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7.光陰

 オープンしてようやく十日が経ったばかりの『占いの門』は、店主の美貌が幸いして、客の入りはいい。

 お客様の九十パーセントは女性。男性の姿は見ないでもないけれど、付き添いであることがほとんどだから、百パーセント女性客といってもいいかな。

 女の子達の、こうした情報の早さには同性ながら感心してしまう。

 とはいえ、ユエル様が何らかの情報工作を行ったのは確かだ。そうでなければ、こんな奥まった所まで観光客は流れてこないと思う。

「ネットを利用した口コミの伝播の速さは驚嘆に値するね。廃れるのも早かろうが、それはそれで都合がいい」

 ユエル様は、どうやら不動産会社の社員に、インターネットを利用した宣伝を依頼したらしい。依頼というか、たぶん幻術を使って情報操作を“させた”のだろう。

 そうした行為に及ぶユエル様を、咎めようなどとは思わない。

 とまどってしまう気持ちはあるけれど、こうして生きていくためには必要なことなのだから。



 わたし達が仮住まいにしている屋敷は、とある不動産会社を仲介に購入したものだ。きちんと購入したのかどうかもあやしい所だけど、そのあたりは敢えて訊かないことにしている。心配げな顔をしてたらしいわたしに、ユエル様は「支払うべき代金は支払ってあるよ」と知らせてくれたから、それは信じている。

 きっと、ごく普通に購入するとなったらとんでもない高額の値がつくだろうこの屋敷は何度か転売され、所有者がころころ変わり、そうして数年前に売却されたものらしい。

 古くて美しい建物だけど、歴史的価値が低いからなのか、文化財に指定されるでもなく、当然観光案内にも載っていない。不動産会社の一押し物件(ユエル様曰く、わけあり物件)だったようだけど、大々的に宣伝されていたわけでもなく、観光のメインスポットからも若干離れている。だから生活用品などを買いに出かける時はちょっと不便だ。

「わざわざ買いに出かける必要はないのに。電話線は繋げてあるから、要る物はここまで運ばせたらいい」

 出不精のユエル様はそう言うけれど、そもそも要る物が売っている店の電話番号が分からないじゃないですか。それに一度出向いて品質を確かめないと迂闊に購入できません。わたしがそう口答えをすると、ユエル様は「それもそうか」と笑い、「では、出掛ける時はタクシーを呼ぶといい。タクシー会社の電話番号は分かっているから」と言い添えた。

 タクシーなんて勿体ない。歩いていけなくもない距離ですから、ちょっと買い物くらいは徒歩で行きますと、またしても反駁してしまったら、ユエル様はため息まじりに、「ミズカの好きにしたらいい」とこぼした。

 ユエル様の好意を無下に断ってしまったことに気がついて、わたしは慌てて謝罪した。けれどユエル様は別段機嫌を損ねた風ではなく、「無理をしない程度にね」と微笑みを返してくれた。そして、気をつけなさい、とも。

 人間とは別の存在であるわたし達は、それを気取られないよう、常に人目を気にしていなければならない。

「そう神経質になることもないが、気をつけるにこしたことはない。後始末が面倒だからね」

 現代社会では留意しておかねばならないことが多いと、ユエル様は何度かわたしに注意を促した。「七面倒な世の中になったものだ」と苦笑しつつ。

 わたし達が気をつけねばならない事柄の一つに、「写真」がある。ビデオカメラなども、そう。

 わたし達は鏡には映るのに、何故か写真に写らない時がある。どうしてかわからないけど、写ったり写らなかったりする。服だけは映っているのに“本体”の部分だけが消えていたり半透明になっていたり。

 ユエル様は「波長の問題だろうね」と言っていた。カメラやビデオの性能の問題ではないみたい。

 詳しい説明を求めたとして、きっとユエル様の説明には、わたしでは理解できない語彙が並ぶに違いない。なので、あえて深く追求しないことにした。ものぐさなんて単語は、この際、消去!

