第二話:ハロー!ワールド!
目が覚めた。気持ちのいい朝だなぁ。
見慣れた天井を見上げる体勢から起き上がり、
カーテンを開け、まず日差しを浴びて、小鳥たちに朝の挨拶をする。開放感を全身に感じてから、真っ白な純白のローブを纏って、寝室に付けてある小型ワイナリーから名前の読めないワインを一本開け、朝から嗜む…。
素晴らしい。これこそ理想の朝だ。
横で寝ていた妻を起こすのも朝のルーティーン。
今までもそうだったろう。
また、何も起きない優雅な毎日を愛莉と送るのだ。
「おはよう!僕のうさぎちゃん!もう朝だよ!起きて!」
そして2人で今までもこれからもずっと一緒で幸せに…
「おい、おま、眩しいって。」
「ちぇぇぇぇぇぇええぇぇぇ!!!!
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ぇぇぇぇぇぇえぇぇええんじぃぃぃ!!!!!」
全く目覚めが悪いったらありゃしないぜー………っと?
突然に脱力感が襲う。
「はぁ…は?あが…。み、みず…」
強力な飢餓感と脱水症状を知らせるような頭痛と空腹感、そしてのどの渇き。
馬鹿なことに、叫んだことによって一層苦しくのしかかる。
そこで未だ自分が地べたに横になっていたことに気が付いた。
危険な状況からは助かっていないことを否が応でもわからされてしまった。
周りを見ようとしたが長時間横になっていたせいかはわからないが目がよく見えない。
そこで目をこすってみたら、何かがへばりついていた。
(乾いた血…!?)
頭から流血していたことの示唆に内心仰天するがよく考えれば今生きているということは止血していることであるので、一度頭の片隅に置いておいて周りを見る。
近くに優や教授、特に木崎さんがいてくれればより安心できたのだが見当たらない。
しかも何なら見覚えがない場所で寝ていたようだ。
少し薄暗く夕方なのか朝方なのかわからないオレンジ色の日差しから照らされた木々から、周りが文明を感じられない森の中だとわかった。
それも、道の路肩というか道と言ってもいいかすらも怪しい獣道。
意味が分からなかった。
(なんでだ?誘拐でもされたのか…?)
さらによく見てみればよりひどい現状に血の気が引いてしまった。
あまり荒事に慣れてない一般市民にとっては刺激が強いもの。血痕だ。
何かの車輪の後が乱れた後にものすごくでかい血痕があった。
はい。どうみても交通事故現場ですありがとうございました。
しかも自分が寝ていたすぐそばで。
…いや、怖すぎ。
(これって誰の血痕だよ。まさか…嘘だよな…俺か…?)
自分は生きているということを自分の頭に言い聞かせた。
車輪の後もタイヤの跡がなく細いが、乱れた際に内輪差ができているため何かの四輪車のなにかにぶつかったのだと考える。しかもそのあとには多数の足跡が続いていた。
そんながっつりぶつかっといて俺を見捨てるなんて非常な野郎だとおちゃらける。
いや無理だ。倒れた人がいたとして普通見捨てるのか?
