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45.守勢

 話はそこで終わり、アリアさんはわたしを座りなおさせてマッサージとベースメイクを再開させた。

 アリアさんはそれらの作業をしながら、他愛無いことを朗らかな口調で話してくれていた。話の内容の大半は、スキンケアやコスメティック用品のこと、そして流行や自分好みのファッションのことだった。話には、意味のよく分からない用語が何度か出てきたけれど、わたしは曖昧に頷くだけで、その都度話の腰を折って意味を尋ねるようなことはしなかった。

 なにしろ顔中をいじられてたから(マッサージなわけだけど)ほとんど喋れず、相槌を打つしか返事のしようがない。とはいえ、ずっと黙ったままでいると、あまりの心地よさに眠ってしまいそうだったから、なるべく返事はするようにしてた。

 アリアさんの話に耳を傾けながら、頭のすみっこでアリアさんの日本語の上手さに感心していた。ユエル様を筆頭に、イスラさんもイレクくんも、みんなとても流暢に話される。日本での滞在期間が長いユエル様はともかく、ごく自然な会話ができるのだから、本当にすごい。

 それに関して、置かれた状況や環境に対する適応能力が高いのだと、まえにユエル様が仰ってた。

 異質の存在だからこそ、即座にその場に馴染む“機能”が予め備わっているのじゃないかと、そう言ったのはイレクくんだった。吸血鬼の持つ、ある種の特殊能力かもしれないし、本能的なことなのかもしれないと。その場に馴染むことによって、身を隠しつつ、生きていける。必要不可欠な“機能”だと。

「したたかな種族なのだと思いますよ、僕達は。自衛本能が高いとも言えますね」

 イレクくんはそう言い添えた。

 たしかに、わたし達のような人外の存在は守衛的でなければ生き延びるのは難しいかもしれない。そういえば、アリアさんも身を隠す癖がついちゃってるのよと言っていた。

 だからちょっとだけ不思議だった。

 隠密行動が身に染みているアリアさん達だけど、人の大勢いるパーティーに参加するのは嫌ではないのかな? ユエル様は億劫がっているけれど、アリアさんは浮かれているし、イスラさんだってけっこう乗り気の様子だった。アリアさんもイスラさんも、人の多い賑やかで華やかな場所を好んでいる。

 今夜赴くパーティーがはたしてどれほどの規模なのか、どんな内容でどんな人たちが集まるのか、まったく想像がつかない。パーティー会場のホテルの所在地すら、はっきりとは分からない。ここからそう遠くない場所ではあるらしいけれど。そもそも亜矢子さんのこと自体、ほとんど知らない。お金持ちのお嬢様、という曖昧な事しか。

 アリアさんの話に適当な相槌をうつ傍ら、なんとはなしに今夜のパーティーのこと、そして招待状の送り主について思案していた。

 亜矢子さんの高慢な笑みが脳裏に浮かび、つい眉をしかめてしまった。

 亜矢子さんはユエル様にご執心だ。その感情は、他の女の子達となんら変わらない、美貌の青年に対する憧憬のようなものだと思っていた。

 ――だけど、違うんだろうか?

 亜矢子さんは、もしかして……――

「さ、ひとまず基礎作りはおしまい。お疲れさま、ミズカちゃん」

 アリアさんから声がかかり、はっとして目をぱちりと大きく開けた。

「はい、あの、ありがとうございます」

 およそ一時間近くかけて、ベースメイクはどうにか終了。アリアさんはリクライニングシートをあげてわたしの首に巻きつけてたケープを一旦取り外した。

「まだまだこれからよ。さぁ、ちょっと背伸びをして、肩と背中の凝りをほぐしてね」

 アリアさんの指示に従い、一度椅子から降りて軽くストレッチをした。

 アリアさんの言うなりに、顎を上げたり引いたり横向けたりしていただけだから、そんなには疲れてはいない……と思っていたけど、やっぱり座りっぱなしだったせいで、肩や背中が凝ってしまってた。両腕を上にあげて背中を伸ばし、首を左右上下に動かした。それだけのストレッチで、肩と背中の筋肉の凝りが多少なり解されて楽になる。