 わたしがユエル様に言われて了解したのは、「客に、写真を撮るなとあらかじめ断っておくように」ということ。

 ということで、来店時、カメラ撮影はお断りしている。

 昨今は「携帯電話」なる代物にカメラの機能は当たり前のように付加されているから、そちらでの撮影はお断りしている。デジタルカメラでも、もちろん。

 なので、携帯電話の電源も極力切ってもらうようにお願いしている。

「ユエル様のお気を乱さないためにです」と説明したら、大抵の女の子達は素直に納得してくれた。

 さすがユエル様。美青年効果、ばっちりだ。

 他に何か使えることがあればいいのになぁ、「美青年効果」。

 女の子達を騒がせたりおとなしくさせたりするだけじゃなくて。

 有効活用できたらいいのに、「美青年効果」。……他の、良い活用方法はちっとも思いつかないけれど。

 わたしの独り言を傍で聞いていたイレクくんは、今にもふき出しそうな顔をして肩を震わせていた。



 そういえば、受付帳のストックがなくなってしまったんだっけ。明日にでも買いに行かなくちゃ。

 受付帳なんて必要ないんじゃないかなとは思うけど、「店」としての体裁を整えるためには必要だとユエル様が言っていたから、一応お客様には記入をお願いしてる。名前と生年月日とお住まいの県名、観光客なら現在の宿泊先のホテル名等も書いてもらってる。

 来店時に記帳してもらう受付帳は、ページ数が少ないとはいえ、もう五冊目。リピーター率が高いから、客の総数はさほど多くない。それでも、多い日は一日に二、三十人の来客があって、朝も早くから、好奇に目を輝かせた女の子達が浮かれ足でやって来る。

「大変な人気ですね、ユエル様は」

 受付や接客を手伝ってくれるイレクくんは、くすっと意味ありげに笑い、わたしの顔を覗き込んできた。

「物見高い女性客のお相手は大変でしょうに。ユエル様は慣れているようですけど、ミズカさんは気疲れしてしまうでしょう?」

「……少しだけ。でも、そろそろ慣れてきたから」

 そういえば、イレクくんはわたしの言い方に倣って「ユエル様」と呼んでいる。

 なんとなく「様」付けにしてしまう雰囲気がユエル様にはある。これももしかしたら「美青年効果」だったりするのかな?

 イレクくんは「そうかもしれませんね」と可笑しげに笑って曖昧な相槌を打った。

「さきほど陰からそっと拝見させてもらったのですが、ユエル様はタロットカードを使ってらっしゃるんですね」

「占星術はホロスコープを描くのが面倒だって言ってたから」

「なるほど」

 カードを繰る仕種も優美なユエル様だ。それを意識しての占い道具の選択だったに違いない。

 タロットカードを占い道具のメインにはしているけど、手相も見る。これはもちろん、生気を飲むため。

 ここでも「美青年効果」は発揮され、拒む女の子なんていやしない。

 客数が多い日などは、ユエル様もえり好みをしだして、手相を割愛しちゃうこともままある。

「なるべく良質のモノを飲みたいからね」

 抜け目がないユエル様は、しゃあしゃあとそんなことを言う。

 質の良い、美味しそうな生気の持ち主というのは、外見でなんとなく判別できるらしい。

 わたしはユエル様の生気しか知らないから、「味」の違いはわからない。

 でも、人間の生気を感じることはできるから、そこになんとなく「色」のようなものを見ることはある。それがキレイだったり、ちょっとくすんでいたりして、それが「味」の違いに関わってくるのだろうってことは、なんとなくだけど、分かる。

 できれば美味しい生気を飲みたいって思うユエル様の気持ちは、分からないでもない。……だけど。

 だけど、女の子達をえり好みしているユエル様を見るのは、少しだけ、……辛かった。



 十時に開店して、現在正午を十分ばかり回ったところ。客足がようやく途絶えて、わたしとイレクくんは、エントランスに設けた受付所から待合室になっているリビングに移動して、休憩をとることにした。