いや、自分がここにいるということはそういうことなのだろう。
置いてかれたのだ。俺だけ。
まぁ、血痕もすごかったし、もしかしたらおれ以外しか運べなくて、症状がましだった俺を一旦放置したのかもしれない。たぶん。そうであってくれ。
おかしい部分が多々あったとしても心を少しでも軽くしないとどうにかなりそうだった。
(とりま水が飲みたい。おなかも減った。死ぬ死ぬ。死にそうだったけど。生きてる。俺が生きれるくらいなら優も生きてる。優が生きてるなら優が二人を助けてくれてるはず。てかそうじゃないと優が生きのこる意味ないしな。)
自分が生きていたからこそ、みんなが生きていると信じる。それしかできることはなかった。
希望を胸に今一度持ち物を確認したが何も持っていなかったし、事故も経て擦り切れてしまいもともとこんなものだったろうかと疑問を覚えるレベルでボロボロになってしまった服しか残っていなかった。希望ってなんだっけ。
体も触って確認したが長年のエナドリポテチアンヘルシーセットによって作られた俺のやせぎすぼでーには問題はなさそうだったので、車輪の後をたどって人気のある場所を目指した。
ーーーーーー
つらい。息も絶え絶え。
のどが渇いた。頭も痛い。それでも歩く。
歩いても景色は変わらない。それでも歩く。
しかし、非情なことに太陽は沈み切り、目の前は真っ暗となってしまった。
夜目が慣れてきても前がわからなかったため、四つん這いになり、手で前を触って確認しながら前を進んでいった。いつ動物が襲ってくるか、気が気でならなかった。
その時ー
何かに触れた。
そのなにかは何か大きな箱?小屋?それでも、確実に人工物の感触だった。月明かりも差し込まない月の高さだったので何であるかはわからなかったが新しい何かに心躍らせた。
しかし、そのあとに感じた”匂い”に一瞬不快感を感じたがすぐに何が近くにあるのか理解してしまった。
血生臭いとはこのことか。
精肉店や、魚市場でも嗅いだことのないリアルな血生臭さ。
何か動物の死体が落ちているのだろう。
腐っているにおいは混ざっていない。
新鮮ということは…?
その場で動きを止めた。
(くまか何かいるかもしれない。)
ない体のエンジンをフル稼働しできうる限りの警戒態勢をとって情報を得ることに努める。
触れている大きな箱らしきものは何か仰々しい装飾がついていることが触感でわかった。
しかも、これは…車輪か。
期待していた地図などがある小屋かと思いきや、俺を置いて行った荷車みたいだ。
見なくてもわかる、前衛的なセンスの荷車の様子。
だが、荷車が横転していた。
体でわかるほど血の気が引いた。
寒い寒い寒い。え?なんでここで横転してんだ?
みんなは?あれ?
震える体に鞭を打ち即座に四輪車の向こうへ駆け寄ろうとした瞬間ー
ガッー
何かに突っかかって転げてしまった。
身近な感覚だった。その突っかかった物体は今求めていたそう、ヒトの体のような。
その体に向かって飛び込んだ。冷たかった。
くまなく形を確認した。あまりにも残酷なことに頭が理解しても心が理解したくなかった。
今、俺は死んだ人を抱えている。
俺より華奢な体の大きさだ。怖い。
女の人?
(きさ…きさん…じゃ…な…)
「イダロォ!!…チゲェ…ダロ…オレェ…!!」
絶望。
その無慈悲な刃から心を堪えるためには理解をやめ、言葉で自分に言い聞かせるほかなかった。
悪化し、極度の脱水症状によって声がしわがれていようともその手に抱き留めてしまった人の果てを抱え声を出すしかなかった。
「イキテ…ンダヨ…オレ…ガ…シンジ……ナキャ……。」
口が乾こうとも目からは自然と涙があふれる。
絶望に心が飲み込まれていく。暗く、鬱蒼とした森の中に人の声とも思えない涙ぐんだかすれ声が響き渡っていた。
神がいるならば見かねたのかもしれない。そこにー
雲の隙間から月明かりが差し込んだ。
夜目に慣れていたおかげで、視界が一気に明るくなっていった。
一言で表すならば惨状だった。4輪車だと思っていたものには馬の死体がつながれており、見渡すそこかしこに騎士っぽい死体らしきものが倒れていた。
そして、手に抱えた人はメイドのような姿をして息絶えていたようだった。
