エピローグ
フレアスカートのような短いウエディングドレス、
「すみません!通ります!」
細い脚の花嫁が、秋葉原の改札を風のように駆け抜けた。
スタイルの良さも相まってか、サラリーマンや買い物客は思わず足を止めた。
向かった先は、マリアージュ・イン・ヘブンと誰かが名付けた場所だ。
駅構内に作られたそのチャペルに、参列者は既に着席していた。
「はあ、はあ、間に合った」
扉が開き、盛大な拍手
青いカーペットのバージンロードを歩く花嫁は、若い男性が待つ壇上に上がった。
見つめ合う二人の前に、
ウエディングベールをまとった大きな白壁の鉛筆画があった。
先輩・・・
見てますか、わたしの晴れ姿を
あなたが命を賭けて完成させたこの絵に、
わたしは今見守られていますよ
二人は、白壁の絵を見上げた。
「先輩・・・約束したのに・・・どうして、ここにいないの・・・」
まつ毛を濡らす花嫁に、花婿の男性は言った。
「君の先輩は、今日の晴れた空から笑顔で見てくれてるよ」
「・・・ほんとに・・・」
「ああ、ほんとさ。心から好きな人と天国で結ばれたんだ。笑顔しかないだろ?」
「・・・うん、・・・そうね、」
先輩・・・
あれから随分時間が経ったけど、
天国で幸せに暮らしてますよね
今日、わたしは新たな旅立ちを迎えました
先輩、
その高い空の上から、
応援してくださいね・・・
花嫁はバージンロードを逆走し、控室に置いたハサミで、長く引きずるウエディングドレスをひざ下で切った。
「もしもし、彩ちゃん」
「先輩、どうされたんですか!まだ式の途中じゃ」
「彩ちゃん、落ち着いて聞いて、」
突如、救急車の綾部京一郎が起き上がった。
「キャーーー!」
仰天する坂下彩は、思わずスマホを落とした。
キキキーッ、
救急隊員は急ブレーキを踏んだ!
反動で綾部京一郎は、救急車の中で転がる。
「もしもし、彩ちゃん!聞こえる?」
「せせせっ、先輩!・・・あっ、あっ、綾部さんが・・・」
「彩ちゃん、落ち着いて。彼は一時的に生き返っただけ。1時間経てば、また死ぬの」
「いっ、一時的って・・・なんですか、・・・先輩、これは一体・・・」
「彩ちゃん、時間が無いの。綾部さんとタクシーで、今すぐ秋葉原に戻ってちょうだい。あたしもすぐそっちへ行くから」
「ぜっ、絶対、死んでましたよね・・・どっ、どうして・・・」
「お願い、彩ちゃん!急いで!」
彼女が白壁のドアを開けたとき、綾部京一郎は絵の前に立っていた。
後ろを振り返った綾部京一郎、
彼女はその胸に飛び込んだ。
その勢いで二人は床に転んだ。
「先輩!完成しましたよ!ついに、絵ができたんです!」
返事は無かった。
カラン、
綾部京一郎の手から、一本の鉛筆が転がり落ちた。
駅構内をチャペルに改造したそこは、
結婚式の聖地として、世界中から多くの女性を引き付けた。
左手に天秤を持ち、右腕は下へと延びているその絵は、
道源専務により保護処理がなされ、
チャペルの肖像画として、見る女性に勇気と希望を与えた。
そして、綾部京一郎の名は、生涯ひとつの作品しか残さなかった天才画家として、
その後も永遠と語り継がれることになる。
「ねえ、先輩のお墓行かない?」
「ああ、いいよ」
「じゃ、披露宴終わったら車で待ってて」
「君は、ウエディングドレスだよ」
「ええ、その恰好で行くの?」
「結婚の報告するんだろ?それでないと、ダメなんじゃないか?」
「・・・そうね、わかった。じゃ、そうする!」
二人は、重なりながら息を引き取っていた。
その顔は、まるでこうなる事が分かっていたような穏やかな顔だった。
その後の調べで、綾部京一郎のズボンのポケットから、
古い一枚の写真が発見された。
それは、大きなお腹をした若い女性が、
微笑みながら目を伏せ、右手で下腹を支えている写真だ。
その女性の顔は、白壁の絵と瓜二つだった。
ねえ、メフィスト
なんですか、また・・・
あなた、死んでるのですよ?もう、何の望みも無いでしょう
それが、ひとつだけあるんだな
・・・ほんと、欲深い人間ですね
フフフ、
タダでできませんよ、代償は何ですか?
何言ってんの
めちゃくちゃほしがってた、あたしの魂あげたんじゃない
それくらいサービスしなさいよ
まあ、わかりました。で、なんです?願いって
それはねえ、・・・
「ありがとう、紗月さん」
「京一郎さん。紗月、じゃなくて綾香よ。あたしは、立花綾香」
-完-




