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この村の灯り(修正版)  作者: 堺大和
2/18

雨実村

山道を曲がると 赤い橋が見えた

雲沢をまたぐ 新しい橋だった

数年前にかけ替えられた橋で

山の緑の中でその赤色がよく目立っている

バスの窓を少し開けた

沢の冷たい空気が流れ込んでくる

雲沢の水が岩に当たって白く砕けている

この道は昔から何度も通った道だった

高校へ通う時 瀬河の町に出る時

バスの窓から何度もこの沢を見た

その頃はまだ古い橋だった

私は橋の向こうを見る

道は山の中へ続いている

その先に雨実村がある

役場があり神社があり学校がある

子供の頃 山奥の青月から瀬河へ行く途中で

バスは必ずここを通った

ただ通り過ぎるだけの村だった

その村で此れから自分は働くことになる

バスが山奥へ進む

すれ違いに白い軽トラックが

ゆっくり下がって来る

横には「移動スーパー」と書かれている

運転手が軽く手を上げる


雨実村役場前バス停

バスのドアが閉まる音は

都会よりずっと軽かった

バス停には屋根がある待合所が一つある

他には何もない

コンビニも自動販売機も見当たらなかった

バスは直ぐに走り去り

山道の向こう青月方面に消えた

静かだった

風の音と 遠くの川のせせらぎが聞こえる


私は小さな肩掛け鞄と

宅配便で先に送った

段ボール三つ分の生活を

思い浮かべながら 

本当に戻ってきたんだな 

故郷そのものではない

しかし稜線の形も空気の匂いも

子供の頃に遊びに来た記憶と

ほとんど変わらない 隣村 だった


「今日 引っ越しの方ですよね?」

背後から声がした

振り向くとクリップボードを

抱えた女性が立っていた

役場の名札を下げ

動きやすそうな服装をしている

「あ はい 

今日からこちらにお世話になる山中です」

「やっぱり ふるさと振興課の小川です

今日は住居の確認と鍵の説明を頼まれてて」

なるほど バスが停まったから

様子を見に来てくれたか

明るすぎず 

かといって事務的すぎもしない

人と人の間の距離を無意識に

測れるタイプの声だった


「長旅お疲れ様でした 東京からですよね」

「ええ…まあ」

そう答えながら私は「東京」という言葉に

自分が少し距離を置いている事に気づいた

もう戻る場所ではなく

離れてきた場所になっていた

移住者用の住宅は役場から

少し離れた高台にあった

元は職員用住宅だったらしい建物の一室

外観は質素だが 手入れはされている

小川さんは鍵の束を指で揃えながら

玄関のカギを開け住宅の簡単な説明を始めた

「夜は星はよく見えますし静かです

あと困った事があったら

遠慮なく役場まで来てください

相談は何でも引き受けてます 

そういう課なので」


その言葉に私は小さく息を吐いた

なるほど そういう村か

いや 解っていた

鍵を受け取り玄関を開ける

まだ何もない部屋に 

窓から午後の光が差し込んでいた

「明日から出勤ですよね 

緊張します?」

そう聞かれて私は少し考えた後

 正直に答えた

「緊張というより…

ちゃんと役に立てるかどうか」

小川さんは 少し笑った

「それうちの村に来る人 

だいたい最初に言います」

その言葉を聞いた時 

私はこの村での生活が

もう始まっているのだと実感した


翌朝

私はまだ

新しい畳の匂いが残る部屋で目を覚ました

窓を開けると低い雲海の下に

静かに村役場の建物が座って見える

東京では朝は音から始まった

車のクラクション 電車の走行音 人の足音

ここでは鳥の声が先に来る

「静かやな…」

独り言は 誰にも聞かれずに消えた


役場まで徒歩十分ほどだった

通学中の小学生が挨拶をしてくる

統合された小中学校がある

その前に信号…

必要ないが必要な信号

将来 村の子供が都会に出て

困らない様に練習用の信号がある

しばらく歩くと

この村の龍神神社

神社の隣に村役場はある


二階建てで正面のガラス扉には

「雨実村役場」と

黒い文字が貼られている 

剝がれかけた村章のステッカーが

そのままこの村の現状を

説明しているようだった

本当に戻ってきたんだな

私は一度だけ深呼吸をしてから 

正面玄関で立ち止まっていると

背後から声をかけられた

「おはようございます 

今日からですね?」

振り返ると 昨日会った若い女性スタッフの

小川さんが立っていた

「はい 今日からお世話になります」

「よかった 迷わずに来られました?」

その言い方に 

ここでは迷う人がいるのか?

それはない ほぼ一本道だ

「ふるさと振興課は二階です。

正直に言うと 相談だけは多い課なので…」

「覚悟はしています」

彼女は少し笑った

「じゃ大丈夫ですね。

覚悟してくる人 意外と少ないんですよ」

階段をのぼりながら思った

本当に自分は覚悟しているのだろうか


小川菫は彼の背中を見ながら一瞬思った

いつか この村に残った理由を

ちゃんと説明できるだろうか

答えのない問いを胸の奥にしまった


案内された部屋は

「ふるさと振興課」と書かれた

小さなプレートがかかっていた

奥の席で 

新聞を読んでいる男性が顔を上げた

「今日からだっけ ええと…ああ 

君か東京から戻ってきた人

山中君だっけ?」


その言い方に悪意は無かった 

ただ事実をそのまま口にしただけ

という調子だった

長年の公務員の平坦さがある

中には机が3つ 

壁際には古いパンフレットと

数年前の日付が入った統計資料

「私は課長 もうすぐ定年でね 

あとは…小川さんとは既に会っているね

紹介の必要はないかな」

課長は苦笑いを浮かべて言った

「ここは 移住の相談もあれば 

空き家の苦情もある

イベントをやれと言われることもあるし

何も起きない日もある

派手な成果は無く

失敗すると恨まれる場所だ」

「分かりました」

「分かる必要もない 

困った事が有ったら相談しろ

どうせこの村の問題は一人じゃ決められない」


その言葉を聞いた瞬間

少しだけ肩の力が抜けた

私は 机の上に置かれた名札を見つめた

「山中幸一」

其処に書かれた自分の名前が

少しだけ他人のもののように感じられた

ここは決断の場所ではない

だが決断から逃げられない場所なのだ


この村は静かだった

人が減り 店が閉じ 

若者が出て行ったあとに残る静けさ

そして自分は

その静けさの中で 何をすればいいのか

まだ 答えは無かった

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― 新着の感想 ―
 堺大和さん、こんにちは。 「この村の灯り(修正版) 雨実村」拝読致しました。  村の名前が!  え、何のことかって?  初稿版には、村の名前が無かったんですよ。  ただ、そんだけです。いえ、スゴ…
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