第一話:グッバイ!ワールド!
(酷い夢だ。本当に、酷い夢だ)
男がいた。
そして男はそう心から思いながら走っていた。
「なんでだよっ!今日はまだ、何も盗ってないのに!」
たとえまだ日が浅けれど、何度もこの男の命を救った路地裏を巡り巡って逃げようが、それでも非情なことに後方から衛兵が追ってくる。
「追え!逃すなっ!」
「あっちに行ったぞ!向こうに周れ!」
「ちょこまかと!面倒なやつめ!」
逃げる者とそれを捕まえようと試みる者、2者の構図が路地裏の奥で繰り広げられていた。
「何か、何かないか!捕まったら何されるかわからねぇ!ちくしょう!ここで終わってたまるかってんだ!しょうがねぇ。これでもくらえ!今日とれたて新鮮だぞ!」
常に日々を生きる者にとって何かしら"切り札"と言うものは往々にして持っているものである。
そして、この男にとっての"切り札"とは
「うわぁ!……ゔぉぇえぇ!」
「えっぷ…ちょ!なんだ!?くっせぇぇえぇ!」
「卑怯な!臭くとも死ぬわけでわけではないのだ!追え!」
糞尿だった。それも今朝のもの。
「はぁ…はぁ…。はぁ〜……、おいおい…昨日は久々にうまいもん食ったんだ!快便糞爆弾だぞ!?そこでありがたく満喫しな!」
男は頭が良かった。その上、この環境に適応するにつれて障害となってしまったプライドさえ捨て去ってしまえたのだ。
しかしながら、頭がよくても、生きるということは容易ではなかった。
「いたぞ!あいつだ!取り押さえろ!」
数には勝てないのは自然の摂理であるからである。
「くそ!昨日のもんはもらったんだ!本当だって!だから見逃してくれよ。たのむ!」
「貴様には窃盗の罪状が下されている。生死は問わないとのことだ。諦めろ。」
「やつは浮浪者だとしても"魔導書"を持っている!安全のために殺せ!」
死。
それは男にとって身近にありながら遠いものであると思っていた。
「はぁ?魔導書だぁ!?くそくそくそ!こんなことなら!拾わなきゃ良かった!」
衛兵が言う"魔導書"。男にとっては未知の文字で描かれた、落書き帳のようなもの。
そのようなものがここまでの荒事に発展するとは思いもしていなかった。
「魔導書って言ったよな!魔導書って魔導書だよな?魔法とか使えるって事だろ。なんでもいいから頼む!ふぁいあぼーる!!!」
現在、夢も希望もない男でも男なら夢見る魔法。魔法といえば炎魔法。炎魔法といえばファイアボール。当然だった。
「構えろ!防御陣形!!!!
………?」
「不発か!今だ!ころせぇ!」
何も出なかった。
「おい!魔導書使ってもダメなのかよ!アイス!ライトニング!ショックボルト!マジックミサイル!なんか出てくれ!」
それでも何も起きない。残酷な事に。
そこで男が取った行動は簡単なものだった。
「なんなんだよ!こんなもん!うおりゃぁああ!」
抵抗する手立てがないから手に持ったものを投げる。それだけであった。
男が知っているはずもないが、衛兵から見れば魔導書とは人生で稼いだ金で到底買えるようなものでなくその扱いはさながら国宝レベル。ぞんざいに扱っては首が飛ぶものである。
だが、そのようなものを投げる。魔導書以前に本来読むものである本を。
「なっ!?なんだとっ!?」
一番槍を担っていた衛兵も指揮していた衛兵も驚く。
武装した悪人が一番最初に武器を手放すこともそうだが、特に魔導書を投げるとは。
当然投げられたものを掴もうとする。
栄養も足りず痩せぎすな男からの投本など衛兵からしてみれば止まって見えるようだった。
そうして本を掴む指が触れた刹那ーーー
衝撃。
衛兵が吹っ飛んだ。
