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エピソード09

 「あなた、テレビに出てた方ね」

 

後ろを振り向くと、少し白髪混じりの初老の女性が立っていた。

 

 「あっ、はい」

 

 「病室、入らないの?」

 

 「失礼ですが、あなたは」

 

 「私は静岡で養護施設をやってます、浜田静子と言います」

 

 「この病室の人と、何かご関係のある方ですか?」

 

 「その部屋にいる子は、うちの施設から抜け出したんですよ」

 

春奈紗月は、裸男がいる病室の前にいた。

彼女は白壁の絵を完成させてほしいと、男に言う決心がつかなかった。

残りわずかな人生を、他人が決める権利はない。

しかし、どうしてもあの絵は完成させてほしい。

この二つの思いが交錯し、ドアを開けることが出来ないでいた。


 「ちょっと、病院の外に出ましょうか」

 

 「あっ、はい」

 

二人は、緑の芝生がある病院の中庭に出た。


 「あの子の命が残り少ないことは、ご存じですよね」

 

 「はい、知ってます」

 

二人は少し歩いたところにある、ペンキの剥げた木製のベンチに座った。


 「あの子の名前は綾部京一郎。生まれは、たぶん京都で年は22歳です」

 

 「京都生まれの、綾部京一郎さん」


 「あなたは、あの子に絵を完成させてほしい。そう願ってらっしゃる」

 

 「はい・・・でも、あと少ししか生きられない人に、そんな事言っていいのか悩んでます」

 

 「あの子はね、5歳のときに親に捨てられたんですよ」

 

 「えっ、」

 

 「京都の私立病院の待合室にある長椅子に、一人残されたままずっと親の帰りを待ってたんです」

 

バッグからお茶を取り出し、浜田静子は飲んだ。

風のない空は、良く晴れた青空。


 「病院の防犯カメラに、あの子を置いたまま立ち去る母親らしき人物が写ってました」

 

 「彼は先天性サヴァン症候群、なんですよね」

 

 「ええ、そうです。何歳になっても言葉を喋らない。心配になって検査を受させ、親はその事を知ったんだと思います」

 

 「それで、捨てられたと」

 

 「私はそう思います。あの子の将来を悲観し、育てられないと思ったのでしょう。あの子の着ていた服のポケットに、名前と誕生日が書かれたメモがありました」

 

 「・・・」

 

 「その私立病院の院長と私は、大学からの旧知の仲でしてね。それで、私がやってる静岡の養護施設にあの子が来たんですよ」

 

 「そう、だったんですね」

 

 「あの子は言葉がしやべれないので、施設の子供達とコミュニケーションは全く取れませんでした。小学校に行っても授業についていけず、そのうち学校へ行かなくなりました」

 

 「じゃ、義務教育は受けてない」

 

 「ええ、受けていません。話す言葉は理解出来てると思いますが、いつも施設の端っこで一人で空を見上げていました」

 

 「・・・そう、なんですね」

 

 「我々施設側も、低予算の中で多くの子供をみないといけません。ただ生きているだけのようなあの子は、職員からも相手にされなくなっていきました」

 

 「施設にいるときに、倒れたことはありますか?」

 

 「いえ、ありません。頭に腫瘍があって命が長くないことは、こちらの病院で初めて知りました」

 

 「今回の件で、警察から連絡があったのですか?」

 

 「テレビで見たんですよ。あなたの立て籠もりの原因になっている白壁の絵を描いた男として、あの子の写真が写りました。もう、びっくりして、あわてて警察に連絡しましたよ」

 

 「なるほどー。ところで、彼は静岡からどうやって東京に行ったのでしょうか」

 

 「それが不思議なんです。電車に乗ったことはないですし、お金も持ってません。どうやって東京に行ったのか・・・そもそも、なぜ秋葉原に行こうとしたのか、私にはさっぱりわかりません」

 

春奈紗月は、少し考えた。

 

 「あのー、彼は施設で絵を描いてたりしてました?」

 

 「いえ、絵なんて私が知る限り、一度も描いたことありませんよ」

 

 「えっ、一度もない?」

 

 「あの白壁の絵を見ましたけど、本当にあの子が描いたんでしょうか」

 

その言葉に、春奈紗月に衝撃が走った。

 

 あの人が描いた絵じゃない、

 そんなバカな

 彼が立ち上がったとき、鉛筆が落ちたのを見た

 けど、それがあの絵を描いた証拠にならないってこと?

 

 まっ、まさか、

 あの絵を描いたのは別人・・・

 

 「ちょっと、本人に聞いてきます!」

 

春奈紗月は立ち上がり、裸男の病室に走った。


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