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エピソード12

トイレ、シャワーそれに簡易ベッドの場所を、彼といっしょに見ながら伝えた。

買ったサンドイッチとお茶を、折りたたみテーブルの上に置く。


 「ここに置きますから、食事はちゃんとしてくださいね。明日の朝、また来ます」

 

綾部京一郎は答えず、臨時に組まれた足場に登り再び絵を描き始めた。

しばらく彼の背中を見ていた彼女は、バッグを肩にかけ白壁のドアを後にした。



スーパーで揚げ物と缶ビール数本を買い、エレベータを降りた彼女は、

マンションのドアを開けた。

手に持ったレジ袋を投げ出し、ベッドへダイブ。

静かな部屋に、時計のカチカチ音だけが聞こえる。

不安な気持ちは、収まるどころか更に彼女の心を浸食した。


起き上がり、テーブルに座った彼女は買った揚げ物を食べずに、

ひたすらビールを飲み続けた。



  音も光も無い真っ暗な湖に、あたしは立っている

  

  あの絵に、どうしてここまで執着するのか、

  自分でもわからない

  

  もう、正直あの絵から解放されたい

  

  でも、

  あの絵が白く塗りつぶされたら、

  絵の恨みを買うような気がする・・・

  間違いなく後悔する

  それが、とても怖い

  

  ああ、誰か、

  どうにかしてほしい

  行き止まりに、絶望しかない

  どこにも進めない

  

  誰か、助けて・・・


次々と、缶ビールを開ける彼女。

やがて、全て飲み切ってしまう。

ビールが無くなった彼女は、怒りに任せてテーブルの空き缶を腕で薙ぎ払った。


 カンカンカンカン、カン

 

空き缶が、床に散乱した。

両手で頭を掻きむしった。

テーブルを叩きながら、あーーっ!と大きな声を上げた。


  ダメだ!

  このままじゃ、ダメだ!

  

  きっと、上手くいかない

  未完成のまま、あの人は死ぬ!死んでしまう・・・

  

  ・・・

  

  なんかもう、

  疲れてきた・・・

  

  

彼女は、突然立ち上がった。

カーテンを乱暴に引き、バアンっと大きな音で窓を開けた。

素足のまま、真っすぐベランダに出る。

夜の風が、彼女の髪を揺らした。

下を見ると、駐車場に止めようとしている車がミニカーのように見える。


 「・・・」


  ごめんね、彩ちゃん、


彼女は、ベランダを持つ手にチカラを入れた。

その時、


 「ほんと、素晴らしい魂ですねー、」

 

微かに硫化水素の臭いがした。

後ろを振り向くと、

そこには黒いコートで白髪のオールバック、手にステッキを持つ男がいた。


 「だっ、誰・・・どこから入ってきたの」


 「まさか、玄関のドアから入ってきたとでも?」

 

その男は、空中に浮かんでいた。


  なっ、なに・・・あれは、幽霊・・・

  飲み過ぎて、おかしくなったの?

 

 「あなた、今死のうとしましたね。自殺なんて、もったいない」

 

 「だっ、誰よ!ここは、あたしの部屋よ、さっさと出ていって!」

 

 「あなたの魂、非常に私好みです。憎悪、悲しみ、絶望!負の感情のオンパレード!」

 

 「聞こえなかったの!早く出ていって!」

 

 「私は、この世界ではメフィスト・フェレスと呼ばれている者です」

 

  ・・・メフィスト・・・メフィストって、ファウストに出てくる悪魔じゃない

  

 「あなたの魂とても気に入りました。その魂、いただけませんか?」

 

 「何言ってるのかよくわからないけど、とにかく消えて。あなたなんて、お呼びじゃないわ」

 

 「もちろんタダといは言いませんよ。あなたの願いをひとつだけ叶えましょう」

 

  えっ、願いを叶える・・・

  

 「心が動きましたね」

 

メフィストは空気が流れるように、音も無くベランダの彼女に近づいた。

硫化水素の臭いが強くなる。

彼女は思わず、指を鼻につけた。


 「あの絵、完成してほしいのでしょう?でも、肝心の絵師は死ぬかもしれない。人間の趣向は理解できませんが、あの絵に魅入られたようですね」

 

 「・・・どうして、そんなこと知ってるの」


 「魂、すなわち心です。表層的な部分は、ある程度見えます。ここに来る前に見てきたんですよ、絵師の彼を」


 「・・・」

 

 「ハッキリ申し上げましょう。彼は15日後に死にます」

 

 「えっ、」

 

 「あなたの魂をいただければ、私があと2週間くらい長く生きられるようにしてあげます。それですよね?あなたの願いは」

 

 「たっ、魂って、あたしに死ねっていうこと?」

 

 「そうです」

 

 「死んだら意味ないじゃない」

 

 「ですが、絵は完成するかも知れないのですよ」

 

 「・・・」

 

 「さあ、どうしますか?」

 

 「・・・2週間生きられるって・・・そんなこと、出来るわけない」

 

 「私のこと、信じられませんか?」

 

 「当たり前よ、もう消えて・・・きっと、ビールの飲みすぎなんだわ」

 

 「まあ、そう言うなら消えますが。本当に消えてもよろしいのですか?未完成のまま、彼死にますよ」

 

 「死ぬ死ぬって、どうしてそんなこと分かるのよ」

 

 「元は、死を司るタナトスに仕えし者。闇に堕ちたとはいえ、人間の寿命くらい見えます」

 

 「神だったってこと?」

 

 「神ではなく天使です。ほら見て下さい、羽はありませんが、中に浮ているでしょ」

 

 「・・・」

 

 「少しは、信じていただけましたか?」

 

 「ゆっ、幽霊とかじゃないの・・・」

 

 「幽霊が、こんな紳士的に話しますか?」

 

 「どうして、あたしの前に現れたの」

 

 「あなたの魂、もの凄く光ってましたから。それはそれは、まるでダイヤモンドの輝きのように。そして、その叫び声が、遠くにいる私の耳に聞こえました」


 「・・・」


 「あなたが、私を呼んだのですよ」


メフィストは、にっこり笑った。


 「どうします?このまま消えるか、魂の契約をして彼の寿命を延ばすか、どちらか選択して下さい」

 

彼女は考えた。 

メフィストは、期待の眼差しで見ている。

 

 「・・・いいわ、本当に彼の寿命を延ばしてくれるのなら、契約してあげる」

 

 「ほんとですか!」

 

 「ただし、あたしのじゃなく、別の人の魂よ」


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