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55.旋風

 旋風つむじかぜのように突如この場に現れたアリアさんは、わたしの背後にまわり、体を支えくれた。

「ミズカちゃん」

 そして気遣わしげにわたしの顔を覗きこんできた。

「大丈夫……なわけがないわね。可哀想に、怖かったでしょう? でももう乱暴はさせないから」

「…………」

 驚きのあまり声が出ない。

 アリアさんが視線を向けた先、わたしのすぐそばで、わたしを拘束してた男性が仰向けになって気絶していた。

 屈強な体格の男性なのにいとも容易く倒されてしまったことに驚いたけれど、おそらくアリアさんが生気を吸うなりして、意識を奪ったんだろう。さっきのつむじ風もアリアさんが起こしたものに違いない。アリアさんの風の魔法を使えると言っていたもの。

「ア、リ……さ……」

 喉がカラカラに乾いて声がかすれてしまう。体中が痺れてるみたいで、力が入らない。立っているのがやっとという情けない有様だ。

「アリア」

 鋭い声が耳朶を打った。発したのはユエル様だった。

「ミズカを頼むと、あれほど言っておいたはずだが。それにイスラはどうした」

「ミズカちゃんから目を離しちゃったことは謝っておくわ。でもやることが多くって。大目に見てほしいわ。やるべきことはちゃんとやったんだもの。イスラもよ」

「そうか」

「で、イスラからミズカちゃんがおもてに出たって聞いて、探しに来たの。外にいる方が安全かしらって考えたんだけど、どのみち一緒に帰るんだから所在だけは確かめておかなくちゃって。引き返さなかったのは正解だったわね。そもそもユエル、あなたがグズグズしてるからこんなことになったんでしょう? 可哀想に、ミズカちゃんをこんなに泣かせて」

 アリアさんはわたしをぎゅぅっと抱きしめてくる。やわらかくて温かな胸の感触に、わたしはやっと少しだけ人心地がつけた気がした。さすがに全身の緊張は完全にはとけなかったけれど。

「あ、あなた達!」

 拳銃を構えたままの亜矢子さんが金切り声をあげた。わたしはアリアさんと同じく、亜矢子さんの方に目を向ける。

「あなた達、これが見えないの?」

 亜矢子さんは銃口をユエル様に向け、わたしとアリアさんを睨みつけている。眉を吊りあがらせ、頬を紅潮させてる亜矢子さんは明らかに動顛しているようだった。さっきまでの余裕はかけらも見られない。ユエル様やアリアさんに無視されているのが癪に障ったのかもしれない。

「暢気にしていられるのもいまのうちだって分かってるの? あなた達が人間じゃないけがらわしいモンスターだってこと、パーティー会場にいるゲストに公開する用意があるのよ! 今すぐにでも! それでものうのうとしていられて?」

 声を震わせて亜矢子さんは言う。今日のパーティーの余興に、ユエル様達が「映った」ビデオを公開すると、その後インターネットやテレビであなた達の正体を晒してやると、再び脅しつけてきた。

 だけどユエル様はそれも一笑に付した。銀の髪を指で梳くようにしてかきあげ、わざとらしいため息をつき「くだらないな」と吐き捨て、冷笑を浮かべた。

 亜矢子さんの恫喝にアリアさんも全く動じなかった。それどころか呆れたように失笑した。

「さっきも言ったけれど、詰めが甘いのよ、箱入り娘さん? 何もかもが行き当たりばったりで計画性が乏しすぎるわ。もっと盛り上げてくれなきゃ、あたし達だって踊るに踊れないわ。これじゃぁ"余興"にもならないわねぇ」

 アリアさんの口調はひどく酷薄で、亜矢子さんを嘲笑うかのごとくだった。アリアさんのそんな物言いを聞くのは初めてで、わたしはアリアさんを仰ぎ見る。アリアさんは美しい笑みを湛えている。けれど青い双眸は妖しい光を放っていた。

 風が梢を揺さぶって通り過ぎていった。かと思うと、再び風が戻ってきて、池の水を波立たせる。ただの夜風ではない気がした。ざわざわと空気がさざめいている。

 肌が粟立つ。空気が冷たい。

 周りの風を……空気を、アリアさんが支配している。

 確証はない。けれどそれを肌で感じる。

 圧迫感はないけれど、わたし達のいる場を見えない壁が囲んでいるかのような感覚があった。

「あたし達がなんの準備もしないでのこのこやってきたと思うの? あなた自ら、あたし達を誘っておいて?」

 ふふっとアリアさんは笑う。いつものアリアさんらしくない、ひどく皮肉の利いた笑みと口調だった。亜矢子さんは顔をこわばらせ、アリアさんの鋭い視線を受け止めている。

「何かトラップでも仕掛けてるんじゃないかって珍しくユエルも慎重になって、それで昨夜、忍び込んでみたのよね。ところがまぁ、驚いたこと。なんの仕掛けもしてないんですもの。期待はずれっていうか、拍子抜けしちゃったわ。まぁ、おかけで楽々とホテルに潜入できたから面倒がなくて助けったけど。そうねぇ、予想外のことといったら、お嬢ちゃんが拳銃を持ってたってことくらいかしら? あと、そこで寝転がってる忠実なるガードマンにもね」

