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老婆と化粧

やっぱり長くなってしまいました。勘弁してください。

「まぁ…この話はここで終わりだけどね。」

「そうか。」

老婆は少しだけ瞳にたまった涙をこぼれる前に拭った。

「涸れるほど泣いたと思っても、涙は出てくるもんだね。」

鼻を啜りながら老婆は笑う。

「生きていれば涙が涸れることはない。」

生理現象。あたりまえのことだ。

「そうね。でも…じゃあこうやって昔話に涙できるのも後少ししかないのね。」

老婆の表情は笑顔だがそれが本心でない事は私にでもわかる。

「向こうでも変わらない。」

「え?」

「肉体が消えても魂は消えない。」

「そうなの…」

「あぁ、そうさ。」

「ありがとうね。」

慰めたつもりはない。ただ事実を言っただけだったがこの老婆にはそれが救いだったようだ。

「向こうでアタシはどれくらいいられるの?」

「終わるまで。」

「なにが?」

「知らない。」

「あら…そう。」

何かが終わるまで。そう伝えようとしたところで、ふと疑問が浮かんできた。


「幸せな人生だったのか?」

聞いたところで私に何か有意義な事があるわけではないが、ただ聞いてみたかった。

「どうして?」

「死んだ後の事ばかりきく。」

「そうねぇ…」

少しだけ考える間を空けた老婆だったが、この問いに他に答がないかのようにはっきりと答えた。

「私にはもったいない人生だったわ。」

どうやら今度の笑顔に嘘はないようだ。

それから老婆はこれまでの人生を振り返り始めた。



あの手紙を読んでから、私はずっと泣き続けたわ。

だってそうでしょ?今思えばひどい話よ。

あんな手紙を残されて、それで自分の事は忘れて新しい人生をだなんてあんまりでしょ?忘れられるわけないじゃない。

それからはずっと悲しみの中日々明け暮れていたの。

でもある日。夜道を歩いていたときにふと思い出したの。復興の道を行く生活の中、疲れと悲しみでずっと足元ばかり見ていたから気がつかなかった。夜空の星を。

ああ、このままじゃいけないんだって。あの人はあんなにも私の幸せを思ってくれていたのに、今の私じゃあの人に申し訳ないって。

それから少ししておとうさんに…私の旦那様に出会ったの。

優しい人だった、結婚するまでそんなに時間はかからなかった。

それから二人の子宝にも恵まれた。おとうさんったら一人目が生まれた時の変わりようはすごかったのよ。酒もタバコも、女は元々しない人だったけど、全部の遊びをやめて子供にべったりで。

思春期は大変だった。兄弟喧嘩におとうさんが割って入って、そのまま三人で取っ組み合いになんてしょっちゅう。障子や窓ガラスを張り替えない月なんてなかったの。

そんな二人も大人になってこの家から巣立って行った日。こっそり泣いていたのもおとうさん。

二人の結婚式で、声を大にして泣いていたのもおとうさん。

そんな人と過ごしたこの人生が幸せでなかったはずがない。




そう言い終わると、老婆は口を閉じた。私もとりわけ話す理由もなかったのでその沈黙をまもった。

「昔より狭くなった空に星がでると、今では二人の事を思い出すの。あの人と、おとうさんの事を。」

「そうか…。」

人はみな思い出と思い出の積み重ねで生きていく生き物で、その思い出の一つ一つが人の幸せを作っていく、と、昔誰かからきいたが、忘れた。

ただ確かにこの老婆においてはそういうことなのだろう。

「神様に感謝しなきゃいけないね。」

「その必要はない。」

「どうして?」

「あいつは何もしない。」

「知っているの?」

「私の上司だ。」

「あら、まぁ。」

何が可笑しいのか、老婆は腹を抱え笑い出した。わけがわからず怪訝な顔をしている私を見ると、またさらに吹き出していた。

「ああ、可笑しい。」

「なにが?」

「ふふ、別になんでも。」

そう無邪気に笑う老婆はまるで昔に戻っているように見えた。

「ふぅ、さてそろそろ寝ようかね。もうこんな時間だ。」

時計はまだ10時を過ぎたばかり。

「やはり老婆は老婆。」

私が小声でそう呟いていると、なぜか老婆は立ち上がり化粧台の方へ歩いて行った。

「寝るんじゃないのか?」

「その前にお化粧しておくのよ。いつ向こうに行ってもいいようにね。」

「なぜ?」

「みっともない顔で行きたくはないもの。」

そう言うと老婆は鏡に向い化粧をし始めた。

「あまり綺麗にしていくと向こうに行ったときに大変だ。」

「どうして?」

鏡越しに顔を白く塗った老婆が訪ねてきた。

「手紙の男と旦那のあんたの取り合いが激化する。」

「ふふっ、そうね。」

そう微笑みながら振り返った老婆の顔が、化粧のせいか知らないが、一瞬若い美しい女に見えたのは刹那に見た幻か。化粧も終わり立ち上がった姿はやはり老婆だった。


「それじゃあおやすみ。」


老婆は眠りにつき、

そして、

次の朝、目覚めることはなかった。


老婆の寝顔はこれまでの人生そのもののようだ。


さあ逝こうか。あんたの魂も、その積み重ねた思い出も、責任持って送り届けるよ。

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