秋祭り
秋の空気が澄み
山の色はゆっくり赤や黄色に染まり始めた頃
村には今年も移住希望者たちが集まっていた
稲刈り体験の前日
菫はイベント準備の最終チェックをしていた
「今年は 暑さも穏やかで
体験日和になりそうですね」
私も資料を片手に言う
「そうやな今年は水不足にもならんかったし
まあまずまずやろ」
そんな会話をしていると
遠くから声が聞こえた
「菫さん!おはようございます!」
振り返ると
稲刈り参加者の一団が笑顔で手を振っている
既に長靴を履き やる気に満ちていた
稲穂の黄金色が風に揺れる田んぼ
足を踏みいれると稲がささやくように揺れた
「うわあ これが本物の稲か!」
参加者の一人が目を輝かせる
菫は手本となる稲刈りの仕方を
丁寧に説明していく
「刈る時は 稲の根元を見て
力を入れ過ぎないようにね」
「おお なるほど!」
笑いと興奮が混じる声が
穏やかな空気と一緒に流れていった
昼休憩になると
地元の農家の方々も集まって来た
菫が軽く質問をすると
そのうちの一人が言う
「田植えの時より皆慎重なんやな」
「今年は 参加者たち
全部 体験 って感じやないって思います」
別の農家の人が 稲穂を見ながら続ける
「自分の暮らし として見てる人
多い気がする」
その言葉に 参加者の誰かが顔を上げる
「そうなんです
村の一部になってみたいって思って」
菫は その場面を静かに見守っていた
稲刈りの後
稲の束を囲んで秋祭りの準備が始まる
屋台の飾り 提灯 太鼓の位置
地元の人と 一緒に手を動かす
女将さんが微笑みながら
菫の横にやって来た
「今年も賑やかになりそうやな」
菫は笑って答える
「はい 稲刈りだけじゃなくて
祭りの空気も体験してもらえるなんて…」
女将さんは小さく笑った
「村の祭りは 来る だけやなくて
関わる やからな」
夜になると祭りは本格的に始まった
太鼓の響き 子供たちの笑い声
屋台の焼きそば
いちご大福
カスタードプリン
小松菜ケーキ
夜空を見上げれば
小さな花火がぽつりぽつりと上がる
「すごい 村のお祭りって 初めてみた!」
遠くから来た移住希望者の一人が言う
高校生たちも 笑顔で屋台を手伝っていた
「ねえ葵 このまま村に住めるかな?」
さくらが 声をひそめて言う
「うーん 分からんけど なんか こう
ここにいてもええ って気がする」
葵は少し照れたように
笑いながら空を見上げた
提灯を丁寧に畳んでいた菫さんと女将さん
作業の合間に ふとした会話が生まれる
「今年は 祭りも大変やったけど
こうして片付けまで無事に来れるのは
嬉しいな」
女将さんが
コップに残った冷たいお茶を
少し飲みながら言う
「そうですね でも やっぱり祭りの後って
なんだか心が満たされます」
菫は秋の風に揺れる枯れ葉を見ながら答えた
その時
「菫さんー!」
さくらが駆け寄って来る 顔には
直ぐ分かるくらいの笑顔があふれていた
「どうしたん?」
菫が少し驚いて振り返る
「えっと その」
さくらは一瞬照れたように笑い
手に持っていた封筒を差し出した
「これ…」
女将さんも興味深そうに覗き込む
菫が封筒を受け取ると
その表情が少し変わる
「これ もしかして?」
さくらは大きく頷いた
「あのね 試験 合格しました」
その言葉に 一瞬周りが静かになる
そして
「おおお!」
女将さんが笑顔で言った
「そら ええ知らせや!
さくらちゃん おめでとう!」
菫も にっこりと笑顔になる
「本当に良かったね 頑張ってたもんね!」
さくらは
手に汗握るような笑いをしながら
嬉しさを胸の中いっぱいにしていた
「ありがとうございます
ずっと不安やったんですけど
ちゃんと出来たみたいで!」
菫は 封筒を軽く抱えながら
さくらは見つけた
「ええ知らせを
片付けの途中に聞けるなんて
最高の秋祭りやな」
女将さんが笑いながら言う
「ほんま それ!」
さくらも笑顔で答えた
その瞬間 片付けの作業の手が
一瞬止まったように感じた
最後に
村の神社の境内でみんなが集まる
神楽が静かに舞を見せ
私は 遠くからその空気を見ていた
道の駅も
こんな風に村の一部になれるかな
そんなことを思いながら
菫は隣に立ち静かに言う
「祭りの後も ずっと続くんですよね」
私は少し笑って頷いた
「うん 祭りみたいに
ここにも 帰れる場所 が
ひとつ増えると思う」
夜遅く
村はとても静かだった
菫は役場の坂道をゆっくり歩いていた
街灯は少ない
それでも目が慣れてくると
道の形はちゃんと見える
遠くで川の音が聞こえていた
昼間は観光客が通る道も今は誰もいない
菫はポケットに手を入れて歩いた
少し坂を下ると
公民館前の広場に出る
昼間
移動スーパーが来ていた場所だ
昼は人が集まっていた広場も
今はただの空き地だった
軽トラックの代りに
夜の風が通り抜ける
菫は 少しだけ立ち止まった
あの白い車が止まる場所を見つめる
昼間の声が
まだそこに残っているような
気がした
また歩き出す
坂を下ると診療所前に出た
建物の中には灯りがついている
まだ先生が残っているのだろう
窓から白い光がこぼれていた
菫はその灯りをみて 少し笑った
「葵 ここで働くんやろな」
小さく呟いた
風が木の葉を揺らす
菫はそのまま村のを歩いた
山の斜面には家が点々と並んでいる
窓の灯りがいくつか見えた
料理をしているのか
台所の灯りがついている家
でもその間には暗い家もある
空き家だ
菫はある家の前で足を止めた
和歌子の家だった場所
玄関は閉まっている
庭の柿の木が夜風で揺れていた
菫はしばらくその家を見ていた
昨年のお盆
ここで和歌子と話したことを思い出す
「親を都会に呼ぼうと思っている」
和歌子はそう言った そして村を出た
菫は空を見上げた
星が少し見える
村を出る人
村に残る人
何方が正しいわけでも無い
ただ
それぞれの場所があるだけだ
菫はもう一度歩きだした
坂の上に出ると
村を少し見渡せた
窓の灯りがぽつぽつと光っている
全部ではない
でも消えていない
菫はその光をしばらく見ていた
その時後ろから足音がした
振り向くと山中さんが立っていた
「こんな時間に散歩ですか」
菫は少し笑った
「山中さんこそ」
私は村の灯りをみた
「綺麗ですね」
「そうですね」
菫は頷き
私は言った
「全部消えるわけじゃないんですよね」
菫は少し考えてから答えた
「たぶん」
そして小さく笑った
「まだ残っている灯り いっぱいあります」
私も笑った
二人はしばらく黙って村を見ていた
夜の山の中で
小さな灯りが静かに光っている
菫は思った
この灯りがある限り この村はまだ続く




