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第二章:月の境界

 春の葉が敷きつめられた大きな木の下で、

 月の光のように白い服をまとった少年が、静かに横たわり本を読んでいた。


 しかし――

 重く響く足音がひとつ近づいた瞬間、

 懐かしすぎる気配が空気を揺らし、

 少年は思わず高い声を上げ、震える手で慌てて本を閉じた。


 そして隣で一緒に遊んでいた“誰か”に向かって、

「早く、隠れて」と、何度も繰り返し囁いた。

 けれどその少年は意味が分からないという顔をして、

 音のする方へ視線を向け――


「あれ……父さんだ……」


 ――――


 闇の中で、ピロットはゆっくりと目を覚ました。

 見えるものは何もない。

 ただ、ぐるぐると回り続ける円の輪郭だけ。


 めまいを覚え、彼は目を閉じる。

 だが閉じた途端、

 理解できない思考が頭の中を駆け巡り、

 映像が次々と流れ去っていった。


 古い家……

 劇場……

 悪い人々……

 屋敷……

 そして、ひとりの男。


 ピロットは何ひとつ分からず、考えるのをやめた。

 それらの映像を水の流れに任せるように、手放す。


 彼は意識を外へ向ける。

 自分の上に、何か大きく、重たい存在が覆いかぶさっている。

 少しずつ動きながら、一晩中。

 時折、離れては遠くで音を立て、

 また戻ってきて、同じように覆いかぶさる。


 ピロットは闇に沈んだままの瞳で、

 その存在をずっと見つめていた。


 けれど――

 返ってくるのは、ただ温もりだけだった。

 それは彼を、再び眠りへと誘う。


 その人の吐く息が、

 ピロットの呼吸を妨げないようにしてくれていた。

 胸元に残っていた冷たさも、次第に薄れていく。


 ――その人の呼吸に、合わせるように、

 息をしてみると……


Moon – Threshold Arc


ピロト:

高価なバッグを持って歩いている女の人がいたんだ。


ベルーノル:

でも、そのバッグは泥棒に奪われた。


ピロト:

それを見た一台の車が、泥棒を追いかけようとした。


ベルーノル:

けれど、バッグを追って走っていた彼女は――

その車に撥ねられてしまった……


ピロト:

……父さんみたいだと思わない?


ベルーノル:

どこがだい?


ピロト:

自分のものじゃないものを、

必死に追いかけるところだよ……


「お父さん! 僕が悪かった……っ、うっ!!」


ピロトはびくりと跳ね上がり、

父の手に握られた細い鞭が肌に触れようとするのを見て、

震える声で叫んだ。


かつて彼は、

商業地区で我儘のままに大声で怒鳴ったその“怒り”のせいで、

父から激しい罰を受けたことがあった。


その日のベルーノルは帰宅すると、

木の扉の隙間から漏れる灯りをしばらく見つめ、

やがて鞭を手にして部屋を出てきたのだった。


ピロトはひどく痛み、

激しく泣きじゃくり、

目の縁は真っ赤に腫れていた。


慰めることも、言葉をかけることもせず、

ただ膝の上で彼を見下ろす父の顔を見つめながら――

ピロトはその胸の中で、いつの間にか眠りに落ちた。


そして翌朝。


もう二度と目を覚まさないだろうと

ベルーノルが思っていたその少年は、

今、彼をじっと見つめ、

部屋中を疑うように視線でなぞっていた。


ベルーノルは獣のように唸り声を上げ、

その場に崩れ落ちる。


――息子が、

もはや自分を許すことはないと悟った瞬間だった。


「AGHHHHHHH――!!!」


そしてピロトはただ、

崩れ落ちる“彼”へと視線を送る。


冷え切った眼差しで――。

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