つい手の中の遺体を突き飛ばしてしまった。
もう俺の心の中はぐっちゃぐちゃだった。
ただただ見知った人ではなかった安堵と、コスプレかと見間違えるような人相の死体たちと、見知らぬ人間の死体という情報による頭のキャパオーバーフルスロットル。
俺は涙でぐちゃぐちゃな顔でさらに呆けるという優が見たら爆笑物の顔をさらしていた。
そりゃそうだ。こんな経験、世界中でも俺しか得てないだろう。
かろうじて、得ていた技術である”やばそうだったら110番"もケータイがなければ不可能なため、俺にできることは本当になにもなかった。
それでも、人が死んでいるという状況というのは今の頭でも尋常ではないともちろんわかるので、震える手で何か自分のためになるものがないか確認しようとすると、視界の端で茂みが揺れた。
ここで思い出していただきたいのは俺が見えるようになったということは他のものからもよく見えるようになったこと。
しかも、大きい声も出していたので何かしら獣の類が来てしまうのは想像できた。
しかし、それが自分と同じサイズの狼のようなものであっても、想定内といえたのだろうか。
図体は大きく、肉を簡単に食い千切れるであろうはみ出た鋭い犬歯。
捕食者の風格としては100点満点だろう。
そして俺は目が合った瞬間から、非捕食者の覚悟ができてしまった。
当然逃げる。しかも背を向けて。
まだ人間としての頭脳はギリギリとどめていたようで横転した馬車の上へたどり着けば狼から逃れることができるかもしれないという考えは残っていた。
「ーーーーーガウゥッ!!」
それを許さないのも捕食者の責務だろう。
片方は生きながらえるために逃げ、片方は逃がすまいと追いかける。
しかし、この狼は猪などとは違い、たとえ健二郎が馬車程度の高さを登ろうと関係がなかった。
よって、自然の摂理に乗っ取り、ただ世界中のどこでもありふれている、食物連鎖通りに力あるものが力なきものから奪う構図を繰り広げられようとしたとき。
健二郎にもこの狼にも想定外の出来事が起きた。
ーーーーバイィィンッ!
狼が何かに弾かれた。
俺は目を疑った。一瞬薄暗く光り輝いたドーム状のオーラのようなものが馬車全体を覆い狼を退けたのだ。
また狼は決死のダイブで突っ込んでくる。
ーーーーバイィィンッ!
それでもまた弾かれる。
俺はこの未知の現象に目を奪われ、仕組みも気になったがそれよりも耐久力は如何ほどなのかそこだけが重要であった。
あと何度耐えれるのか。同時に何か所まで受け付けるのか。強度の最大値はどれほどあるのか。
この謎のドームに命を懸けることになってしまったものにとって、そこのところは今すぐにでも知りたいことであったが、ちょうど狼がー
「アオーーーーーーゥ」
ご丁寧に遠吠えをしてくれやがった。
すると、でるわでるわ。茂みから狼たちが。
7匹か?いや8匹であった。
しかもそのうちの1匹、群れの長なのかとてつもなく大きい狼がこちらを睨んできた。
足がすくむ。すると、ちょうど立っていた部分がドアだったのか、重みでドアが開き中に落ちてしまった。
完全に袋のネズミ。
中はお貴族様が使っていそうなお洒落な内装で、無人のようだった。
中に入ったついでに何かないかとあたりを探してみても武器になりそうなものはなかったが、代わりに1、2個リンゴが目に飛び込んできた。
ここで食欲を満足させるのも人間、いや武士の誉れ。腹が減っては戦はできぬ。
正直最後の食事だと覚悟して口に頬張った。
ただ、腹を満たしてもやることはドームが耐えることを祈るのみだが。
ーーーーバイィィンッ!
それでも狼はぶつかってくる。
ーーーーババババイィィンッ!
複数の狼が当たってきた音も確認できた。
複数ということはあのでかいやつも含めてぶつかってきたと思っていいだろう。
口を精一杯動かしながらも安心が勝ってきた。
これは安全なのではないだろうか。
狼もあきらめたのかぶつかってくる頻度があからさまに減った。
そうすると訪れるのは静寂と襲い掛かってくる眠気と疲れ。
食欲にも簡単に負けたのだ。眠気なんて。
いや、狼たちがまだ近くにいるかもしreなイ。眠気…ナンかに負けruわけーーーー
眠気には勝てない。