夏の終わり
お盆の頃
空気は少しだけ変わる
役場前や集会所近くに止まる車を見かける
県外ナンバーも混じっている
偶然
都会から帰省した友人の和歌子と再会した
高校時代の同級生 今は大阪で働いている
「久しぶり!相変わらず静かやなあ」
和歌子は笑いながら言ったが
その笑顔には少しだけ 見下ろす側 の
余裕が混じっていた
菫はそれに気づきながら
気づかないふりをする
「まあね でも最近はちょっと忙しいよ
イベントとか 移住体験とか」
「へえ 役場ってそんなこともやるんや」
「やる というか やらないと
この村はなくなるから」
言葉にした瞬間 胸の奥が少し痛んだ
都会に出た友人には
重すぎる話かもしれないと
バス停へ向かう途中
二人は川沿いの道を歩いていた
夕方の風が少し涼しく
ヒグラシが鳴き始めていた
「なあ…菫…」
和歌子が何気ない調子で言った
「この村ってさ…正直 住める?」
足がほんの一瞬だけ止まりそうになる
菫は歩幅を変えずに そのまま前を向いた
「どういう意味で?」
「仕事とかさ 買い物とか 将来とか
ほら 子供育てるとか考えたら」
責める口調ではない
むしろ心配してくれている という顔だった
「住めるよ」
少し間を置いて 菫は答えた
「便利じゃないし 選択肢も少ないけど
でも 全部がダメってわけじゃない」
和歌子は
「そっか」と言いながら
川面を覗き込む
「私はさ 正直無理やと思うわ
でも 菫がここで働いているのは…
なんか凄いなって」
その言葉に 胸の奥が少しだけ熱くなる
同時に逃げ場を失った感覚もあった
「私もずっとここにいるかは分からないよ」
菫は 少しだけ本音を混ぜた
「でも今は 住めるかどうか分からない村を
考える場所 にする仕事をしてる」
和歌子は驚いたように菫をみて
それから笑った
「相変わらず 真面目やな
私な 親をさ
大阪へ呼ぼうと思って」
「大阪に?」
「病院も充実してるし」
少しの間
「この村好きなんだけどさ」
バスが見えてきた
エンジン音がこの時間の終わりを告げている
和歌子が乗り込む寸前 振り返って言う
「また帰ってくるわ
その時 答え変わってるかもしれんしな」
菫は手を振りながら 小さく頷いた
答えはまだ途中 この村も 自分自身も
夕方 私が村に戻ると
小川さんが役場前に立っていた
友人を見送ったところらしい
「おかえりなさい」
「ただいま ですかね」
二人は並んで川の方へ少しだけ歩く
「友達 帰って来たんですか」
「はい 都会の話 沢山聞きました」
「楽しかった?」
菫は少し考えてから 首を横に振った
「楽しい だけじゃなかったです
私 ここに残っているんだなって
改めて思いました」
私は何も言わなかった
ただ同じように「戻ってきた人間」として
その言葉の重さだけは分かっていた
遠くで迎え火の煙がゆらりと立ち上る
村は変わらず静かだ だが人の心だけは
それぞれの場所で揺れている
お盆はそんな揺れを
そっと浮かびあがらせる季節だった
夏の終わり
村営キャンプ場の一角に
簡易な直販所と休憩所が設けられた
元は小学校の倉庫だった建物を
最低限だけ整えたものだった
木の机 ベンチ 日よけの簡単な屋根
並ぶのは 朝にとれた野菜と
手作りの加工品 苺のジャム
名水わらび餅 三笠漬け
シャインマスカットは量を絞り
値札も控えめだ
「道の駅って名前は まだ使いません」
開設前の打ち合わせで 私はそう言った
「まずはここで人が立ち止まるかを
見たいです」
菫は頷いた
売れるかどうかより 使われ方を見る
それが今回の目的だった
午前中
キャンプ場を利用していた家族連れが
ふらりと立ち寄る
「トイレ ここで使えますか?」
「はい、どうぞ」
「この辺
ちょっと座れるところがあって助かる」
菫はメモ帳に 何も言わず書き留めた
買わない人の言葉も ここでは大切だ
昼過ぎ サイクリングの途中らしい二人組が
水を飲みに来る
「地図ありますか?」
「簡単なものなら」
私は即席で用意した周辺案内を差し出した
滝 古道 温泉
派手な説明はない
「意外といろいろあるんですね」
その一言に 菫は小さく息を吸った
夕方売り上げは決して多くなかった
だが ベンチは一日中 誰かが座っていた
「今日はどうでしたか?」
菫は聞く
「数字だけなら厳しいですね」
私は正直に答えた
「でも 通り過ぎなかった人
は思ったより多い」
休憩所に残る 飲み終えたペットボトル
折りたたまれた地図
誰かが忘れていった帽子
「道の駅って 売る場所でなく
村に入る前に 息をつく場所
かもしれませんね」
菫が言うと 私は少しだけ笑った
「だったら まだ可能性はあります」




