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22.そぞろ歩き

 慣れないといえば、「ウィンドウショッピング」というのもそうだ。

 買い物には一人で出かける事が多いから、いろんなお店をゆっくり見て回る機会は少ない。ユエル様を放って、のんびり買い物に興ずるなんてできないし。

 ユエル様とともに出掛けることももちろん何度かあったけれど、ウィンドウショッピング的なことはしたことがないような気がする。

 たとえ最初から行く店を決めず、なんとなく買い物に出かけようかという気軽な気持ちから出掛けたとしても、ユエル様は基本的に自分好みでない店や用もなさそうな店にふらりと立ち寄るなんてことは滅多になさらない。

 目的地の無い散歩は好まれるのにって、少し不思議。

 雑踏する街中を歩くのを好まれないのだろう。それはわたしも同じだから、ユエル様の気持ちが分からないでもない。

 それにつけても、ユエル様の買い物の仕方は素っ気ない。

 ショーウィンドウに飾ってあるもので、目に留まり、気に入ったものがあったら即決即断で購入してしまう。自分の好みのデザイン、質、そしてサイズさえ合っていれば、値札すら確かめずに購入する。気に入ったものは「全て包んでくれ」と迷いも見せない豪気っぷり。

 ちなみに、ユエル様の立ち寄られる服飾店は、高級店ばかりだ。

 好みのメーカーやデザイナーズブランドがあるわけではなさそうだけど、ユエル様は無意識的にご自分の麗姿にあった高品質の物を選んでいる。そして高級店の店員さんも、さすがにプロだ。ユエル様の嗜好をさり気なく聞きだして、頭の先から爪先まで、ユエル様に似合うものを選出し、スタイルを提案してくるのだ。ユエル様も意見を出しつつも大抵は店員さんの勧めるそれに満足し、まとめて購入する。無駄な時間をかけない、即決即断の買い方だ。

 わたしの服を買ってくださる時もそうだ。わたしがどれにしようかと選びかねていると、「気に入ったのなら全て買っておけばいい」と言って、さっさとレジを通してしまう。レジを通す前に慌ててユエル様を止めるのだけど、手遅れになってしまうことが多い。

 それでも、わたしの衣服を買う時は、試着を勧めてきたりなんかして、わりあいゆっくりと付き合ってくれる。迷ったあげく買わないことがあっても、わたしの優柔不断さを怒ったりはしない。呆れ顔で苦笑し、ため息をつきはするけれど。

 ユエル様にとって買い物……とくに服飾系のショッピングは、嫌いとまではいかなくとも、面倒に感じることの一つみたい。

「ユエルは何事に関しても面倒くさがりだものねぇ! 今日はね、実はユエルも誘ったのよ? そしたらあたしのショッピングになんかとてもつきあってられないって、思いっきりイヤそうな顔して断ってきたのよ。もうほんと、失礼しちゃうわよねぇ」

 と言って朗らかに笑ったアリアさんは、ユエル様と違って買い物好きのようだ。ユエル様にすげなく断られても別段気にする様子もなく、浮き浮きと足取りも軽くショッピング街に繰り出し、ウィンドウショッピングを思いきり楽しんでいる。

 ショッピング街といっても山中の観光地だから、種々雑多のお土産屋さんや、レストランを含む食べ物関係のお店が圧倒的に多い。

 だけど輸入雑貨等を扱ったおしゃれで可愛いお店もいくつかあるし、革製品や絹やレースなんかの専門店、服飾店もいくつかあって、アリアさんはそうしたお店を蝶々のように身軽に渡り歩いては、気に入ったものを購入し、あれよあれよという間に荷物が増えていった。



 そして今は、スワロ……なんとかいうクリスタル・ガラスのアクセサリー店にいる。

 ええっと……スワロフスキー、かな?

