじゃ……、いやそれ以前の問題か、生身で宇宙空間とか、大丈夫なのか?)」
クソタンクの身体は高位事象変化を遂げている為、宇宙空間に出ても生身で生きることができる。それどころか、宇宙空間でしかできない技もあるぐらいだ。問題があるとすれば食糧が無いことぐらいだろう。
「(俺のボディはそこまで人間離れした強さになっていたのか……。腕が8本に頭は二つ、下半身はロケットだからな、ある意味納得か……)」
地上を遥か遠くに見下ろし、感慨に耽るクソタンク。
「(実質滞在期間、かなり短かった上に、ほとんど逃げ回って終わったな……地上。宇宙に出て少しマシになれば良いが)」
地球の重力を振り切ろうとしているというのに、クソタンクは呑気にそんな事を考えていた。すると突然、背中に凄まじい衝撃を受け、吹っ飛ばされる。
「なっ!? なんだ!?」
いつの間にか可能になったロケットの出力調整をしながら振り返ると、そこには豚、のような生き物がいた。
「なっ!? なんだ!?」
困惑したクソタンクは、同じ台詞を二度も吐いて混乱する。何故ならその豚のような生き物は、確かに胴体や頭部分は豚の姿に酷似しているのだが、四肢がとんでもなく長く、5~6メートルはありそうだった。
尚且つその長い脚は豚の体重を支えるにはあまりに貧弱な程に細く、その先端はまるで人間の指のようなものが備わっている。
「てか、どうやって飛んでるんだこの豚は、いや、豚なのか?」
思わず問いかけてしまうクソタンクだったが、意外にも返答が返ってきた。
「失礼な奴だ、私の名は気狂いチャーシュー、幾多の変身を遂げ今に至るのだが、異様な上に不便なので元の姿に戻ろうと宇宙へ飛び立ったところだ。すなわち豚ではない。超能力で飛んでいるだけだ」
そのネーミングに何か共感するものを感じたクソタンクは、自己紹介をはじめる。
「そうか、済まなかった(てかチャーシューって豚じゃなかったっけ?)俺の名はクソタンク、見ての通りの変態中年だ。まだ一回しか変身してないけど、不便すぎるんで元に戻ろうとしているところだ。ちなみに推進力はロケットだ」
「成程、確かにその腕の本数は無駄そうだし、双頭であるのも……というか全体的に気味が悪いな、しかも下半身がロケットのままでは、元に戻らなければ地上では生きていけまい」
「ところで、あなたは何故そんな姿に変身する羽目になったんだ?」
「私はもともと、数年置きに変身する体質だったのだ、不定期でな。だが段々と変身の度合が酷くなり、遂に人型でなくなってしまった。次の変身を待とうかとも思ったが、また悪化しても困るからな、一か八か宇宙に出る事にしたのだ」
「そういうことだったのか、強制的に変身しちまうのは、俺と同じような感じかもしれないな」
「ふん、和やかに話す分には構わないが、どうやら貴様は知らないようだな」
「なに? どういう事だ」
「今の宇宙には、私や貴様のような元の姿に戻ろうとする異形の者ども集結しつつある。だが、元の姿に戻れるのはその中の一人だけなのだ」
「じゃあ、宇宙に出たからといって必ず元の姿に戻れるわけじゃないのか!?」
「そうだ、それどころか命の危険すらある」
「まあ、宇宙空間に生身で出るんだしな、そりゃあるだろう」
「そういうことではない、先ほど私は、事前にライバルを減らす為に、お前を墜落させようとワザと背後から衝突したのだ」
「なんだって、そんな卑怯な手段で妨害するのが当たり前になっているってことか?」
「その通りだ、知略謀略の限りを尽くし、張り巡らされた無数の罠を掻い潜った選ばれし者だけが、月の裏側で開催されるトーナメントに参加する権利を得るのだ」
「成程、やたら無駄に詳細な説明、礼を言う」
「なに、気にするな、私の体当たりを受けてその様子ならば、宇宙に出てもしばらくは問題なかろう」
「だといいけどな……、予想していたよりも状況が酷い、あまり深く考えるのはよしておくよ」
「? まあ良い、それでは一足先に行くぞ、月の裏側で会おう!!」
そういうと、気狂いチャーシューは独特の風切り音を残して遥か彼方へ飛び去っていった。
「行っちまったか、参ったな、トーナメントって何なんだ? なんか急にやる気なくなってきたな……。あらゆるジャンルにおいて、争って勝てる気しないし。地上に戻って寝てた方が懸命だな」
途方もない展開に心が折れたクソタンクは、地上に降りて寝る事にした。
胃腸が弱い