遂にちぎれ飛んでいったのは俺の……
なんだこれ……
上条ハゲすべり(49歳無職前科持ち変態小太り中年)は、武装宗教団体「上条ハゲすべりを去勢する会」に追われていた。
彼が何か悪い事をしたわけではない。
その世界は僅か数分前に誕生し、物語ははじまったのだ。
「その物語が何で俺を去勢する事をストーリーの軸にしてんだよ。ありえねーよ」
上条ハゲすべりは、迫りくる去勢の脅威から逃れる為、仲間を置いて逃げたのだ。
勢いよく逃げ出したものの、日ごろ運動不足の身体では僅かな時間を走りきることすらできない。すぐに息が切れ、倒れ込みそうになりながら、膝を掴んで必死に重力に耐えた。
「くそっ!…… はっ!…… はっ! ……(声が出せない、思考もまとまらない、このままでは捕まって去勢されてしまう……!!)」
その時、上条ハゲすべりは、気付く。
「(だが待て、俺は仮にも物語の主人公だ……、去勢されたとしても、後で魔法で復活したりして、ご都合的に結局元に戻るんじゃないのか? まさかオカマキャラのエピソードってわけでもあるまいし……、 さすがに去勢済みの男性主人公でファンタジーはないだろう……)」
愚かなことに彼は自分を物語の主人公だと勘違いしていた。
そして、去勢されたものは決して二度と戻ってくるような事は、断じてない。
「(くそっ! 主人公じゃねーのかよ! 勘違いしても仕方ないぐらいにいじられてるんだよこっちは!!)」
ひとしきり心の中で悪態を吐いた上条ハゲすべりだったが、状況は全く好転していない。やがて追ってきた武装宗教団体に取り押さえられてしまう。
「(ちくしょう……、捕まっちまった……。てか、上条ハゲすべりを去勢する会って、俺を去勢することだけがアイデンティティーの団体なんて反則だろう)」
去勢、という言葉が口癖になりつつある上条ハゲすべり。ここにきて、最大の窮地が訪れようとしていた。
「おい、アンタら……、俺を去勢してどうしようっていうんだ? 何の特にもならんだろ?」
命を乞うように、説得を試みたが、集団の先頭にいる男からの返答は意外なものだった。
「我々は、貴様を去勢する事を中心教義としている団体だ。後には引けん。拒否権があるなら拒否したいという気持ちは一緒だ。考えてもみろ。この教義で集まった団体の集会や会話というものを、貴様は我々が喜んで貴様を追っているとでも思っていたのか?」
「っ!! 嫌々だったのか……。それでも仕方ないから、俺を去勢しようと……?」
「左様、誰も好きでこんな集団を組織したりしない。まして武装など……」
「かと言って、分かりましたと言うわけにはいかない……」
上条ハゲすべりは、必死に抵抗したが、多勢に無勢、瞬く間に指先一つ動かせないように拘束されてしまう。
そのまま仰向けに寝かされ、無理矢理に猿ぐつわを噛まされた。
「これより、去勢の義を執り行う!!」
高らかな宣誓と共に、大空が広がり、太陽と月が昇った。
「(何でこんなに壮大なんだよ……?)」
いくら突っ込んだところで、状況は変わらない。粛々と義は進められていく。
「そこまでだ!」
集団は、一斉に声のする方へ向き直った、そこに姿を現したのは。
「(佐藤ドブモグラ……、助けにきてくれたのか?)」
「何だ貴様は? 我々の邪魔をしようと言うのか?」
「ああ、俺の大魔法はその為にあると言っても過言ではないのでね……。いや、この時の為だけに存在するんだ、他に使い道ないし」
「ほう、魔法で上条ハゲすべりを救おうというのか」
「そうだ、もし駄目だったら、諦める」
「(諦めんのかよ!? 助けてくれよ!?)」
「よかろう、我々の恐ろしさ、とくと目に刻むが良い」
そういいながら宗教団体が用意した武器はロケットランチャーだった。
「(それ去勢の道具じゃないっしょ? 絶対違うっしょ?)」
「その程度の道具で、俺の大魔法を打ち破れるとでも? ふふ、侮ったな。俺の魔法はその程度の威力であれば絶対に破れない。股間だけは絶対に無傷だろう、股間だけは」
「(え、じゃ、俺、その場に無傷の股間だけ残して他吹っ飛んじゃうわけ?)」
「ふん、試せば分かる事だ、用意しろ!!!」
上条ハゲすべりは気絶しそうになりながら、構えられたロケットランチャーを見据えた。
ナニコレ……。