後ろの衛兵もろともである。
「は…?」
衛兵、つまるところ都市で働く公務員の様な役職。
本を投げてぶつけたら吹っ飛ばした。大の男数人を。
吹っ飛ばすとは、窃盗に重ねて暴行を働いたということ。
浮浪者、お尋ね者、犯罪者etc…
人は理外の出来事を目の当たりにすると思考が停止する。
男は停止どころか現実逃避のように、今なぜこのようなことに陥ったかについて思考を巡らせていた。
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朝起きて、顔を洗い、シャワーを浴びる。
母さんが作ってくれた朝ごはんを食べて、身だしなみを整え、朝の通勤のため駅に向かうサラリーマンの流れに逆らいジムで汗を流す。
それが終わったら帰って飯、ゲーム、寝る。を謳歌する。
そんな今の時代ありふれてしまった、歴史ある人間の本能である3大欲求の一つをゲームに変換してしまった哀れなニート27歳。
それが俺、真瀬健二郎その人である。
そんな俺がいつものルーティーン、コホン。
失礼、routine(意:習慣的・定型的な手続きや仕事のこと。日課。定常処理。)をこなしていた時である。もう受けることのない就職説明会やら、謎の広告、ゲームの課金領収書ぐらいでしか通知が来ない俺のケータイが鳴った。
だがまだこの時まで俺は社会不適合者だったので当然の如く無視し、まるで夏の蝉のように環境音として受け入れ、修行として目の前にあるesportsという名のゲーム…ではなく鍛錬に勤しんでいた。
「はぁ〜おもれぇ〜。また今日も香ばしい天然記念物に会っちまったなぁ。やめらんねぇ〜」
esports。昨今では一つの競技として認められてきた、一つのゲーム文化。
以前までは娯楽であり、息抜きとしての役割に徹してきたゲームを真面目に、勝ちにこだわり、日夜打ち込み世界の1番を目指すesports。
それを俺は一般人とは違う方法で楽しんでいた。
それは、
「え!?あぁ〜、まぁ、まぁいいっすよ。別に。」
「おぉい!!!あ、いや、その…あの、それやっちゃダメって知らなかったんですか?」
「お!体力低いぞ!一緒に攻めるぞ!オラァ!
って……………え?は?なんで何もしてないの?」
「いや、普通にぃ、今日ランク戦でぇ。俺、上から3番目に高いダイヤモンドランク帯ってところでゲーム回したんすけどぉ、1ヶ月ぶりにやっても余裕で勝てたんで、このゲーム普通に簡単っすよ?」
「(ふーっ!フーッ!)前から前から前から前から!
ヨネウルトある?(カチカチカチカチカチカチカチカチカチカチ)…………………(はぁ〜)……………………
(バンッッッッッッッッッッッッ!!!!!!!!)
すぅ〜〜〜……。
(チッ)あ〜…。ナイストライ〜。はぁー。つかさぁ、今ヨネさんっていました?」
これだよ。これ。
見えるだろうか。インターネットが普及して、見知らぬ人と通話しながらゲームすることが一般化された今だからこそ見ることができる、自分の負の姿を曝け出しているというのにそれをさも隠し通していると思い、日々インターネット上でコミュニケーションの鍛錬に勤しむ天晴れなものの姿が。
現実で会うこととは違い、風呂をキャンセルしてもいいし、身だしなみに気を使わなくてもよく、都合の悪い部分をいくらでも隠せる代わりに、ただ!
ただただ口から発せられるもの。それは、口調、会話のテンポ、声の質ではなくマイクの質だったり。
社会で生きてくために直す必要があるものに比べ圧倒的に少ない部分を直すだけでいくらでも人気者になれるこのインターネットで!
