老婆と死神
しょっぱなから長くなってしまいました。勘弁してください。
事故だの自殺だの病気だの、毎日どこかで人が死ぬ。
どこで誰が死のうが勝手だが、私たちの仕事が増えるのは困る。特に最近は先に上げた死が多い。人にはちゃんと寿命が用意されているというのに。まぁ、知ったことではないが。
しかし、今回迎えにいく人間はそんな天寿を全うして逝く者だ。
80歳の老婆。今ではこれくらい普通だろうが、大昔にしたら大往生。これだけ生きた老人ならギャアギャア喚かないからいい。人間は死ぬとわかった途端に喚き出す。そんなに死ぬのが嫌なら何故生きている間に命を削るような事ばかりしているのか。理解に苦しむ。
まぁ、死の無い私がそれを理解出来るかは知らないが。
Case.1片山 トミ子。
80歳。
数日以内に死去。
主人に先立たれてもう10年。息子二人も家庭を持ち、今ではこの家に一人。唯一の楽しみは年に数回しか来ない孫の顔を見ることくらい。
「ふぅ…」
沈む気持ちをお茶と一緒に流し込む。ふと、何の気なしに外を見る。
「片山 トミ子。」
庭に男が一人立っている。急に名前を呼ばれ心臓が止まりかけた。
「誰!?」
最近年寄りの一人暮しがよく狙われている。だとしたらこれはマズイんじゃないかしら。
「と、盗る物なんて何もないわよ!?け、警察!警察呼ぶからね!」
「迎えにきた。」
わたしがすごい剣幕で叫んでいるのに、男は表情一つ変えずに一言そう呟いた。
「な、何わけのわからないこと言ってるの!?か…はぁ…か、帰って、ち、ちょうだい!はぁ…」
「おたくは数日以内に死ぬ。」
「はぁ…はぁ…何を……言って……はぁ…」
急に大きな声を出してしまったから胸が苦しい。頭がクラクラする。歳はとりたくないわね…
「死に急ぐのは勝手だが、少し落ち着け。」
淡々と話す若者は、やはり表情を変えず立っている。まるで生きている人を見ている気がしない。それどころかそこに立っている気すらしない。
「あなた何者?」
まだ荒い呼吸を落ち着かせながら男にたずねる。
「おたくの魂を運んでいく。そういう存在。」
「は?」
少し後ずさるわたしを見ながら若者は淡々と続けた。
「おたくは数日以内に死ぬ。それまで私は何もしない。」
「は?」
いまいち理解できないわたしを見て、面倒なのかため息をひとつついてから、若者は説明してくれた。
どうやらわたしはもうすぐ死ぬみたい。はいそうですかと信じられるわけないけれど、どうしてか信じられないわけでもない。
「で、わたしはどれくらいで死ぬの?」
「教えないことにしている。」
「どうして?知りたいじゃない。」
「知ったところで何も変わらない。だから教えない。」
「ケチねぇ。」
答える気はないみたい。それにしても、家に上げて居間に通しても何で立ったままなのかしら。
「ねえ、座ったら?」
「必要無い。」
「気になるのよ。それともう一つ聞いていい?」
「かまわない。」
「わたしが連れていかれるの所はどんなとこ?やっぱり天国かしら?」
「そんなものはない。」
「じゃあどんな所?」
「何も無い。ただ魂だけが在る所。」
てっきり天国にでも連れて行ってもらえると思っていたのに、なんだか拍子抜だけど。まあいいわ。
「これから買い物に行くんだけど、付いて来てくれない?」
「なぜ?」」
「夕飯の材料、二人分だから重いのよ。」
「私は何も食べなくても問題無い。」
「そんなこと言わないで、ほら。」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
この老婆の所へ来て数日。毎日私のぶんまで食事を作る。必要無いと言ったはずだが。理解に苦しむ。
いつも思う。人間は不思議な生き物だ。姿形は私と全くと同じなのに。そもそも永遠に終わりの無い私では理解できないだけなのか。知らないが。
「今日くらい座って一緒に御飯を食べましょうよ。」
「必要無い。」
「そんなこと言わないで、ほら。」
この数日、毎日この繰り返しだ。まぁ、今日くらいは聞き入れよう。
これがこの老婆の最後の晩餐だ。
「あら、どういう風の吹きまわし?」
席につくなり老婆は明るい表情でそうたずねてきた。
「別に。」
意味は無い。ただの気まぐれ。それだけ。
それから机の上に並べられた物を満遍なく食べさせられ、必要以上に食べるはめになった。
「おたくは家族に知らせないのか?死ぬこと。」
「ええ、変な心配かけたくないから。」
「そうか。」
食事も終わり、もう老婆の睡眠の時間になった。
この老婆は毎日8時過ぎには眠る。早い。眠る必要の無い私も思う。早すぎる。
老婆が眠れば向こうへ連れていくことになる。そう思い寝室を覗いてみる。すると老婆は枕もとに座り、一枚の手紙をじっと眺めていた。
「それは?大切な物なら一緒に向こうへ連れて行くことも出来るが。」
「そんなこと出来るの?」
「可能だ。」
「そうなの。でもいいわ。これを書いた人はきっと向こうにいるから」
まぁ、いるだろう。
手紙を見るにずいぶんと古い物のようだ。
「ずっと昔にもらった物なの。戦争中にね…」
そういうと老婆は過去を語りだした。手紙の向こうに何かが見えているのだろうか。そんな目をしながら。