表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/21

食べて、ピロート、食べて

ピロートが目を覚ましたこと――

それは確かに、奇跡と呼ぶべき出来事だった。


だが、その奇跡を前にして

自分が気づくまでに、あまりにも時間がかかったこと。

それ自体が、どこか「歪んでいる」という兆しだったのかもしれない。


あの日、ピロートが目を開き、こちらを見た瞬間――

あれは本当に、幸福だったのだろうか。


……いや、違う。

あれは幸福などではなく、

息子を死なせてしまったという、

取り返しのつかない罪悪感だった。


「どうして泣くんだい、ピロート……」


彼は涙を流し、眠たげな仕草で父にしがみついた。

小さく震える手は、もっと強く抱きしめようとしたが、

それは叶わなかった。

抱き返されないことが、

あまりにも空虚だったからだ。


ベルーノルは、そのままピロートと一緒に横になった。

背中が寝台に沈み込むのに任せ、

この感情が通り過ぎるのを待つように。


闇の中で言葉を交わした。

聞こえるのは、ほとんど彼ひとりの声だけ。

それでも――

その夜は、人生でいちばん多く話した夜だった。


ピロートもまた、応えていた。

言葉にはならなくとも、

一つ一つに、確かに返事をしていた。


やがて、語らいは眠りへと溶けていった。


それから幾週間が過ぎ、

ピロートはようやく、とろみのある食事を口にできるようになった。


その朝、ベルーノルは肉料理を作ることを決めた。

今日、ピロートは初めて「強い」たんぱく質を摂ることになる。


衝動的な判断ではない。

彼はすでに、卵という穏やかな蛋白源を、長く摂ってきた。

身体は回復し、自力で歩けるほどになっていた。


加えて、欠かさず与えられてきた薬草水――

ベルーノルが自ら調合したものだ。

果実の香りで薄められ、強すぎず、弱すぎず。

冷えに対する恐怖を和らげる効能もあった。


今のピロートは、もう寒さを恐れていない。


数週間前、ベルーノルは彼を外の冷気へ連れ出した。

ピロートは怖がり、目を開けることすら拒んだ。

冷たい風が身体に触れるたび、

彼はベルーノルにしがみつき、喉の奥でか細く鳴いた。

暖炉の前へ戻してほしいと、懇願するように。


だが、ベルーノルは彼を騙した。

月に語りかけるような、柔らかな嘘で。


「今夜の月は琥珀色だ。

 一緒に見に行こう。


 この世界の月に賭けてもいい――

 ここで見る月のほうが、ずっと美しいから」


その言葉に、ピロートは目を開いた。

恐怖の中にある美しさが、

彼の関心を引き、

外の世界を「敵ではないもの」へと変えた。


父が料理をしている間、

ピロートは暗い部屋でヴァイオリンを弾いていた。

長い机の上に腰掛けて。


この部屋が何のための部屋か、

父はかつて教えてくれたが、

もう思い出せない。


ただ、窓の向こうに広がる蒼い空と、

灰色の霧だけが見える。

近づけば、遠くない場所に流れる小川も見えるはずだ。


「これは、僕たちのものだって、父が言っていた」


あの日、外へ連れ出されたただ一つの記憶が、

無数の風景を、ピロートの頭の中に映し出していた。

そこで父と何をするのか――

そんな想像ばかりが膨らんでいく。


ヴァイオリンを弾けば、

さらに多くの情景が浮かび上がる。


けれど――


「あ……父さんが来た」


「うん。料理ができたよ。

 さあ、食べよう。これは……父さんの妻の――」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