のうのうとesportsの威を借りて高らかにたかがゲームの初心者に圧をかけるものたちの姿が。
愉悦。それ以上のなにものもない。くぅ〜↑↑↑
戦争を経験した世代でもなく、戦争を語り継ぐ世代もいなくなり、安全で、生物としての競争が明らか少なくなっていった今の時代だからこそ生まれる多様性という名のヒト科における諸刃の進化。
負ければ差別的暴言を言って去っていく馬鹿者が炎上せず、できうる限り配慮した責任ある著名人の小粋なジョークで炎上する歪な今だからこそ発生する歪みの余波の姿。
今我々は歴史の瞬間に立ち会っているのである。
最古の時代から争いと切っても切れぬ関係にあったのが人間だ。
それでも戦争がない時代は哲学が広まり、新たな文化が庶民まで広まってきた。この時代、それに変わるものが今の"これ"なのか!?いいや、俺は違うと断言する!
なぜならあまりにもお粗末。
今の時代だけはesportsに関して、万葉集みたいな庶民側の視点の書物は残さない方がいい。
でもいいぞ。多様性。もっと俺を楽しましてくれ。
といっても、俺も多様性を謳うそのうちの1人なんだけどな。
それでも鳴り続ける。
おかしい。普通の宗教勧誘や、保険会社の電話だってこうもなり続けるのはおかしな話だ。
よほどノルマの期限が迫っているからと言って1人個人に賭けるのも非効率極まりない。
…では宗教勧誘や保険会社ではないということは。
「はぁ〜。俺の社会適合レベルを試そうってか。しょーがない。乗ってやるかぁ」
そうしてベッドに投げ捨てていたケータイを手に取り、画面を見ると、そこには大学生生活で世話になった恩師の名前が写っていた。
「おぅ…」
気まずい。
単位を強引にもらえる代わりにブラック企業ばりの実験スケジュールの組み方をされた憎き研究室の教授の名前があれば、誰だって苦虫を潰した顔にだってなる。
なぜなら教授と関わって良かったことの方が少ないからだ。
まぁ、それでも今となっては幾分マシな思い出だが。
「どうもお久しぶりです。真瀬です。」
「あーっ!やっとで出た!真瀬くん。相変わらず連絡全然届かないねー」
「あ、ではありがとうございました。教授のご活躍のほどを心より応援させていただきm…」
「ちょーいちょいちょい。私が連絡すること全部面倒事だと思ってるでしょう。大丈夫?本当に?今回は君がだいぶ喜ぶようなことなんだけど。まぁそこまで嫌ならまぁ、この件は無かった事になるだけなんだけどさ。」
「いやぁ、待ってくださいよぉ。全く教授ったら冗談がお上手で。いつ俺が教授のことを妖怪面倒親父だって言ったんですかぁ。」
「冗談言ってないし君がそう思ってたのも今知ったけどね。……まぁ、君には1万」
「教授のご健闘の方をお祈りさせt…」
「………ドルが降りたんだ。」
「……いちまんどる…?へ?」
「私の研究に関連して、海外の方から打診を受けてね、合同研究らしい。それも私の方ではなくあちら側主導で。まぁあまりこちらもやることもない、実験結果の共有ぐらいしかやることないんだけどね。」
「いや…いちまんどるって?」
「今回の報酬だよ。しかも週給。……まぁ確かに法外だ。私の知り合いとはいえ今回の研究の末端にまでそこまで支払われるなんて…ね。」
「しゅしゅしゅしゅ、週給!?!?!?!!!?!?」
スケールがデカすぎるが、どう考えてもこれは。
やみ バイト
「今すぐやります!って言いたい自分と、どう見てもそれ闇バイトみたいに片足突っ込んだ時点でもう詰みの研究じゃないかやめとけっていう自分がいます。」
「まぁ…ね。こちらも研究に慣れてる人を呼びたかっただけだからね。断ってくれても全然大丈夫さ。でも、もちろん留年数を含め歴代で一番長く在籍し、一般研究者よりも濃密で長い時間実験にかかわってくれた君がきてくれるほうがうれしいんだけどね。」
もしかしたら俺は人生の岐路に立っているのか?