「お疲れ様、イレクくん。一息入れましょうか」

「はい。あ、ユエル様は? ご一緒しなくても?」

「うん、お一人で一息ついてるから」

 ユエル様は、占いの部屋用に少々改装した個室で、一眠りしている。

 さっき覗いてみたら、椅子に座ったまま腕を組み、目を閉じ、じっとしていた。

 こういう時は、声をかけずにそっとしておくのが最良だと、長年仕えているうちに学んだ。

 ユエル様にも何か冷たいものをと思ったけれど、それは後で改めてお出しすることにして、今はとりあえず自分とイレクくんのために麦茶を用意した。

 冷蔵庫の中に食材は入っていない。あるのは飲み物だけ。麦茶と牛乳とアルコール飲料が数本。キッチンの隣室にあるワインセラーには、数本頂き物のワインがある。昨日、亜矢子さんから頂いたドイツワインもあるけど、まだ栓は開けてない。

「どうぞ、イレクくん。あ、もしかして麦茶は、初めて?」

「いえ。日本に滞在していたこともありますから。短期間ですけど」

「そっか、それなのに日本語上手で、すごいね」

「間隔を置いて短期滞在を繰り返していたから、合計すればけっこうな滞在日数ですよ。日本語を学ぶ目的で名が逗留していたこともありましたし」

「そうなんだ。納得」

「最長で三年、同じ所にいましたよ。居続けたいと思った所だったから、離れるのが惜しかったです」

「そっか……」

 イスラさんが言っていた「面倒な年齢」とは、このことだ。

 見た目十歳児のまま、イレクくんは年をとらない。何年経っても。だから同じ所に長く逗留はできない。

 いつまでも成長しないから、人外異質の生き物だとすぐにわかってしまう。

 吸血鬼(という言い方は不本意なんだけど、とりあえず他に相応しい呼び名が浮かばないので「吸血鬼」って言うことにする)であるユエル様達は、成長を止めることができる。

 そして、わたしのような「眷族」はというと、自らの意思では成長を止めることはできない。「眷族」になったその時の年齢で、時が止まる。

 わたしは見た目十六、七歳の年齢のまま、年をとらない。

 我ながら、微妙で不便な年齢だと思う。……イレクくんと、同様に。

 不老である“体質”を羨む女性達は大勢いそうだけど、やはり面倒なことの方が多いから、それを手放しでは喜べない。

「そういえば、ミズカさんは、日本から出たことはないんですか?」

 麦茶で喉を潤した後、ふと思い出したように、唐突にイレクくんが訊いてきた。

「うん。まだ一度も」

「そうなんですか、意外でした。ユエル様は一つの国に長く留まるのを嫌う方なのだとイスラから聞いていたんですが」

「うん、でも、単に面倒なのかなって。わたしを伴っていくとなると、ユエル様は必然的に通訳しなくちゃならない立場になってしまうし。だから、いろんな国の言語を覚えたいって思ってるの。少しでもユエル様の負担が軽くなるように。わたしはユエル様に負ぶさってばかりだから……」

 苦笑いをして答えたわたしに、イレクくんはふわりと包み込むような笑みを浮かべ、優しい声音で言った。

「ミズカさんは、ユエル様のことがお好きなんですね?」

「……っ」

 一瞬、言葉に詰まった。

 否定は、しないけど。でも……! でも、それは……っ!

