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第8話 これが宝物庫の出土品なんですが信じてください

 最深部に近づくにつれ、壁の刻紋が密度を増していった。


 通常の部屋を三つ越え、罠を七つ解除し、隠し通路を二つ見つけた。どれも、刻紋を読めなければ突破不可能なギミックだった。Bランクパーティーが撤退した理由がよくわかる。力押しでは、この迷宮は絶対に攻略できない。


 最深部の手前の部屋で、俺は壁に手を当てた。


 最後の扉の開錠配列を読み取るためだ。


 琥珀色の紋が浮かぶ。指先から壁に光が走り——。


 光った。


 紋ではなく、俺の指先そのものが。


 琥珀色の光が、指先の皮膚の内側から滲み出すように灯った。壁の紋と、俺の指の光が、同じ周波数で脈動している。


「ゼク、手が光っている!」


「——ああ。わかってる」


 痛みはない。だが指先がじんじんと熱い。壁の紋と自分の指の光が共鳴し、今まで以上に深い層の刻紋が見える。


 最深部の扉の開錠配列——壁の石を十六個、特定の順番で押す複雑なシークエンス——が、一瞬で読み取れた。


 光が消えた。指先が通常に戻る。


「今の、何だったんだ」ヴァルが俺の手を覗き込む。


「わからない。でも——壁の紋と、俺の身体が反応した。同じ波長で光っていた」


「お前のスキルが、迷宮と繋がっているということか?」


「かもしれない」


 指先を見つめた。何も変わっていない。だが一瞬、確かに俺の身体の内側で何かが灯った。


 この迷宮は俺を拒んでいない。むしろ——迎えている。


 その感覚が、背筋を粟立たせた。


-----


 最深部の扉が開いた。


 中は宝物庫だった。


 通常の探索者が辿り着ける表層部には残っていないような、高純度の魔石、失われた魔道具、刻銘者の時代の工芸品。ギルドに持ち込めば、数年は遊んで暮らせる量の財宝だ。


 だが俺の目を引いたのは、部屋の中央に置かれた一冊の手記だった。


 革装丁の古い書物。表紙に、見たことのない文字が刻まれている。


「古代語か。読めるか、ゼク」


「いや。刻紋としては認識できるが、文字としての意味は——読めない」


 指先で表紙に触れる。刻紋が浮かぶ。断片的な映像——白いローブの人物が、この手記に何かを書き記している。だが内容までは読み取れない。文字体系が違いすぎる。


「持ち帰ろう。いつか読める方法が見つかるかもしれない」


 手記を鞄にしまい、最後のページだけ開いた。


 そこに一行だけ、刻紋鑑定で「読める」文が刻まれていた。


 文字ではない。紋として、直接意味が伝わってくる。


『次の継承者へ。琥珀の刻印を持つ者よ——お前が、最後の鍵だ』


 背筋が凍った。


「ゼク? どうした」


「……いや。この手記、重要なものだ。安全に持ち帰る」


 琥珀の刻印。


 俺の姓——ベルンマルク——は、琥珀の刻印を意味する。


 偶然か?


 偶然であるはずがない。


-----


 迷宮を出て、エルデに戻った。


 ギルド支部に宝物庫の出土品を持ち込むと、支部長のガストンが目を剥いた。


「おい、これは——嘘だろう。未踏破の宝物庫の出土品じゃないか。この迷宮からこんな物が出てくるなんて聞いてないぞ」


「表層部しか攻略されていなかったからだ。刻紋を読めば、最深部まで到達できる」


「刻紋を……。お前のEランク鑑定で、Bランクパーティーが三つ失敗した迷宮を攻略したのか?」


「ヴァルの戦闘力あってこそだ。俺一人じゃ、モンスターに噛まれて終わりだった」


 ヴァルが小さく笑った。「そうだな。お前は戦闘は素人だからな」


「否定はしない」


 ガストンは信じられないという顔で、しかし出土品は本物だから渡された鑑定書を書くしかなく、唸りながらペンを走らせていた。


 報酬の受け取りを待つ間、俺はギルドの掲示板を眺めた。


 ふと、一枚の告知に目が止まった。


 王都ルクレイン発の速報。


『Aランクパーティー「銀嶺の剣」、王都近郊の記憶迷宮にて壊滅的被害。死者なしも全員重傷。二ヶ月間の活動停止処分』


 俺は、その文面を二度読んだ。


 王都近郊の記憶迷宮。あそこは銀嶺の剣が俺と一緒に何度か攻略した場所だ。表層部は俺が刻紋を全て読んであったから安全に通過できていたが、それより先——俺が「まだ先がある」と感じていた深層部に、おそらくガルドたちは踏み込んだのだろう。


 刻紋を読めるオスカーがいるはずだ。Sランクの鑑定士が。


 だが、オスカーの【万象鑑定】は表面情報しか読めない。記憶迷宮の罠は刻紋の深層に仕込まれている。表面を読んだだけでは、罠に気づかないまま踏み込むことになる。


「知り合いか」


 隣に立ったヴァルが、掲示板を見ていた。


「元パーティーだ」


「……そうか」


 俺は複雑な気持ちだった。


 ざまあ、とは思わない。思えない。三年間、曲がりなりにも一緒に戦った仲間だ。リーリアもあのパーティーにいる。


 ただ——あの迷宮の深層部に刻紋を読めない状態で入れば、こうなることは予想できていた。


「ゼク。お前のスキルは、記憶迷宮では替えがきかない。——それを、元仲間はまだ理解していないのか」


「理解したくないんだろう。Eランクに依存していたとは、プライドが認めない」


「愚かだな」


「——否定はしない」


 掲示板から目を離した。


 考えても仕方がない。俺にできるのは、目の前の迷宮を一つずつ攻略し、ヴァルの剣の真実に近づくことだ。


 あとは——あの手記の古代語を読める人間を、見つけること。

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