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この村の灯り(修正版)  作者: 堺大和
47/50

書類

役場の二階 ふるさと振興課は昼前の

静けさに包まれていた

窓の外には まだ淡い色の山が広がっている

春はまだ来ない空気は何処か冷たい

私は自分の机で資料をめくっていた

道の駅に関する最終の打ち合わせ資料だった

出店予定の農家の名前

納品スケジュール

補助金の条件

整っているようで どこか落ち着かない

数字は揃っている

書類も揃っている

だがそれだけで上手くいくとは思えなかった

「山中 ちょっとこい」

課長の声がした

顔を上げると

課長が自分の席からこちらを見ている

「はい」

私は立ち上がり課長の机の前に行った

机の上には 一枚の書類が置かれていた

見覚えのある様式だった

人事関係の書類だ

私は無意識に背筋を伸ばした

課長は椅子を深く腰を掛け 

書類を指で軽く叩く

「これな」

それだけ言って書類を私の方へ滑らせた

私は手に取り 目を落とす

出向命令

行き先は


株式会社 雨実の里


道の駅の運営会社だった

一瞬 意味が分らなかった

いや 分かっていたが

頭の中で整理が追いつかなかった

「……出向 ですか」

私はゆっくりと言った

課長は小さく頷いた

「そうや」

短い言葉だった

それ以上説明はなかった

私はもう一度書類を見た

期間は一年

発令日は来月 

道の駅のオープンと同時だった

「……私 ですか」

思わずそう言っていた

課長は腕を組んだ

「他に誰がおる」

淡々とした口調だった

怒っているわけでも 

押し付けるようでもない

ただ事実をいっているだけだった

私は言葉を失った

頭の中に 顔がいくつか浮かぶ

先輩職員

別の課の職員

農協の人間

だが そのどれもが現実的ではないと

直ぐに分かった

誰もやりたがらない

そして 誰もやれない

課長が続けた

「会社の形は作った けどな」

少しだけ言葉を切る

「回す人間がおらん」

私は黙って聞いていた

「民間に丸投げするほどの規模でもない

外から呼ぶ金もない」

課長は視線を窓の外に向けた

「結局な うちでやるしかない」

私は書類をもったまま 立っていた

その重さが 急にましたように感じた

「お前 最初から関わっとるやろ」

課長が言った

「説明会も 調整も 全部」

私は小さく頷いた

「はい」

「だからや」

それだけだった

理由としては あまりにも簡単だった

だが反論は出来なかった

最初から関わっていた

途中で抜ける事は出来ない

課長が少しだけ私の方を見た

「逃げたいか?」

不意にそう言った

私は一瞬 言葉を失った

正直に言えば逃げたかった

だが それを口にすることはできなかった

「……いえ」

自分でも 少し遅れて出た答えだった

課長は何も言わなかった

ただ 軽く頷いた

「まあ そういうやろうな」

それがどういう意味なのか分からなかった

期待なのか 諦めなのか

課長は書類を指で叩いた

「形だけの責任者やないぞ」

静かな声だった

「売上も 人も 全部お前が見る」

私は書類から目を上げた

課長の目が まっすぐこちらを見ていた

「失敗したらどうなるか 分かるな」

その言い方には 脅しの色はなかった

ただ 現実を示しているだけだった

私はゆっくり頷いた

「……はい」

それ以上 言葉は出なかった

課長は少しだけ息を吐いた

「まあ 誰もやらん仕事や」

そして 少しだけ口元を緩めた

「お前しかおらん」

その言葉は 励ましにも聞こえたし

突き放したようにも聞こえた

私は書類をもったまま

しばらくたっていた

外では 風が少しだけ強くなったのか

旗が揺れている

この村は 変わろうとしている

それに 自分が関わっている

いや 関わらされている

私はゆっくりと頭を下げた

「……分かりました」


そう言ったあと私は一度だけ視線を落とした

頭の中に母の声が浮かんだ

「逃げてもええけどな」

「誰かがやらなあかんことやろ」

あの時 自分は曖昧に笑って受け流した

正しいとも 間違っているとも

思わなかった

ただ そういうものかと聞いていた

だが今は その言葉が引っかかる

逃げてもいい

それでも誰かがやらなければならない

その「誰か」が自分の前に置かれている

私は小さく息を吐いた

その時不意に別の光景が重なった

冷たい空気

瓦礫の匂い

遠くで呼ばれる声

東北での あの現場だった

あの場所でも 誰かが決めていた

何処から手を付けるのか

誰を優先するのか

正解はなかった

それでも 

決めなければ何も進まなかった

自分はその決定に従って動いていた

誰かが引き受けていたから 動けた

私はゆっくりと顔を上げた

逃げられないわけではない

ただ引き受ける人間が必要なだけだ

それならやるしかない

そう言う事なのだと思った

それが自分の出した答えだった


課長はそれを見て小さく頷いた

「頼むぞ」

短い一言だった

私は自分の席に戻った

机の上にはさっきまで見ていた資料が

そのまま残っている

同じ紙のはずなのに

見え方が少しかわっていた

これは そう他人事ではない

私は椅子に座り 書類を机の上に置いた

しばらく何もせず 

手をとめたまま考えていた

何から手を付ければいいのか

何を決めればいいのか

分からない事ばかりだった

それでも 時間は進む

道の駅のオープンは待ってくれない

私はゆっくりと息を吐き

資料を手に取った

仕事を始めるしかなかった


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