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この村の灯り(修正版)  作者: 堺大和
5/22

休日

五月の下旬 

役場が久しぶりに静けさを取り戻した週末

私は借りている移住者向け住宅の玄関で 

少し迷いってから靴を履いた


特別な予定はなかったが

ただ 小川菫に誘われた

「近くに古道と滝があるんですよ」と

言われて二人で近くを歩くことになった

夜明け前の空は深い藍色で

空気は冷たかった

菫の運転する軽自動車に乗せてもらい

やがてエンジンを切り

静かな山道に降り立った

休日の朝だった

村の上に雲海が出ることことが

あると聞いていた

春には特によく見えることがあると

山道を少し歩くと

小さな展望台があった

木で組まれた簡素な柵と古びた東屋

手書きで「雲見台」と書かれていた

観光地と言うほどでもない

村の人が時々来るだけの場所だった

私は柵の前に立ち

谷の下を見下ろした

最初はよくわからなかった

深い谷の底に

白いものが広がっていた

ゆっくりと形を変えているのをみて

ようやく気付く

雲が溜まっている

やがて東の空から

わずかに明るくなると

その光景がハッキリしてきた

山と山の間に白い海が広がっていく

雲海だった

遠くの稜線がその上の島のように

浮かんでいる

風は殆どなく

雲は静かにゆっくりと動いている

私は言葉もなく見ていた

冷たい空気の中

土と湿った葉の匂いが

混じっていた

何処かで鳥が鳴いた

それだけだった

雲の下に村がある

人の暮らしがその下にある

私はふと 

自分がこの村に来たばかりの頃を思い出した

まだ何も解らず

ただ仕事を覚えることに追われていた

村の事も 人のことも 

よく見えていなかった

今は少しだけ違う

全部わかるわけではない

それでも

この村の中で生きている人たちのことを

前より考える様になった

太陽が顔をだした

その瞬間雲海の色が変わった

白い雲が 淡い金色に染まる

光が山の中からゆっく降りてくる


山を降りると

苔むした石段が続いていた

熊野古道の支道だという

観光パンフレットには

小さく載っているだけの道だ


歩くうちに 空気が変わる

湿り気を帯びた風 鳥の声 

足元を流れる水の音

去年の落ち葉の上に

新しい芽が混じっていた

東京で暮らしていた頃には

意識しなかった感覚だった


滝は思ったより小さかった

けれど水音は強く岩肌を叩く白さが目に残る

「派手じゃないけど…」

私は呟いた

役場で扱う相談案件と 

何処か似ていると思った

大きな成功ではないが 

確かにここにあり続けているもの


滝の先に 小さな祠があった

龍神神社 とある

豪華な名前だ

役場の隣と同じだ

社殿は古く 賽銭箱も傷んでいる

それでも掃除は行き届いていて 

花が供えられている

誰かが守っている

その事実が 妙に胸に残った


帰り道 近くの温泉旅館に立ち寄る

湯船に浸かると

地元の年配客が二、三人世間話をしていた

「今年は人が多いな」

「役場が何かやっとるらしいよ」

直接話しかけられることは無い

けれどその距離感がこの村らしいと

私は感じた


夜 

菫は自宅でスマートフォンの

写真を見返していた

古道 滝 神社 温泉 

今日 村を一周した写真が並ぶ

何もないって言われるけど

画面をスクロールしながら ふと手を止めた


ここで暮らすって事は 

こういう何もない時間を

受け入れることかもしれない

都会に出ていたら 

きっと気にも留めなかった景色 でも今は 

失くしたくないと思ってる自分がいる


菫はそっとスマートフォンを伏せた

明日からまた 相談窓口が始まる

移住希望者も 地元の人も

同じカウンターに座る

その真ん中に自分が立っている


週明けの朝 

村役場の小さな会議室には

何時もより人が多かった

観光担当 企画担当 そして課長

机の上には 例の古道と滝 神社 温泉を

写した資料が並んでいる

「で、このルートなんですが」

企画担当が指し示した地図には 

私が歩いていたあの道が

太線でなぞられていた

「熊野古道の支道として整理すれば

静かな癒しを売りに出来ますし

SNS向けの写真映えも悪くない」

写真映えという言葉に

菫の指先がほんの僅かに止まった

「温泉も含めて 半日コース

春の桜 夏の滝 秋の紅葉 冬は……」

「一寸待ってください」

口を挟んだのは 定年間近の課長だった

「それ 誰が管理するんや?

道の整備 草刈り 駐車場 トイレ」

会議室が一瞬静かになった

「…地域の方に協力をお願いして」

「お願いで すむ話ちゃうやろ」

課長の声は穏やかだったが重みがあった

私は資料を見ながら考えていた

滝の前で感じた あの空気

神社の掃除が 

誰かの手で続けられている事実


あれは資源と言うより…生活や

「一点、いいですか」

気付けば 私は口を開いていた

「観光資源として 使えるか でなくて

使った後残るか を先に考えた方が

いいと思います」

視線が集まる

「静かな場所を売りなら 

人を呼び過ぎた時点でその価値は失われます

滝も 神社も 温泉も…

今ある形を壊さない前提でしか

成り立たない気がします」


少し言い過ぎたかもしれない

そう思った瞬間

「…私も そう思います」

小川さんが静かに続けた

「移住希望者の人たちは

あそこを 観光地 としてじゃなく

暮らしの一部 として見ていました」

一呼吸置いて 言葉を選ぶ

「写真を撮る人より 話を聞いて 歩いて 

黙って景色を見ている人の方が多かったです」

課長が腕を組む

「つまり 売る より 見せる ?」

「…押し付けない に近いです」

菫はそう答えた

会議は結論をださないまま終わった

資料は回収され 地図はファイルに戻る


廊下に出た時 小川さんが小さく息を吐いた

「正直…怖いんです」

私は黙って歩調を合わせる

「一度 観光 って言葉が付くと

元には戻らない気がして」

それでも 何もしなければ村は縮む

その言葉は 小川さんを飲み込んだ


私は滝の音を思い出していた

強く でも変わらず そこにある音

この村は急がせると壊れる

その事はだけは 確かだった



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― 新着の感想 ―
 堺大和さん、こんにちは。 「この村の灯り(修正版) 休日」拝読致しました。  山中、住居って、移住者向けの住宅だったのか。  てっきり、職員用の宿舎とばかり思ってたぞ。  どうせ男の独身向けなん…
 堺大和さん、こんにちは。 「この村の灯り(修正版) 休日」拝読致しました。  ん?  前回の田植えと、ほぼ同じ出だしかな?  ああ、同じですね。  修正宜しく。               …
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