新しいモノ
「ラルー、こっちにおいで」
ラルーはお父さんの言うことをよく聞きます、お父さんがラルーにそう言う時、ラルーはお父さんの膝にポンと飛び乗るのです。
「何かしらお父様」
お父さんの前でのラルーはとってもいい子です、聞き分けが良くて素直な娘です。そしてお父さんの膝の上はラルーの特等席です。
「ラルー,お母さんは明日にでも帰ってくるそうだよ」
ラルーのお母さんはラルーの妹を産んでからすぐに体調を崩し,そのままラルーの妹を出産した病院に一ヶ月ほど入院していました。大好きなお母さんが帰ってくると知ったラルーは大喜びです。
「ほんとう!? 私すごく嬉しいわ!」
ラルーはお父さんの膝の上でピョンピョンと跳びはねます。大好きなお母さんがまだ見ぬ妹を連れて帰ってくるなんて……ラルーにとってこれほど嬉しいことはありません。
「父さんはね,ラルーのことを偉いと思っているんだ。お母さんが入院してからの一ヶ月間,ラルーは一度としてぐずることもなければワガママを言うこともなかっただろう? よく父さんの言う事を聞いて,いい子にしててくれたね」
お父さんはラルーの頭を優しい手つきで撫でます。ラルーは嬉しそうに目を細めながら誇らしげに言いました。
「私さみしかったけど平気だったわ。だってカーシュがずっと私の側にいてくれたんだもの!」
カ-シュというのはラルーのお気に入りの人形です。カーシュはラルーのお父さんに変われてからもうだいぶ経つのでずいぶんと汚れています。新雪のように白かった頬は蓄積されていった手垢で黒ずみ,フワフワだった栗色の髪の毛はバサバサとしていて泥のようです。それでもラルーが新しいお人形をおねだりすることは一度もありませんでした。
「ラルーはカーシュが大好きなんだね。パパはラルーがいい子にしていたご褒美にラルーとカーシュに新しいお友だちをプレゼントしようと思っているんだ」
「お父様,それは新しいお人形をプレゼントしてくれるってこと!?」
ラルーの瞳がパァッと輝くのを,お父さんはとても嬉しそうにニコニコと笑って眺めていました。
「ああ,もう実は注文しておいたんだ。綺麗なブロンドヘアーにビーズで刺繍されている水色の素敵なドレスを着たとってもかわいい女の子だよ。首の後ろについているボタンを押すとおしゃべりするんだそうだ」
「まぁ,なんて素敵なの! お父様ありがとう!」
ラルーはの歩父さんの胸に飛び込み,頬ずりして嬉しさを全身で表現します,とってもかわいい愛娘のラルーの愛らしい仕草にお父さんの頬は緩みっぱなしです。
「さぁ,お母さんが帰ってくる頃にはお人形も家へとやってくるはずだよ。明日を楽しみにしながら今日は眠りなさい」
「お父様,なんだか私,今日はウキウキして眠れそうにないわ!」
そう言いながらもおりこうなラルーはお父さんの言いつけ通りに二階の寝室へと上がっていきます。
「おやすみなさい、お父様」
「おやすみ、ラルー」
ラルーは小気味のいいリズムで階段を駆け上がっていきます。二階に上がったラルーは階段の上からもう一度お父さんにおやすみのあいさつをしました。
「お父様、おやすみなさい!」
「あぁ、おやすみ」
ラルーはお父様の返事を聞いてから自分の部屋のドアを引きます。フリフリのレースがたくさんついているカーテンやピンクを基調とした置き物の数々、そんな部屋の中央には不釣り合いなくらいに薄汚れたお人形がコロンと横たわっています。
「ウフフフ……」
ラルーは先程までお父さんに見せていた愛らしい笑顔とは全く違う何かを企んでいるような表情で笑いだしました。
「カーシュ!」
ラルーはいきなり薄汚れたお人形……カーシュの腕を掴むと力任せにブンブンと振り回し始めます。普通の人形ならばあっさりと腕が引っこ抜かれてしまうはずなのに、カーシュはとても頑丈なお人形のため、ラルーの息があがるくらいに振り回されてもカーシュが壊れることはありませんでした。
「ハァ、ハァ……なら、これで……!」
ラルーはカーシュを放り出すと箪笥をかき回します。箪笥の中からはラルーがお父さんの部屋からこっそりと持ち出していた小振りなナイフが取り出され、ラルーはしっかりとそれを握り込みます。
「カーシュ……明日から新しいお人形がお家にやって来るのよ。薄汚れているカーシュなんかよりもずっときれいでかわいくて、おしゃべりすることもできるのよ」
ラルーはナイフを握ったまま、妖しく瞳を輝かせながらゆっくりと横たわっているカーシュに歩み寄ります。
「だから、カーシュはもういらないの……本当に、今までずっとカーシュを見ているだけでみじめで不機嫌になっちゃうの! だから、汚いカーシュはもういらない」
ラルーはしっかりと幾重にも剰れているカーシュの肩の関節にナイフを当て、丁寧にカーシュの関節を繋いでいる糸を切断していきます。
「ウフフ……ウフフフ……」
ラルーの静かな笑い声がぼんやりと室内に響いている中、カーシュの腕が体から離れました。
「キャハハハッ! ただでさえみすぼらしかったのにますますみじめになってしまったわね!」
一回でコツを掴んだのか、ラルーは要領よくカーシュの四肢を切断していきます。
最初は右腕、左腕、右足、左足……しばらくは切断された四肢を細かく刻んでいたラルーでしたが、それさえも細切れにしすぎてこれ以上小さくカットできないくらいに小さくしてしまうと、カーシュの頭部と胴体をギュッと掴みました。
「アハハッ! 無様ねぇ、まるでイモムシみたい!」
ブツッ、ブツッ、とカーシュの首と胴体を繋いでいる糸が千切れていきます。もうしばらく引っ張られ続けていたら、カーシュはイモムシどころではなくなってしまうことでしょう。
そんなことも全くお構い無しで、ラルーはカーシュの首から胴体を強引に引き千切ってしまいました。
「アッハッハッハッハッハァ! カーシュ、あなたはもうお人形じゃないわ! 手足はバラバラで、頭も体から離れてしまって、ほぅら!」
ラルーは近くにあった窓を乱暴に開け放ち、カーシュの首を窓の外へと投げ捨ててしまいました。宙を舞っていたカーシュの首は闇夜の中でしばらく月光に照らされて妖しく輝いていましたが、すぐにラルーの視界からその輝きは消えてなくなり、下の方からトサッという音が聞こえてきました。
「フフフ……さようなら、カーシュ」
ラルーは一言そう言ってぴしゃりと窓を閉めました。
「あぁ、新しいお人形にはどんな名前をつけようかしら……明日が本当に待ち遠しいわ!」
ラルーが落ち着きなくソワソワと部屋の中を歩き回っていると、下の階からドアが開くような音が聞こえました。
「ラルー、お母さんが予定より早く帰ってきたよぉー」
ラルーはお父さんの声を聞くやいなや、ドアを開けて急いで階段を駆け降りていきます。下の階には生まれたばかりのラルーの妹を抱いているお母さんがニコニコと、入院前と全く変わらない笑顔を顔に貼り付けて立っていました。
「お母様、おかえりなさい!」
「ただいま、ラルー」
お母さんはそう言って、右手に握っているラルーの小さな体など容易に切り裂けてしまいそうなくらいに大きな鉈を振り上げ、変わらない笑顔にラルーに言いました。
「新しい子どもができたから、もうラルーはいらないの」