闇金くまじまくんの登場人物ほど金に困っているわけではないがそれでもお金は欲しいものだ。
だが、日本円で百数十万円だぞ?教授ならわかるが末端で関わる人間が?
守秘義務の口止め料も絶対あるだろう。
確実にやばいが、断ってニートとしての生活を続行するのもそれはそれでやばいので学生時代じゃ即答で断れたものをものすっごく悩んでいた。
「いや、まぁ…うん…うん…………」
生粋の野次馬感情が「気になるくね?」と言い、
形だけの理性は「いや、別に困ってないし現状維持で生きてこうぜ」という。
珍しく理性が真っ当でつまらないことを言うものだ。
迷う。どうしよう。あと一歩決め手さえ…。
「あぁ、あと愛莉ちゃんもくるy…」
「いきます」
所詮形だけだった。
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「おー。懐かしいなぁ。まぁつっても1年とかだけど」
そうして古巣に来てしまった。トラウマとかがフラッシュバックするかと思いきや案外大丈夫なものだった。やっぱ時間は全てを癒すってわけ。
「まだ新しい子が来てないからね。君のデスクはまだそのまんまだから、そこ使ってね。」
「え、じゃあ俺が寄付したビーカーのフチ美コレクションもそのままってこと!?うっひょ〜!」
そうしてうきうきで懐かしき定位置に辿り着くと横に先客がいた。
「え。真瀬さんも来たんですか、こんにちは。お久しぶりです。」
「よう、ケンジ。相変わらずダッセェ服着てんな。ママに買ってもらうやつのほうがまだマシだぞ。」
木崎愛莉と浅井優、いつのにまにか同期になってた後輩と腐れ縁の親友だ。今でも連絡を取り合ってる。
「うっせーよっ!ゆう。未だに元カノ達から貰った服だけで生きてるお前に言われたかねーよ。それと、き、木崎さんも。お久しぶりっす。」
「今回の実験の詳細と今までのデータはこっちのPCから見るそうです。これはそのデータを見るためのユーザー名とパスワードです。紙媒体やら何かで残したくないそうなので、覚えておくとの…」
手が触れる。久しぶりなのに話しかけてくれる。
「あ、あぁ、ありがとう…。へへ…」
もう、ものごっすかんわいい。
なんでこんなに目ぱっちりしてんだ。鼻の形良すぎだろ。ぶっ飛ばすぞ。俺を。男でこの唇をガン見しない奴なんているのか?天は二物を与えないって言ってたけど、良家のご令嬢で顔が良くて頭もいいってどこの主人公だよ。有名なとこの要職にも就いたって聞くし、もうおれっちぃ…ここで果てても悔いぃ…なさそうぅ。
「おい、おま、聞いてたのか?」
「へ?」
目の前にいたはずの才色兼備完璧美少女はいなくなってた。代わりに冴えない(当社比)男が。
「おまえ…はぁ…ちゃんと聞いとけよ。100万円だぞ。ミスなんかしたら大目玉喰らうどころじゃ済まないぞ。しっかりしろよ。」
「…チェンジで。」
「………危なかったな。俺が銃でも持ってたら教授が大目玉喰らわせる前に鉛玉でもぶち込んでたぜ。」
「ハッ!玉だけにってか!?笑えねーな!お前が持ってんのはその俺より小さい玉付きの水鉄砲じゃねぇか!!!」
「俺のはショットガンだぞ?」
「なら俺のはアサルトライフルだな。」
「おいおい、整備もしてない、撃ったこともないアサルトライフルで戦えんのかよ。」
「うるさいわい!」
「これから作業ですよ。そんなふざけてガス管とか機材とか蹴り飛ばさないでくださいね。今回の報酬どころか借金ですよ。」
「「すんませんっっ」」
「「でもこいつが!!!」」
「「はぁ!?」」
「まだ指示された有機溶媒とか揃ってないんで手伝ってもらっても良いですか?」
「「あっはい……」で、指示された有機溶媒ってなんだっけ。」
「…………………」
"俺は"悪く無い。悪いのはこいつ。
そんな他愛ない掛け合いをしていると教授が研究室に似つかわしく無い真っ黒な最高にイカしてるゲーミングアタッシュケースを持ってきた。
「教授。それが向こうの言っていた…」
「え、この見た目の保管方法マーブルくらいでしかないだろ。」
「じゃあ、俺がアイアムマンでお前が巨大化ができないファルクな。」
「それただのおっさんじゃねぇか。」
「ちっ……………」
((……!?!?))
