エピソード07
「こっ、これがほんとにあの絵・・・ですか、」
「どう?」
「かっ、感じます・・・何か応援されてるような、心の中で頑張れっていう声が、聞こえてきそうな」
「やっぱり、」
「あっ」
坂下彩は、絵の口元が少し開いたような錯覚を覚えた。
「いっ、生きてるの・・・」
「そうよ、彩ちゃん。この絵は生きてるのよ」
「先輩、この絵を守ろうとしたんですね、」
「うん」
「今は思いっきり分かります。その気持ち」
そう、SNSとか写真じゃダメなんだ
本物を見ないと分からない
女にだけ感じる、この絵の本当のチカラは
「未完成でこれですか・・・こんな凄い絵、初めて見ました」
「でも、この絵を描いてた男の人、警察に連れていかれたのよね」
「裸になってたんですよね?」
「うん。最初見た時、驚いた」
「でも、なんで裸に、」
「わからないわ。わからないけど、きっと気持ちが良かったんじゃないかなって思う」
「描きたい絵が描けた!みたいなですか?」
「そう!きっとそうよ!」
「本当に!」
二人はキャーキャーいいながら、抱き合って飛び跳ねた。
「でも、冬じゃなくてよかったですね」
「凍死してたかも」
「えっ、冬でも脱ぎます?」
「嬉しかったら、脱ぐと思う。それだけ、あの絵はあの人にとって、描きたかった絵なのよ」
白壁の前は簡易なバリケードで囲まれ、警備員が二人立っていた。
近くには多くの女性が、絵をながめながら写真を撮っている。
「先輩、これからどうします?ご飯でも行きますか、」
「そうね、作戦会議しましょう」
「?」
よく行くフレンチレストランに予約を入れ、二人は電車に乗った。
平日ということもあり、レストランは空席が目立った。
奥の壁際に案内される。
「明日会社休んで、警察に行ってみようと思うの」
「描いた男の人について、ですか」
「1か月で完成させないと、あの絵は消されてしまうから。もう時間がないのよ」
「本当にできますかね。そんな短い期間で」
春奈紗月は、首を横に振った。
「わからないわ。でも、とにかくあの絵は守らなきゃダメよ」
「先輩、」
「えっ?」
「なんか、カッコイイです」
「そうかな、」
二人は、笑った。
「でも先輩、」
「なに、」
「そんなに絵に夢中になっちゃって、あっちの方は大丈夫なんですか?」
「あっちって?」
「またー、とぼけないで下さいよ」
春奈紗月は、クスっと笑った。
「大丈夫よ。めちゃめちゃ順調だから」
「えっ、じゃ、もしかして課長、奥さんと離婚されたんですか」
「うん、離婚した」
「おおー!じゃ、先輩ついに結婚ですか!」
「フフッ、そうなるわね」
坂下彩は、春奈紗月の両手をとった。
「おめでとうございます!紗月先輩!」
「ありがと、彩ちゃん、」
「式には絶対呼んでくださいよ!」
「もちろんよ。あなたは、あたしの大切なお友達なんだから」
「・・・でっ、でも先輩」
「えっ、なに」
「先輩がいなくなると、わたしは寂しいっていうか・・・なんか、悲しくなってきちゃった・・・」
「彩ちゃん、」
春奈紗月は、ハンカチを渡した。
涙ぐんだ坂下彩は、渡されたハンカチで思いっきり鼻をかんだ。
「・・・」
その後も二人は、美味しいディナーとワインを楽しんだ。
やがて運ばれてきたメインディッシュの、ガーリックが効いた臭いに思わず感激。
「でも大塚課長、よく離婚できたなー。職場では、愛妻家のイメージあったんですけどね」
「浮気したのよ、奥さんが」
「ええー!」
ガチャン
ナイフフォークを皿に落とした坂下彩は、思わず大きな声が出た。
春奈紗月は、唇に人さ指を立てた。
あわてて、両手で口を塞ぐ坂下彩。
(お相手は、年下の若いミュージシャンらしいわ)
(そっ、そうなんですね。まあ、課長もイケメンだけど、もう42歳だし。奥さんも、若い男に魔が差したってことでしょうかね、)
(さあ、どうかしら)
柔らかな肉にナイフを入れて切った春奈紗月を、坂下彩は上目遣いで見た。
視線に気付いた春奈紗月は、口元まで運んだフォークを止めた。
「どしたの?」
「先輩・・・こんな時に言うのもアレなんですが・・・でっ、でも今言わないと、わたし、一生後悔する気がします」
「えー、何よ。気になるじゃない」
「わたし知ってます・・・大塚課長の闇の話」