「そっ、それは、ユ、ユエル様は、そ、そのっ、大切なご主人様でっ!」

 おたおたとうろたえ、赤面したわたしを、イレクくんはにこにこと笑いながら見つめている。イレクくんの鋭敏な薄茶色のまなざしが、少し痛い。

「お聞きしたいと思っていたんですが」

「は、はいぃ?」

「ミズカさんのこと」

「わたし?」

 わたしがどういった経緯でユエル様の眷族になったのかを知りたいというので、わたしは憶えていることを、ありのまま、イレクくんに話した。

 わたしの昔話に、イレクくんは興味深げに相槌をうったり、意外そうな顔をしたりして、真摯に耳を傾けてくれていた。もしかして、「なんでこんな子がユエル様の眷族に?」と疑問に思っていたのかもしれない。その答は、わたしの話からは得られなかったろうけど。

 でも、イレクくんはにこやかにしている。

「ユエル様は優しい方なんですね」

 というイレクくんの感想には、わたしも大いに首肯した。けれど、「ミズカさんも」と言い添えてくれたのには、返答のしようがなかった。追従口とまでは思わないけれど、イレクくんの優しさから出た言葉だと思ったから。

 ふと思いついたのと、わたし自身のことから話を逸らしたくて、今度はわたしの方からイレクくんに質問をした。イレクくんのお母さんは、どうしているのか、と。

 イレクくんは一瞬ためらったようだった。けれどすぐに笑って、答えた。

「もう亡くなりました。ずいぶんと昔のことです」

「あ、ご、ごめんなさい」

 昨日のユエル様の話でいくなら、イレクくんのお母さんは、イスラさんの「眷族」なのだろう。そう思ったから、興味がわいた。できればどんな人なのか会ってみたいなって思った……のに。

「ごめんなさい、わたし」

「ミズカさんが謝る必要はありませんよ。それに、もう昔のことですから」

「昔って、……訊いていいかな?」

「ミズカさんが生まれるより前のことですよ。戦渦に巻き込まれて……事故死とでもいうんでしょうか、あれも」

「…………」

 日本の歴史と、それに関わる世界の歴史は、ユエル様に習った。学校に通わせていただいた時にも、授業で習った。わたしがユエル様の眷族になってから、「世界」と名のつく戦争は、二度ほどあったと記憶してる。

 その他にも細々とした「戦争」は日本各地で起こっていて、けれどユエル様とわたしは「冬眠」をすることで戦禍を免れてきた。

「冬眠」も、人外的存在であるわたし達が持つ特殊能力だ。体の全機能を仮死状態にまで低下させ、何年でも眠って過ごすことができる。もちろんこれも眷族であるわたし自身ではできないことで、ユエル様の力に頼ることになる。

 短い期間の「冬眠」は何度か経験した。ふた月とか半年とか。

 それ以外に、長い期間の「冬眠」を、わたしは二度、経験した。

 一度目は五年程、二度目は十年程、地下で眠り続け、時を過ごした。

 おかげで戦争の被害に遭うこともなく、その悲惨さも、わたしは見ずに済んできた。

 イレクくんは何事もないように今こうして笑っているけれど、辛かったに違いない。戦禍を目の当たりにするなんて、想像するだに恐ろしい。

 それに、たとえ人外の存在だといったって、肉親を失う悲しみは人間と変わらないはずだもの。

「お母さんのこと、憶えてる?」

 イレクくんは静かに微笑み、頷いた。

「聡明で美しい女性でした。あの父……イスラにして、頭が上がらなかった唯一の人でした。母以外に他の眷族を持つこともできたのに、それもしませんでしたから」

「…………」

 イスラさんの眷族になって、イレクくんを生み、ともに過ごした期間は、五十年程だったという。長く生きている彼らにとって、その五十年はあまりに短い期間だったろう。

 それを思うと切なくなった。

 どんなに辛くて、悲しかったろう。イレクくんもだけど、イスラさんの悲しみはいかばかりだったろうと、胸が痛む。

 ――ああ、そうだ。母と言えば……。

 ふと頭に浮かんだ、金髪碧眼の美女の顔。

 イレクくんにその人のことを尋ねようとしたのだけど、あいにく、忙しないベルの音に邪魔をされてしまった。

 真鍮の呼び鈴を、誰かが受付場所で鳴らしている。

 一度鳴らせば済むだろうに、何度もしつこく、ベルを振っている。

「お客様のようですね」

「うん」

 頷いて、わたしはイレクくんとともに玄関脇に設けた受付場所へと急いだ。


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