聞き間違い。聞き間違い。^ - ^
「そうだよ。この中にあるのが、これからの時代の新エネルギーとなる物質だ。」
ほへー。そんなすごいもんがあるんだなぁ。
「ほへー。そんなすごいもんがあるんだなぁ。」
「先輩。」
「はい!!!!!」
彼女が俺を先輩と呼ぶ時は真面目にやらなきゃいけないときだ。ビシッとだビシッと。
だとしてもだ。
「教授、データと保存方法が違うけどよ。このアタッシュケース、意味あるのか?」
そう、それだ。今回取り扱う物質は質量が限りなく小さく、大抵の物質をすり抜けてしまうらしい。
にしてもニュートリノのような微小なサイズのものが新エネルギーだぁ?新エネルギーだとしても日々、発電所やら工場で働く健気なおじ供に理解できる理論まで落とし込むのはもう、途方もない時間が必要だろう。
あーあ、人生かかっちゃったー!終わりだ〜!
「問題ない。私の研究内容が一番目標に近いらしくてね、現状一番状態のいいものをもらったんだ。」
「教授、その、状態がいいというのは…?」
「目視できるんだ。」
「「はぁ!?目視だぁ!?」」
目視できるのはあまりにも異常だ。
なぜなら、定常状態、つまり現世において平均的な環境でニュートリノのような分子や微粒子よりもはるか小さい素粒子が外力を受けず、目に見えるほどの状態を形成している。
ということは内部のエネルギーが予想もつかないほど馬鹿げていてギリギリ綱渡りの塩梅で目視可能な形状を維持しているのだ。
何かの衝撃で元の素粒子が飛び交う状態に戻ろうとしたならばここら一体更地になるくらいのエネルギーが発散する。
爆弾だ。それも超がいくらあっても表現できない超×n爆弾が。
「きょ、教授。今からでも遅くないですって。断りましょう。
第一そんな劇物中の劇物みたいなやつ、こんな場末の研究室で研究できませんって。おっけー!
はい。僕の権限で断りました!
教授は謝罪のメール今から送っといてください。
おい、ゆう、手ぶらじゃあれだ。粗品としてマスクメロンでも買ってこい。
俺今から飛行機のチケット買いに行ってくるから。
木崎さんは俺のことを応援してください。」
「が、がんばって…?っていうか、え?」
にへらぁ。
「とりあえずこのバカは置いといても流石に教授、ここに何かしら研究を行える機材とかもちろんあるってことですよね。」
「ん?いや、ないよ?」
???????
