恋海
「うわあ、なんか凄いタイトル付けられてそうなんだけど……」
牧野小春は上品に呟いた。
「仕方ないだろ、思いつきの即興で文章を書くことにチャレンジしてるんだ、脈絡なんて保障できないさ」
新庄ハゲすべりは牧野に要点を説明する。
「ほらな、見て見ろよ、俺の名前なんて新庄ハゲすべりだぞ? 適当っていうより、最早悪意があるとしか思えねーよ、どういうキャラを想定したら、こんな悲しい名前を背負ってかんきゃならないんだよ」
「突っ込みキャラじゃない?」
牧野小春は冷静に諭した。
諭された新庄ハゲすべりは泣きそうなぐらいに顔を歪め、無意味にあさっての方を向きながら己の運命を呪った。
「んで、この後の展開はどうなるんだ?」
「とりあえず、新城君が私に素手で去勢されるみたいだよ?」
「……」
「マジか……?」
「たぶん、マジ」
「だって唐突すぎね? てかなに去勢って? 趣味なの?」
「私に聞かれても……。大体私だって素手で去勢なんて嫌だよ?」
「ありえねーだろ、どんだけ俺の事嫌いなんだよ? まだ何の設定もされてないのに、どうしてだよ?」
ついに新庄ハゲすべりは己の運命を前に、無様に泣き崩れた。
「一応、私は今年の春に高校生になったばかりの美少女JKって設定で、新城君は、性癖が原因で何度も逮捕歴のある無職、家族なしの小太りな変態中年(49)って設定みたいだね」
「救いなさすぎだろ……。 しかも年齢的にどこから挽回したらいいのか見当もつかねーよ。せいぜい痩せるぐらいか?」
一通り絶望した新城ハゲすべりは、今の空間が定まりつつあることを察知した。
「やべえ、なんか少し設定されただけで世界観が確定しちまう、つーか放っといたら俺、間もなく去勢されちまうんだよな?」
「うん、私も変態中年の去勢なんて良いことなのか悪い事なのか分からないけど、気持ちの悪いことしたくないけど、仕方ないよね」
新庄ハゲすべりは考えた。百歩譲って、無職の変態中年(49)は良いとしよう、しかしどうしても去勢だけは嫌だ。そうする事によって変態ではなくなるかもしれないが、それ以上に何者か分からなくなってしまう。いや、或いは別種の変態として生まれ変わるのかもしれないが、どう考えても前向きな考えにならない。だが考えるんだ、チャンスはあるはずだ、何故なら世界はまだ確定しきっていない。ならば、できる事は一つ。
「よう佐藤ドブモグラ? 久しぶりじゃないか、大魔法の研究は捗っているか?」
新城ハゲすべりは、何も存在しない空間に向かって話しかけた。
「おう、もう研究は片付いたぜ、古代の大魔法、去勢防御呪文のな」
「!!」
突如として、二人の目の前に第三の登場人物が現れた。それも、新城ハゲすべりを去勢から救ってくれそうな。
「小春よ……。残念だったな、この通りだ、もう俺を去勢することはできない」
「いや、元々私そんな乗り気じゃないし、てか自分のピンチを救ってくれた友人にドブモグラって酷くないかな?」
「いや、ドブもモグラも悪口じゃないからな、それに友人なら俺と同列の苦しみを共有しても良いはずだ」
「でも、ドブモグラさんは超絶美男子で青年実業家で大魔導師みたいだけど……」
「え!? それ本当かよ佐藤ドブモグラ!?」
「いや、なんか悪いな……。そういうことだ」
バツが悪いといった表情で俯く佐藤ドブモグラ。辺りに気まずい空気が流れる。
その空気を破ったのは牧野小春だった。
「でも、これで大体の世界観は決まったんじゃないかな? 学校があって、魔法があって、ファンタジー系になりそうだね」
「いくらファンタジーになったって俺、変態中年だし、まあ去勢されずに済んだだけマシと考えるか……」
安心して一息ついた新城の前に、突如として謎の大群が現れた。
「何だこいつら、唐突に現れやがった?」
「くっ、こいつらは!? おい、新城はやく逃げるんだ!!」
「ドブモグラ? どうしたっていうんだ? こいつらの事知っているのか?」
「ああ、こいつらは新城ハゲすべりを去勢する会という新興宗教共で、武装集団でもあることから国からも警戒されているヤバイ連中だ、俺の大魔法をもってしても、お前を護り切れるか分からん!!」
武装集団と対峙する3人の間に沈黙が流れ、やがて新城ハゲすべりが呟いた。
「なんにしても小春、お前はお役御免みたいだな、良かったな」
「そうだね、でも新城ハゲすべりはこれからも頑張ってね? 去勢されても」
新庄ハゲすべりは、素早く後方へ振り返り、そのまま走り出した。
なにこれ……。