 店頭に置いてあるカタログを手にとって確かめてみた。

 オーストリアで創立されたクリスタル・ガラスの製造メーカーのことで、創業者のダニエル・スワロフスキーから付けられた、とのこと。百年以上もの歴史があるクリスタル・ガラスで、主にアクセサリーに使われているみたい。ビーズ・アクセサリーとはまた違った高級感があって、とても綺麗だ。

「スワロフスキーもビーズも歴史はそれなりにあって、アンティークやヴィンテージものもあるのよ。宝石に劣らない魅力があって、とても好きなの」

 アリアさんがそう言うように、スワロフスキーのアクセサリーはどれも目がくらむほど素敵で綺麗で、……そしてお値段もけっこう高かったりする。お値段の方にもちょっと目がくらんだりして。

「あら、このネックレス、素敵。ね、どう、ミズカちゃん? 似合うかしら?」

「はい、とても」

 アリアさんが手にとって自分の胸元に当ててみたのは、楕円形で深い紅色のペンダントトップのついたネックレス。照明の下、それは虹色にキラキラまばゆく光って、アリアさんの豪奢な金の髪と白い肌によく映えた。店員さんもここぞとばかりに褒めちぎって、他の品物も勧めてくる。

「そうねぇ、ミズカちゃんにはこれが似合いそう。デザインもシンプルで可愛いし。ほら、ちょっと当ててみて?」

「……は、はぁ……」

 そしてアリアさんがわたしのために選んでくれたネックレスは、ハート形のペンダントトップのついたものだった。色は、少しくすんだ感じの水色で、それでも照明の当たり具合によって、様々な色に変化して、とてもきれいだった。

 おそろいのイヤリングもございます、と店の人が勧めてくれたそれまでアリアさんにつけるよう言われて、不慣れな手つきで耳につけてみた。

「ミズカちゃん、とってもとっても似合うわ! それにしましょ。ね?」

「え、あの……」

「他に何か気に入ったものがあったら言って。ね? さっきからあたしが選んでばかりだもの。ミズカちゃんが欲しいと思うものがあったら、遠慮なく言って?」

「……でも、こんな……買っていただいてばかりで、申し訳ないというか……」

「そんなこと気にしないで、ね? あたしが好きで買ってあげたいんだもの」

 アリアさんは青色の瞳をキラキラと輝かせてわたしの顔を覗き込んでくる。ちょっと舌足らずで甘えたような声が、少女っぽい仕草と相まって、くすぐったいほどの可愛らしさを感じさせる。

 少女のような屈託のない笑顔がアリアさんの華やかな顔立ちをふわふわとした柔らかさで包み、気安げな印象を持たせている。アリアさんは一見、迫力ある稀代の美女で、道を歩けば遠巻きに眺める人が多く、近寄りがたい雰囲気がある。けれど実際はとても気さくな方で、その点、ユエル様とは違っている。

 それにアリアさんはユエル様よりうんと感情表現がおおらかで、あけっぴろげな方だ。

「それに今日のショッピングの目的は、ミズカちゃんへの贈り物を買うことなんですもの!」

「…………」

 何店舗か回っている間に、アリアさんはわたしに似合うからと言って、服飾品を色々と買ってくださった。冗談めかして、「イスラには負けてられないものね」なんて言いつつ。

 もちろんご自分のものもわたしのもの以上に買ってはいるのだけど……。

 何度も辞退したのだけど、「あたしが買ってあげたいんだもの。あたしのわがまま、きいて? ね?」ってお願いされては、強く断りきれない。

 ユエル様同様に、アリアさんも値段なんて見もせず、気に入ったら即購入。お金のことなんてまったく頓着しない。

 事情が事情だからクレジットカードなんて持ってなくて、そのため常に現金払い。ちらりと覗き見たアリアさんの長財布には相当の額と思われるお札がきっちりと入れこまれていた。

 もしかして日本に滞在するために用意したお金なんじゃないかしら? それを今日一日で遣いきってしまうのではと、他人事ながらひやひやしてしまう。

 ユエル様もアリアさんも、そりゃぁ、いちいち値段を気にしてお財布の中身と相談しながら買い物をするなんて似合わないけど、でもっ、もうちょっと控えめなお金の遣い方をしてくれたらいいのに!