「いや、教授はこの打診を受けて援助を受けたんじゃないんですか?それなのにこの対応はあまりにも…」
「舐められてるな」
「そぉんなことないだなぁこれが。」
この期に及んで何を言ってるんだこのネジ外れジジイは。
「教授、やめときましょうや…。
強がりってのは時と場合ですぜ?今言うのはあまりに3流。1流目指して面倒ごとはこなせるやつに任せましょう。じゃ、俺帰るんで。」
「まぁまぁ、待ちなさい。これの面白いことは目視可能な形状になると突然安定化して、ちょっとやそっとじゃ爆発しないんだよ。」
「いや、おい教授。てことはちょっとやそっと以上の負荷をかけたら爆発するってことだよな。
ここでその負荷が絶対にかからないって自信ないぞ俺は。」
「まぁ、見たほうが早いよね。まぁまぁ見てごらんって。すんごいから。」
そうしたら教授はゲーミングアタッシュケースから白い煙を噴射させながら開けようとしていた。
「って教授!俺ら保護メガネかけてないですって!」
しかしそこには、
「「「空…?」」」
何もなかった。
「これって…元からそういうものってわけじゃ…」
「やばいやばいやばいやばいやばいやばい」
(((あ…だめっぽい。)))
「落としたってことですか!?!?教授!しっかりしてください!」
こーれだから!教授と関わること自体がいいことないんだ!まずいまずいぞ。俺ができることは…。
「最後に触った時を思い出しましょうか!
まず深呼吸!ひっひっふー。ひっひっふー。」
「バカ!今そんな余裕ねぇんだ!ただの高額バイトかと思いきや突然日本の危機だぞ!?!?とりあえず探せ探せ!」
「あぁ…うーんうーん。…………?あれ?」
「なんかわかりました!?教授!ってあれ?」
そこには目を疑う光景があった。
教授の全身が光り輝き、体中からちりのようなものが散っていた。
教授どころかこの場にいる全員から。
数多の研究を同時進行し、膨大な数の実験をこなしてきた我々が化学物質事故。
死を悟った。
「なんだよなんだよ!なんだよこれぇ!」
「3人とも!避難を!」
「教授は!?」
「意識が持つまで、データを残していく!!」
あまりにも研究者。
もちろん生き残る可能性があれば避難一択。
されど未知の物質、未知の症状。それも大規模な機材がなければ確認もできないような代物が起こす現象。
全身が光っているという時点でもうダメだろう。
死を理解し、即座に受け入れる判断からの実験の開始。
それが研究者。
ここにいる研究者という馬鹿どもの悪あがきは幸運にも皆同じ方向に働いた。
「教授、もうやばいみたいっすわ。痛みがないのに足の感覚がもうない。でも、俺、ここから圧力計と温度計、見れます。」
「わかった!真瀬くんと木崎くんは冷蔵庫と薬品棚の試薬を片っ端から出しておけ!何かと反応が起こるかもしれない。」
「教授!そこまでは!」
「なに。我々が一瞬でこうなるような不安定物質が今になっても爆発しないのだ!大丈夫!
一回限りだ!すまん!我々の残すものはあとの人間が拾ってくれる!」
馬鹿すぎる。
後のことは考えないこの一回限りの命をかけた実験。
こんなことになるならと後悔する暇もない限界空間。
「1040・26、1078・34、1106・42…」
気圧と温度を淡々と読み上げる浅井。
「なんだ!?有機溶媒やら全部一瞬で蒸発していく!
色もわからんよ!腕の感覚も無くなってきた!もうゲームできやしねぇよクソが!研究者冥利に尽きるぜ!」
四肢の感覚が無くなろうと這いつくばりながらも片っ端から化学物質を取り出して確認する俺。
「グスっ…なんでなんでなんで。死にたくない!死にたくないよぉ…」
泣き言を言いながらも手を止めない木崎。
そして集中し、ペンを動かす手を止めない教授。
4者の最後の実験が行われていく。
足の感覚が無く、転がりながら進もうとも、
手の感覚が無く、何を持っているか定かでも無くとも、
目も見えず、耳が遠くなっていって、自分が喋っているかもわからなくなり出した頃合いに。
光が俺たちを包み全ての痕跡をかき消していった。
-------
ガラガラガラガラッ!!!!!!
「………?」
そうして、俺は知らない天井で小鳥の囀りを聞きながら目が覚めてー
もなくけたたましい音と共に目が覚め、なぜかよくわからない道路?みたいなところで打ち捨てられていた。
…………………なんで?
誰しもはじめの一歩は重いもの。
結果めっちゃ長くなりました。