「…………」

 亜矢子さんは口元をわなわなと震わせている。何か言いたくても声が出ないのかもしれない。

「あなた一人であたし達に立ち向かおうとしたことは、まぁ、褒めてあげてもいいかしらね? 無謀の極みだけれど」

「ガードマンは一人じゃないわ!」

「ええそうね。なかなか優秀なガードマンをたくさん雇ったみたいね? おかげであたしも楽だったわ。てきぱき動いてくれるんですもの」

「……っ」

 亜矢子さんは絶句し、アリアさんを愕然と見つめる。

「みんなあたしのオトモダチになってもらったのよ、そこに寝転がってる彼以外はね。つまりこのホテルにいるガードマンはみんなあたしの言いなりに動いてくれるってわけ。今頃、イスラと一緒におねんねしてる人間達のケアをしてくれてるはずよ」

「おねんねって、どういうことっ?」

 亜矢子さんは銃口をユエル様に向けたまま、顔だけをアリアさんに向けている。ユエル様の動きを見逃さぬよう気を張ってはいるものの、亜矢子さんの表情にはありありと動揺が浮かんでいた。

 わたしはアリアさんに体を支えられながら、アリアさんと亜矢子さん、そしてユエル様の様子をただ眺めるばかりだ。

 ――どうして、だろう。

 どうして、アリアさんはこんな風に長広舌をふるうのだろう。

 アリアさんが現れる前のユエル様もそうだった。

 もしかして、何かを待ってる……?

 アリアさんは笑みを湛えながら話を続けた。

「ホテル全館に、換気口から睡眠ガスを流させてもらったわ。騒ぎになっちゃ困るものね。安心して。効き目は長くなくていいから、その分人体に残りにくい睡眠ガスにしてくれってイレクに頼んだの。効き目が薄くて眠らない子達にはイスラが幻術をかけてる。念には念をってところね」

 アリアさんは楽しそうだ。なんだか「悪役」を面白がって演じてるみたい。

 そしてそこまでアリアさんの話を聞いて、わたしはやっと気がついた。

 昨夜、アリアさんが出かけた先がどこだったのか。アリアさんが言ってた「下見と根回し」がどういう意味だったのか。イレクくんが何を作ってたのか。

 アリアさんは少しの間おいた。亜矢子さんの反応を待っている。

 僅かの沈黙。

 亜矢子さんはハッと気づいて、アリアさんを見つめ返した。

「……まさか、さっきの停電……っ!」

「あらあら、やっと気がついて? やぁねぇもう、ほんと張り合いないんだから」

 アリアさんは意地悪く笑う。さっきまでのユエル様もそうだったけれど、亜矢子さんをわざと煽ってるみたいだ。

「セキュリティのシステムを一旦ダウンさせたの。優秀なオトモダチがきっとうまいことハッキングしてるはずよ。もちろん、ビデオもすべて回収したわ。あとはあなたが持ってたビデオカメラだけ」

 そう言って、アリアさんは亜矢子さんが後方に投げ捨てたビデオカメラに目をやった。

 ビデオカメラを渡すまいと、亜矢子さんはとっさに片足を引いた。

「……っ」

 亜矢子さんは躊躇したのだろう。片手を拳銃から離そうと腕をずらした。けれどビデオカメラを拾いあげるためにしゃがんだりはせず、拳銃も相変わらずユエル様に向けている。次の行動を決めかねているようで、迷いがありありと表情に出ていた。

「さぁ、これで自分の状況は分かったでしょう? もういい加減その物騒な物をおろしてちょうだい。あなたが何もしないなら、あたし達もこのまま消えてあげるわ。アフターケアも万全にしてね」

「甘いな、アリア」

 唐突にユエル様が口を挟んでくる。

「迷惑料はとってもいいと思うが。ここまで茶番に付き合ってやったのだから」

 言いながら、ユエル様は一歩、二歩、こちらに歩を進めてきた。亜矢子さんには目もくれない。

 棒立ちになってた亜矢子さんだけど、慌てて拳銃を握り直し、癇声をあげた。

「う、動かないでっ!」

 ユエル様に向けられている銃口は目に見えて震えている。ユエル様は仕方なしに足を止めた。そして侮蔑のこもった一瞥を亜矢子さんにくれてやり、吐き捨てるように言った。

「目障りな」

 失せろと言わんばかりの声と態度。ユエル様は亜矢子さんへの苛立ちを露わにした。けれど深いため息をついて怒気を鎮め、気を取り直してからこちらに顔を向け直した。

 もはやユエル様の眼中に亜矢子さんはないようだった。

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