エンドへの近づき4
夫は一旦話を区切るように、蒸留酒の薄い水割りを手ずから作りはじめました。
このようなとき、わたくしは黙ったまま夫のしぐさをぼんやりと眺めます。そうすると、夫が最低限にたてる硬質な音とお互いの儚い衣擦れの音がとても心地よく耳に届くのです。
この水割りにはこだわりがあるそうで、ご自分の体調と気分で割合を細かく調整していらっしゃるのだとか。わたくしが作って差し上げようとしても、断られてしまいます。
夫は、杯の中身を一口だけ含み、ゆっくりと机に置いてから再び話し始めました。
「それで、今までの話を前提として。私が帰ってこられなかったのは、一つ、事態が動いたからなんだ。」
そうでごさいました。今までのお話はとても大きな問題でございますが、急に夫が帰って来ることができなくなった理由ではありません。
「エドワード殿下の横領が発覚した。多額の公費を例のご令嬢に貢いでいることがわかってね。側近方はもちろん、宰相補佐も、一部の殿下直付きの使用人も、関わっている可能性がありそうなんだ。この対応に追われていた。」
「なんとまぁ、横領、でございますか!」
しかも第一王子殿下が、でございます!
今日はなんと驚くことが多い日でしょうか。いくら王子殿下であっても、横領してまで女性に貢ぐとは節操が足りません。
エドワード殿下の協力者に、側近の方々がいるのはまだ理解ができます。エドワード殿下の意志をもとに動かれるお仕事を担う方々ですから。
本当は動くだけでなく、お諌めするのもお仕事の内でございましょうが、こちらはうまく働かなかったのでしょう。
ですが、まぁそれは、この件に関しては、殿下と同じ花を崇めるご令息方でございますから、何の意外もないことでございます。
しかしながら、代々王家に直に仕えることを誇りとした使用人、政治の中央にいらっしゃる宰相補佐様が関わっているというのは、なんだかとても背筋が寒くなるお話です。
これは夫が帰ってこられなくなったのも仕方がないことです。大事でございます。
財務に努めていらっしゃるからこそ、大変でございましたでしょう。
歳入にまつわることが夫の仕事と伺っておりますので、王子殿下に当てられた予算管理は夫の仕事ではないと存じます。されど、今朝のお疲れようを見る限り相当なお仕事の量をなさったのでしょう。
「でもってね、これについて裁くのは殿下が学園を卒業してからになりそうなんだ。卒業してからだと大人として扱えるし、他にも余罪を調べる時間がとれるしね。」
「卒業、ですと一月ほど先でしょうか。その間、横領を…罪を犯した方々は?」
「ほぼ野放しだよ。監視は付けるけど、その監視が誰の味方かわからない。」
諦めたように足を投げ出し、天を仰ぐ夫を眺めながらわたくしは、王族の犯罪について知って良いのか? と恐ろしく感じられます。
「あの、今さらですが、これはわたくしが聞いてはいけないお話ではありませんか?」
「もちろんそうだよ。内密のって言ったじゃないか。王宮でもほとんど知っている人はいない。」
夫は笑いながら答えてくださいますが、笑い事ではございません。
「君に、知っておいて欲しいんだ。領地を守るために、必要な情報だろう? 今の情報を元に我が領に何か動きがあっても、私の領地だし、私が判断したと誰もが思う。だから、大丈夫。」
ほんの一瞬、夫が切羽つまって見えました。隠したいのかもしれませんが、隠れておりません。隠したのはわたくしが不安がるからでしょうか?
優しいお方。
「あぁ、そうだ。君が知らせてくれたお陰で、エリザベスの留学延長の申請は無事にできたよ。あと数時間遅ければ、この騒動で出来なかったかもしれない。ありがとう。助かった。」
うふふ。これは誉められたのでございましょうか? わたくしの、心がけが実を結んだようで嬉しいことです。
エリザベスちゃんが無事に学び続けられるようで安心いたしました。
でも、わたくしだけではありません。夫も、エリザベスちゃんのために迅速に動かれたから滞りなく申請ができたのでしょう。
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