 ユエル様には常々、無駄遣いは控えてくださいと口を酸っぱくして言っているのだけど、すると、

「老後のために貯蓄をしておく必要はないのだから、使いたい時に、使えるだけ使ってしまえばいいんだよ」

 という、刹那的な返答が戻ってくる。

 そりゃぁ、たしかに“老後”なんてわたし達にはない。ユエル様曰く、わたし達は常に“今”だけを生きている。そして何より、人間にその存在を知られてはいけない異界の存在なのだ。存在の痕跡は極力残さない方がいい。だから必要な財物は、必要に応じて手元に引き寄せ、遣いきってしまうのがいいのだと言う。

 その理屈は分かる。

 分かるけれど……目の前で湯水のようにお金を遣われると、かつてお金そのものに縁のなかったわたしとしては、どうにも落ち着かない。貧乏性だねとユエル様はからかって笑うけど、実際貧しい身分だったんだもの、当然だと思う。

 だから、内心ではアリアさんの豪気な散財っぷりを、「勿体ないですからもう少し買い控えてください」と、止めたかった。だけど、せっかくショッピングを心ゆくまで楽しんでいらっしゃるアリアさんに水を差したくなくて、ずっと我慢していた。

 とはいえやっぱり、わたしへの過剰なほどの“贈り物”のいくつかは、さすがに遠慮させていただいた。アリアさんは残念がったけど、わたしの気持ちを汲んでくれて、無理押しだけはしてこなかった。

「ミズカちゃんて、アクセサリー系はほとんど持っていないでしょ? 身につけるの、嫌い?」

「え、いえ、そんなことは……嫌いではないですけど……」

 わかりませんと曖昧に返答すると、アリアさんはちょっと呆れたような顔をして嘆息した。

「たしかにゴテゴテつけるのはミズカちゃんには似合わないわね。だけど、嫌いじゃないわよね? 楽しそうに見てたし」

「はぁ……」

「ユエルも、ちょっとしたアクセサリーくらい買ってあげればいいのに。――まぁ、でもそれも無理かしらね? ユエルって基本は敏いのに、妙なところで鈍感なとこがあるから」

 しかたがないわねと、アリアさんは楽しげな笑顔を浮かべた。

「ここはあたしが、ユエルの代わりに買ってあげなくちゃね」

 そう言って、アリアさんはネックレスやイヤリングをわたしに似合うだろうものを選び、買ってくださった。負担にならないようにと、ほんの四、五点。

 買っていただいたスワロフスキーのアクセサリーはとても素敵で、買っていただいたということ自体は心苦しかったけれど、やっぱりとても……嬉しかった。

 アリアさんはそんなわたしの心を読み取ったのだろう。

 買ったばかりの水色のイヤリングを包み袋から取り出し、今着ている白いワンピースにも似合うからと、耳につけてくれた。

「せっかくなんだし、このままつけてるといいわ。とてもよく似合って、可愛いもの!」

 アリアさんはまるで自分の事のように嬉しそうにはしゃぎ、笑っている。

「そうだわ、きっとユエルも喜ぶわよ。ね、ミズカちゃん?」

「そ、そうで、しょうか……」

 わたしは返答に窮して、ちょっと俯いた。

 ユエル様が喜んでくださるかどうかは分からない。似合うと言ってくださるかどうかも。

 でも……少しは気に留めてくれる……かな?

 イヤリングなんて今までつけたことないから、「どうしたのか」と問いかけてくるかもしれない。そう……きっと、からかうような……悪戯っぽい笑顔を見せて。

 そんな場面を想像したとたんに恥ずかしくなって、頬が熱くなってきた。

 そしてアリアさんは、頬を赤らめているわたしを見やり、優しく目を細めて微笑んでいた。


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