決めるを決める
バスは静かに発車した
瀬河駅をでる 瀬河高校前
ショッピングモール前を抜ける
町を抜けると 直ぐに山道に入る
カーブが増え 揺れも大きくなる
乗っている人は少ない
途中の停留所で
一人 また一人と降りていく
車内は どんどん静かになっていく
村役場前まで約一時間
「これを逃したら終わりやからな」
葵が窓の外を見ながら言う
「今日はほんまに帰れんかったな」
さくらも同じ方向をみていた
「帰って来ると静かやな」
「でも落ち着く」
「今日の説明会…」
「うん…」
窓の外には 見慣れた山が広がっている
電車の時間とバスの時間
どちらも上手く繋がっていない
県庁から田舎へ進む電車は遅い
途中一度乗り継いで
村に一番近い 瀬河駅に着いても
バスが来るまで長い時間待たされる
村から県庁までは約二時間半
県庁から村までは約三時間半かかる
それでも その隙間を縫うようにして
帰るしかない
バスはカーブを曲がり
谷の中へ入っていく
谷に入ると空気が少しだけ
柔らかくなる気がした
その下に 雨実村がある
今日 そこで話がある
葵はシートにもたれ目を閉じた
エンジン音が一定のリズムで続いていた
バズが雨実村の役場前停留所に着いた時
月空に山の斜面が照らされていた
葵とさくらは降りると
ほとんど言葉を交わさず歩き出した
向かう先は村の旧小学校跡地だった
役場の明かりは点いている
隣の神社の境内には
まだ人の気配はないが
「結構来ているな」
さくらが前を見て言う
旧小学校の前には軽トラックが何台も
停まっていた
見慣れた車ばかりだった
入り口の横には
簡単な看板が立てられている
道の駅整備事業 住民説明会
黒い文字が白い板に書かれている
だけだった
派手さはない
それでもいつもと違う空気があった
校舎教室の扉は開け放たれていた
中から低い話し声が漏れていた
葵は一度だけ足を止めた
「…入る?」
さくらが横を見る
「来たんやから 入るやろ」
軽く言うが
その声は少しだけ低かった
二人は靴を脱ぎ入っていった
中は思ったより人が多かった
椅子が並べられ 既に半分ほどは
埋まっている
前の方では 役場の職員が資料を配っていた
姉の姿も見える
机の上に資料も揃え順番を確認している
顔はいつも通りだが動きが少しだけ速い
「こんばんは」
近くにいた年配の女性が声をかけてきた
「こんばんは」
葵も軽く頭を下げる
「学校帰りかいな」
「はい」
「よう帰ってきたな」
その一言に 少しだけ照れたような
気持ちになる
後ろの方の席に座る
隣の席には
農家の男性が腕を組んで座っている
その後ろでは 小さな声で話す人たちがいる
「どうなるんやろな」
「わからんけどな」
短い言葉があちこちで交わされている
はっきりした賛成も
はっきりした反対も まだ聞こえてこない
ただ 皆が何かを考えている
そんな空気だった
前の方で私は資料を確認していた
一枚一枚順番を確かめる
顔は落ち着いてるように見せ
だが 時折手がとまる
そのまま少しだけ視線を落とし
また動かす
菫が横から小さく声をかける
何かを確認しているらしい
私は短く頷く
時計を見る
開始まであと五分
ざわつきはあるが騒がしくもない
むしろどこか抑えられている
言葉にしきれないものが
部屋の中に溜まっているようだった
葵は前を見た
あの机の前で何かを説明される
そしてこの村のことが少し動く
それが 良い事なのかどうかは
ただ決まるのだということだけは
分かる
隣で さくらが小さく息を吐いた
「始まるな」
「うん」
葵も小さく頷いた
前の時計の針が ゆっくりと動いた
ざわめきが 少しだけ静まる
私は顔を上げた
部屋の空気が わずかに変わった
金曜日の夜
旧小学校跡地の建物には
久しぶりに灯りが入っていた
教室だった場所に並べられた
折りたたみ椅子
壁には当時のまま残る掲示板の跡
集まったのは 村の大人たちだった
道の駅誘致に賛成の人 反対の人
何方でもない人
後ろの方に 数人の高校生の姿があった
「本日は お忙しい中ありがとうございます」
私は 立って頭を下げる
声は大きくないが よく通る
「今日は 結論を出す場ではありません
どう決めるか を確認する為の会です」
最初に簡易直売所と休憩所の実施結果が
共有される 数字は控えめだ
良い点も 課題も そのまま出す
「人が増えるのは ええことや」
賛成派の男性は言う
「若い人も来る 村に金も落ちる」
直ぐに反対派が続く
「せやけど 静かさは戻らん
車も増える 夜も騒がしくなる」
声は荒げない
だが どちらも本音だ
「キャンプ場と一緒にやるなら
管理は誰がする?」
「人出は?」
「失敗したら どうする?」
質問が重なり 空気が少し張る
後ろの方から 遠慮がちな声が上がった
「いいですか」
高校生だった
「自分らここで育ったんですけど」
一瞬 視線が集まる
「正直 今は 出るしかないって思ってます
でも 戻ってくる場所が
何も変わってなかったら
それも 寂しいです」
静まり返る室内
「道の駅が正しいかは分からないです
でも 何もしない って決めるのも
ちゃんと考えた結果であってほしいです」
誰も 直ぐには言葉を継がなかった
私は少し間を置いてから 口を開く
「この村には『住民投票条例』があります」
ゆっくりと確認するように
「義務教育を終えている人に
投票資格があります
村の将来を左右する重要な事案について
出来る限り多くの人の意見を
取り入れる為の制度です」
資料を閉じる
「道の駅誘致を やるか やらないか
何処までやるか それを 最終的には
この制度で決めたいと考えています」
ざわつきは起きない
むしろ空気が落ち着いた
「話し合って それでも意見が割れたら
決め方を村に委ねる」
誰かが小さく頷いた
「それならええ」
反対派の一人が言う
「決まったら 文句はいわん」
賛成派も続く
「納得できる形や」
説明が一通り終わった後
教室の中は動かなかった
誰かが手を上げるでもなく
山中は一度だけ隅から隅まで見渡した
視線が合う人もいれば
逸らす人もいる
何方でもいい
と言う顔を一人もいなかった
其々が何かを抱えたまま座っている
説明会が終わっても
直ぐに立ち上がる人は少なかった
椅子を引く音がぽつりぽつりと聞こえる
誰かと話すでもなく
資料を見つめたままの人もいる
葵とさくらも しばらくそのまま座っていた
やがて 前の方の人が立ち上がると
それに続くように人が動き始めた
菫がぽつりと言った
「決めない って決断じゃなかったですね」
「はい」
私は答える
「決める方法を 先に決めただけです」
外でエンジン音がかすかに聞こえる
それも直ぐに消えた




