第15話 影牙の少女、読み解かれた傷跡
教会の使者が去って、三日が経った。
表向きは穏やかな日々だった。ゼクとヴァルは二つ目の記憶迷宮に挑む準備を進め、ティアは古書店の仕事をしながら手記の解読を続けていた。
だが、穏やかなのは表面だけだ。
教会の使者が残していったものは、見えない圧力だった。ギルド支部長のガストンによれば、使者たちはエルデを離れたが、教会の情報収集員が町に残っている可能性が高いという。
「気をつけろ。教会は諦めたんじゃない。態勢を整えてるだけだ」
ガストンの忠告を胸に刻みながら、俺たちは日常を過ごしていた。
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その夜は、三人で食事をした。
ティアが古書店の裏庭で見つけたという香草を使って、ヴァルが料理を試みたのだが——結果は惨憺たるものだった。
「ヴァルさん、これは何ですか」
「肉の香草焼きだ」
「焼き、というよりは炭では……」
「黙って食え」
「ゼクさん、助けてください」
「俺にはこの炭を救う鑑定能力はない」
ヴァルが不機嫌にフォークを刺す。黒焦げの肉が悲鳴のような音を立てた。
「騎士団では食事は当番制で、私の担当は警備だった。料理はやったことがない」
「だろうな」
「何か言ったか」
「いや」
結局、宿の女将に追加の食事を頼むことになった。ヴァルは無言で女将の料理を食べていたが、耳が赤かった。
——こういう夜が、悪くないと思い始めていた。
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宿への帰り道だった。
夜風の中を三人で歩いていた。ティアが真ん中で、俺とヴァルが両脇。月明かりが石畳を白く照らしている。
指先が痺れた。
ノイズ紋——ではない。もっと鋭い、切迫した警告。
「伏せろ!」
叫んだ瞬間、頭上を何かが薙いだ。風切り音。投擲されたナイフだ。壁に突き刺さった刃が、月光を反射して光る。
二つ目のナイフが飛んでくる。ヴァルが即座にオーリエルを抜き、刃を弾いた。金属音が路地に反響する。
「暗殺者! 二人——いや、三人か!」
ヴァルの声が戦場の指揮官のそれに切り替わった。俺はティアの腕を掴み、壁際に引っ張る。
路地の左右の屋根の上に、黒い影が二つ。フードを深く被り、曲刀を構えている。プロの暗殺者だ。
一人目が屋根から飛び降り、ヴァルに斬りかかった。ヴァルがオーリエルで受け、押し返す。二人目が背後から回り込もうとする。
「ヴァル、右後ろ!」
俺の警告にヴァルが反応し、回転斬りで二人目の曲刀を弾いた。だが二対一。暗殺者たちの動きは速く、連携も練れている。
三人目は——。
気配を感じて振り返った瞬間、三人目の暗殺者が俺とティアに向かって走ってきていた。曲刀が月光を吸い込むように黒く光る。
俺には戦闘能力がない。ティアも同じだ。ヴァルは二人相手で手が離せない。
終わったか——。
その瞬間、影が走った。
暗殺者の背後から。音もなく。
黒い旋風が三人目の暗殺者を横から薙ぎ払い、壁に叩きつけた。暗殺者が崩れ落ちる。
旋風が止まった場所に、小柄な人影が立っていた。
黒い短髪。褐色の肌。頭の上に、猫科の黒い耳が二つ。背中に、ゆらりと揺れる黒い尻尾。金色の瞳が、暗闇の中で猫のように光っている。
獣人だ。黒豹族の少女。
少女は気絶した暗殺者の懐を素早く漁り、何かを引き抜いた。小さな金属板——身分証のようなものだ。
「ふうん。やっぱり教会の犬か」
低い声。感情を押し殺した、だが鋭い声。
ヴァルが残る二人の暗殺者を圧倒し、一人を切り伏せ、もう一人を壁に追い詰めた。追い詰められた暗殺者が、舌の奥に仕込んだ毒を噛み——動かなくなった。
「自害した」とヴァルが低く言った。
「教会の暗殺者は証拠を残さない。いつものやり口だ」
黒豹族の少女が、こちらに向き直った。
近くで見ると、思ったより若い。二十歳前後。小柄で細身だが、先ほどの一撃は暗殺者を一発で沈めるだけの威力があった。
身体のあちこちに、古い傷跡が見える。腕、首筋、鎖骨。服の下にもっとあるのだろう。
「助けてもらった——のか」
「助けたんじゃない。こいつらの正体を確認したかっただけだ」
少女が身分証を弄びながら、俺を見た。金色の瞳が値踏みするように俺を上から下まで観察する。
「で、あんたが刻紋読みのゼク?」
「そうだが」
「あたしはニーナ・ノワール。情報屋。——取引がしたい」




