第4話 銀白の騎士は、その胸に誇りだけを抱いて
翌朝。
安宿の一階食堂で、俺はヴァレリア・ヴァルハイト——ヴァルと向かい合って朝食を取っていた。
昨晩は別々の部屋を取った。当然だ。出会って数時間の男女が同室に泊まる理由はない。だが、今朝になって食堂に降りてきたヴァルを見て、俺は少し面食らった。
鎧を着ていない。
薄手の白いブラウスに、簡素な革のスカート。騎士鎧という「殻」を脱いだヴァルは——率直に言って、目のやり場に困る体型をしていた。
ブラウスの上から見ても明らかな胸の膨らみが、呼吸するたびにかすかに上下する。布地が張り詰めて、ボタンの間に微妙な隙間ができている。昨日は鎧越しだったからまだしも、薄い布一枚となると破壊力が段違いだ。
「……何を見ている」
「いや」
「嘘をつくな。さっきから三回目だ」
鋭い。さすが元副団長、観察眼がある。
「すまん。その——ブラウス、ボタンが」
ヴァルが視線を落とした。胸の谷間あたりのボタンが、布地の張力に負けて今にも弾けそうになっている。
瞬間、彼女の白い肌が耳まで赤く染まった。
「こ、これは——借り物なんだ! 宿の女将に借りたが、サイズが合わなくて——」
「上着を貸そうか」
「い、いらん!」
ヴァルは慌てて両腕で胸元を隠した。隠そうとしたが、腕で押さえつけたことで逆に胸の形が強調されてしまい、余計に目のやり場がなくなった。
俺は黙ってスープに視線を戻した。
朝から心臓に悪い。
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「——それで、事情を聞かせてもらっていいか」
食事を終え、食堂が空いた頃合いで切り出した。
ヴァルは覚悟していたのだろう。碧い瞳に決意を浮かべて、静かに語り始めた。
「半年前のことだ。私は王国騎士団第三部隊の副団長として、記憶迷宮の調査任務を受けていた」
記憶迷宮から発掘された遺物の管理は、騎士団と聖典教会が共同で行っている。ヴァルの部隊はその護送任務も担当していた。
「ある日、私の部屋から『敵国への機密売渡しを示す書簡』が発見された。署名も筆跡も、私のものだった。——偽造だと訴えたが、誰も信じてくれなかった」
「筆跡まで一致していたのか」
「精巧な偽造だった。魔術的な複写技術が使われたらしいが、当時はそれを証明する手段がなかった」
不名誉除隊。爵位剥奪。冒険者としての登録も制限され、まともなパーティーは組めない。
半年間、ヴァルはひとりで辺境を転々としていた。
「信じてくれる者は、一人もいなかった。部下たちも——私が育てた部下たちも、皆、背を向けた」
声は淡々としていた。だが、テーブルの下で握られた拳が白い。
「昨日、お前が鎧の呪紋を読んでくれた。騎士団の内部の人間が呪いを仕込んだと。——半年間、誰にも信じてもらえなかったことを、出会って数分の鑑定士が証明してくれた」
ヴァルが俺を見た。
「ゼク。お前のスキルは、ゴミなんかじゃない。少なくとも私にとっては——命より重い鑑定だった」
その目は真っ直ぐで、裏表がなくて。
騎士という生き方をしてきた人間の、純度の高い感謝だった。
「……買いかぶりだ。まだ断片しか読めてない」
「断片でいい。それだけで、私は戦える。——だから頼む。一緒に迷宮に潜って、この剣の刻紋を全て読み解いてくれ。真実を掴めば、私は冤罪を晴らせる」
「ああ。昨日もそう言った。約束は守る」
ヴァルが、わずかに笑った。
それは昨晩の苦笑いとは違う、まだぎこちないけれど本物の笑顔だった。
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午前中は事務手続きに費やした。
エルデの冒険者ギルド支部で、二人パーティーとして登録する。支部長のガストン——恰幅のいい中年男——が書類を見て首をひねった。
「ヴァレリア・ヴァルハイト……ああ、あの不名誉除隊の騎士か。それと——ゼク・ベルンマルク。刻紋鑑定、ランクE。……おい、このパーティー大丈夫か? 冤罪騎士とEランク鑑定士って、冒険者ギルドの冗談か?」
「大丈夫だ。俺たちは記憶迷宮の攻略に特化する」
「記憶迷宮? この辺の記憶迷宮は誰も攻略できてないぞ。Bランクパーティーが三つ返り討ちにあってる」
「だから俺たちが行く」
ガストンは怪訝な顔をしていたが、登録自体は拒否する理由がないため手続きは完了した。
ギルドを出たあとは装備の調達だ。
ヴァルの鎧は呪紋の影響でまともに機能しない。応急処置として、エルデで新しい鎧を仕立てる必要がある。
鎧屋「鉄の繭」は、女店主マーサが一人で切り盛りしている工房だった。筋骨たくましい腕に革のエプロン。鍛冶師であり仕立師でもある、辺境では珍しい二刀流の職人だ。
「いらっしゃい。おや、冒険者さんかい。——あら」
マーサの目が、ヴァルの胸元をとらえた。
「あらまあ。これは見事な——失礼、お嬢さん、採寸させてもらっていいかしら」
ヴァルが身構える。
「採寸?」
「鎧の胸部装甲はね、ぴったり合わないと戦闘中に揺れて重心がブレるの。特にあなたくらい——その、立派だと、ちゃんと測らないと命に関わるわよ」
マーサがメジャーを取り出した。ヴァルはためらいながらもブラウスの上から測定を受ける。
「上が——ええと、九十八。下が六十五。差が三十三。すごいわね、特注確定よ」
「……数字を読み上げないでくれ」
「あら、恥ずかしがることないわよ。で、彼氏さんの方。何か要望は?」
「彼氏じゃない」とヴァルが即座に否定したが、マーサは聞いていない。
俺は真面目に答えた。
「胸部装甲の可動域を広く取ってほしい。記憶迷宮の狭い通路で動きが制限されないように。それと、衝撃吸収材を胸部内側に入れてくれ。揺れを抑えた方が戦闘時の安定性が上がる」
沈黙。
ヴァルが石のように固まっている。耳の先まで赤い。
マーサが満面の笑みを浮かべた。
「あらあら。胸のこと、よくご存じなのね」
「実用の話だ」
「はいはい。——でもお嬢さん、いい人じゃない。ちゃんとあなたの身体のこと考えてくれてるわよ」
「か、考えてもらわなくて結構だ! 胸のことは自分で——自分で管理できる!」
「管理できてないから鎧が合わなくなったんだろう」
俺がぽつりと言うと、ヴァルは口をぱくぱくさせたあと、勢いよくそっぽを向いた。
銀白の髪がふわりと揺れる。その向こうの耳が真っ赤だった。