「さ、ミズカちゃん、次に進む前に、ドレスを着てちょうだい。それからメイクを完成させちゃうから。髪も、ネイルも、うんと素敵に仕上げてあげるわね!」

「……はぁ……」

 宜しくお願いしますと、ぺこりと頭を下げた。内心、まだかかるのかって、ちょっと閉口していたけれど。

 これから総仕上げに入るわよと、うきうき微笑みながら、アリアさんは鏡台の前に必要なメイク用品をずらりと並べた。

「ミズカちゃんに似合うカラーはどれかしら。ドレスにも合わせないといけないわね」

 アリアさんは「もうちょっと我慢しててね」とわたしの辛労を気遣いつつ、事を進めていく。

「ともかく、まずはドレスが先ね。ほら、これ。ユエルがミズカちゃんのために用意したドレス」

 そう言ってアリアさんは長方形の大きな箱を差し出した。中身を確認するよう言われ、箱をテーブルに置いた。靴やバッグも用意されていて、それはアリアさんが箱を開けて見せてくれた。

 箱から取り出したパーティードレスは、キラキラとつややかなサテン素材で、色はやや緑かがった水色。無地だけど、胸の下の部分にはビーズとスパンコールの縫い付けがあるから、華やかな雰囲気がある。裾はふんわりとしたバルーン仕立てで、膝丈らしい長さ。腰の後ろには大きなリボンがついている。腰がきゅっとしまり、胸元が強調されるデザインのドレスだ。

 フリルやレースもたくさんあしらわれていて、可愛いのだけど、あまりに可愛すぎないかと、着るのがちょっと不安になってしまった。

 アリアさんは、「あら、ちゃんとパニエも付けてくれてるのね」、と感心しきっている。

 パニエってなんだろうと思ったのだけど、どうやらドレスの下にはくボリュームを持たせるためのインナーらしい。

「可愛いベアトップのドレスね。ミズカちゃんに似合いそうなのをちゃんと知っているあたり、さすがユエルだわ。う~ん、あとはボレロとショールが用意されてるけど……。ね、ミズカちゃん、ショールとボレロ、どっちがいいかしら?」

「ボッ、ボレロで!」

 わたしは迷うことなく、即答した。

 だって、用意されたこのドレス、肩と背中が丸見えのデザインなんだもの! とても一枚では着られない。

 ショールの方は、色は黒で花柄の刺繍は入っているものの、薄いレース素材だから、羽織ったところで背中は透けてしまうだろうし、肩だって隠れない。

 一方のボレロは、七分袖で、総丈は短い。フリルの重なったデザインで、素材自体はシフォン素材で薄いけれど、色も黒だし、肌が透けて見えてしまう心配はなさそう。背中をちゃんと隠せる。

「そう? まぁ、高原の夜は冷えるし、ボレロの方が無難かしら。さ、それじゃぁミズカちゃん、とりあえずこのドレスを着てくれる?」

「はい。……えっと、あの、じゃぁちょっと失礼して、着替えてきます」

「あら、ここで着替えちゃって構わないのに。男どもにはしばらくの間立ち入り禁止って言ってあるから、大丈夫よ?」

「でも……」

 わたしは手渡されたドレスとパニエを抱きしめ、肩をすぼませた。意識が、背の傷へ向く。

 背中に走る、醜い蚯蚓腫れ。

 自分でも、見ていて気分のいい傷じゃない。

 だから本当は、このベアトップのドレスも気が進まなかった。背中が見えてしまうから、着るのにはためらいがある。だけど着たくないわけじゃない。こんなに可愛いドレス。着てみたいって願望はやっぱりあって……。それに、せっかくユエル様が選んでくださったものなのに。

 わたしのとまどい顔を見るや、アリアさんはすぐに身を引いた。

「ミズカちゃん、普段そういうドレスは着ないでしょう? だから着るのにちょっとお手伝いしましょうかって思ったのだけど……。でもミズカちゃんが嫌なのなら、無理は言わないわ。あたしは向こうにいるから、着替え終わったら呼んでくれる?」

「あ……」

 はっとして、わたしは慌てて立ち去ろうとするアリアさんを引き止めた。

「まっ、待ってください、アリアさん! 違うんです。嫌ではなくて、わたし……っ」

 アリアさんはちょっと驚いたような顔をして振り返った。わたしはきっと必死の形相をしていたのだろう。アリアさんは青の瞳に心配げな色をのせて、わたしの顔を窺ってきた。

「違うんです、アリアさん。わたし、あの……」

「ミズカちゃん?」

「実は、その……」

 とまどいを払い、わたしは背中にある傷のことを話した。どうしてその傷がついたのかも、かなり端折りはしたけれど、打ち明けた。

 そして、背中に走る見苦しい蚯蚓腫れをアリアさんに見せるのが恥ずかしかったこと。それから、その傷を見て、アリアさんが不快な思いをされるんじゃないかと不安になったこと。それらも正直に話した。そこまで話してから、着替えを手伝ってくれたら嬉しいですと、改めてお願いした。

 アリアさんは優しく微笑み、「もちろんよ」と言って、快く受けてくれた。


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